命懸け
「わははっ、わははははあっ! 死ね死ね、皆死ねやっ! わははっ! 頼むからお前ら全員、今すぐ死んでくれやあああぁっ!」
「うわあああぁっ!」
「きゃあああぁっ!」
「ひぎいいいぃっ!」
「……」
狂気の台詞とともに無数の矢が放たれ、あっちこっちから領民たちの悲鳴が上がる。
犠牲者が出るたびに犯人に対して怒りが込み上げてくるが、俺はなるべく焦らないよう、存在感――気配――を押し殺しながら慎重に近付いていく。
とはいえ完全に消えるわけもなく、咆哮の歌が効けば一番いいんだが、犯人のジョブレベルが俺より遥かに高くて通用しないんだから仕方ない。
慎重に少しずつ、無差別殺人犯との間合いを詰めていく。
やつに気付かれたときが勝負をかけるときだ。
直感でわかる。少しでも間違えば、確実に死ぬと……。
俺はエリュネシアとの約束を守らないといけない。彼女は俺のことを信じてくれたわけだから、その思いに応えてやらないとな。
もう少し……あとほんのちょっと近付くことさえできれば、自分の生存確率はぐっと上がるはず――
「――わはは……って、なんだお前はああああぁっ!?」
「くっ……」
気付かれてしまった。今のところ、生きるか死ぬかは半々だが仕方ない。
俺は風の音と怒声を演奏し、犯人へ向かって駆け出す。
「うおおおおおぉぉっ!」
「わははははっ! 死ねやあああああぁぁっ!」
俺に向かってどんどん放たれる矢は、滅茶苦茶速い上にいちいち動くため、かわすことが非常に難しい状況だった。
なので剣で受け流そうとしたわけだが、あまりのスピードとパワーに腕が痺れ、体のバランスが大きく崩れるほどだ。
こ、これは……演奏の恩恵を受けてなかったら耐えられなかったかもしれないな。
未だにギリギリの状態ではあるものの、大丈夫だ。
確かに今は受けるのに精一杯だが、人間には慣れっていうものがあるんだ……。
「わははっ! しぶといなおい、お前だよお前っ、はよ死ねや、死ね死ね、死ね? 皆死んでくれや、わははっ! ぶはははははっ!」
「……」
やつは笑いながら物凄いスピードでこれでもかと矢を連射してきて、俺はギリギリのところで弾きながら進んでいた。
あたかも嵐の中を歩くような感じで、まさに間一髪、綱渡りの状態が続いているが、少しでも弱気になったらダメだと自分を奮い立たせる。
クソ上司の顔を思い出して気合を全面に出しながら進んでいく。一歩ずつでも、ほんの僅かでもいい。とにかく距離を詰めるんだ……。
『おいカタブツ、ちゃんと聞いているのか?』
頭の中で、にんまりとした顔のクソ上司の声が聞こえてくる。いつもいつも俺をカタブツ呼ばわりしてきたやつが、俺はただ真面目に生きてきただけだ。
本物のカタブツっていうのはなあ、現代の剣道が実戦ではまったく使えないと決めつけているお前のことだ。
いつしか周りからの音も聞こえなくなったし、何も見えなくなった。猛烈すぎて呼吸することすらままならない、そんな過酷すぎる状況……。
それでも、怒涛の勢いで間合いに入ってくる矢を、俺は今や感覚だけで弾くことができていた。これぞ無の境地、これこそが剣道の極意なんだ。
「はああああああぁぁっ!」
滝のような矢を一身に受け続けていたからこそ、俺は矢と矢の間隔が微妙に開く瞬間を見逃さず、一気に相手の間合いに飛び込むとともにソードギターを振り下ろすことができた。
「わは……は……? ごはっ……」
血飛沫が上がるとともに、矢の雨は途絶えた。
やつめ……最後の最後まで連射してきやがった……。
それにしても、この手で初めて人を殺したというのに、異常なくらい晴れ晴れしい気持ちだ。勝った、俺は遂に勝ったんだ……。
「……はぁ、はぁ……」
しばらく自分の呼吸だけが聞こえてくるという異様な状況が続き、まもなく周囲から大きなどよめきが上がっているのがわかった。
「あ、あれって領主のシオン様じゃね……?」
「嘘だろ、あの無能の領主が、俺らのために命懸けで……」
「信じられねえ……しかも勝ってるし……」
「……」
なるほど……。役立たずだったはずの領主が領民のために命をかけて、その上犯人を倒してしまったんだから、そりゃこういう狐につままれたような反応にもなるか。
もう両腕どころか体の感覚はとっくになくなってて、座り込んでいるのに宙に浮いているような錯覚があった。
格上の冒険者を倒したんだからある程度の反動は仕方ないが、こりゃしばらく戦うのは無理そうだな……。
「シオン……様……」
「あ……」
聞き覚えのある声がして振り返ると、いつの間にかエリュネシアが立っていた。
「シオン様あぁっ!」
エリュネシアに抱き付かれる。感覚がないはずなのに、不思議と彼女の温もりを感じた。
「エ、エリュ……心配、かけたな……」
「はい……かけすぎました……なので、今夜は説教ですよ……? ぐすっ……」
「ははっ……」
◆ ◆ ◆
「ルチアード様、領主様の元へ行かなくてもよろしいのですかい……?」
「よいのだ。今は、そっとしておいてやりたい……」
領主シオンとメイドのエリュネシアが抱き合うところを、遠くから見つめるルチアードと、ゲラードを筆頭とするその配下たち。
既に領民たちは、エリュネシアが呼んだルチアードらの手により、一部を除いてほとんどが避難を完了させたところであった。
「本当に、シオン殿は立派になられた……。だが、それがしはまだ認めるわけにはいかぬ。心を鬼にして、さらなる成長を見届けねば……」
「まったく、ルチアード様は相変わらず融通が利かない方ですねえ」
「ゲラード、何か言ったか?」
「い、いえっ!」
「この辺にはまだ怪我をした領民も残っている。ゲラード、それにお前たち、とっとと修道院へ運ぶぞ!」
「「「「「了解っ!」」」」」
ルチアードから一際凛々しい声が上がり、ゲラードたちが揃って敬礼するのだった。
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