模倣


 まさに早起きは三文、いや百両の徳といったところか。


 ルチアードから貰った、武器として扱いやすいように新調された楽器を手に、俺とエリュネシアはレベルを上げるべく、モンスターのいる自分の領地内のフィールドへと向かった。


「――えぇっ……」


 思わず驚きの声が出たのは、扉の向こうが鬱蒼とした森の中だったからだ。


「ふふっ……わたくしめの予想通り、びっくりされましたね、シオン様」


「そ、そりゃな……」


 エリュネシアは俺の反応を見て、腰に手を置いてしてやったりの表情だ。


 これがゴブリンエリア、か……。男爵まで落ちたとはいえ、こんな森を丸ごと領地にして壁で囲むなんて、さすが貴族だと思い知らされる。


『ギギッ……』


「お……」


 まもなく耳障りなダミ声が耳に届いたと思ったら、何かが近くの木陰から顔を出してきた。


 あの尖った耳は……ゴブリンで間違いないが、一応どんな技を持ってるか気になるしステータスを確認しておこう。


 名前:フォレストゴブリン

 レベル:2

 種族:ゴブリン族

 サイズ:中型

 習得技:ものまね


 なるほど、森に棲むゴブリンってわけか。肌の色もどこか緑っぽい。


 習得技にものまねとあるが、一体どんな効果なんだろうか?


「エリュ、ゴブリンの技のものまねって何かわかる?」


「えっと、確か人間の真似をするみたいです」


「人間の真似?」


「はい。たとえば、わたくしめが回復魔法を使ったらその真似する、みたいな」


「そんなのが技なのか……」


「ただの真似というわけでもなく、効果は一応あるらしいですよ~? 回復量は少ないみたいですけど……」


「へえ……」


 面白いモンスターだな……と思ったら、木陰から覗いていたゴブリンの顔がなくなっていた。


「隠れた?」


「多分、仲間を呼びにいったんですよ」


「なるほど、じゃああいつは見回りみたいなもんか。ものまねといい、結構知性はあるみたいだな」


「ですねえ――」


『『『『『――ギョヘヘッ……』』』』』


「「あっ……」」


 俺とエリュネシアの声が被る。


 まもなくゴブリンたちが一様に嫌らしい笑みを浮かべながらうじゃうじゃとやってきたんだ。


 何匹いるんだ、これ。最低でも10匹はいるな……。


「シ、シオン様、いくらなんでもゴブリンの数が多すぎるので、一旦出直してはどうでしょう……?」


「いや、エリュ。俺はやる。なんせこれがあるしな」


 不安そうな顔のエリュネシアに向かって、俺は例のロングソードを模した楽器を見せてやる。


「た、確かに、それならば大丈夫かもしれませんが……一応、技も使うべきですっ!」


「ああ、わかってるって……」


 心配性だな、エリュネシアは……。


 というわけで俺は風の音と怒声を演奏し、自分の素早さと攻撃力を少し上げると、ゴブリンたちの群れに突撃していった。


「うおおおおおぉぉっ!」


『ギッ!』


『ガッ!』


『ゴッ!』


 ゴブリンの群れの中、俺は舞うように動いて次々とやつらの首を刎ね落としていく。

 

 一匹で経験値3も入るし、これは美味しい。


 この武器にしても以前のリュートに比べると数百倍使いやすいし、演奏の効果で面白いようにサクサク倒すことができていた。


「はぁ、はぁ……」


 ただ、演奏の副作用で体力、気力の消耗がいつもより増しているのも確かで、すぐに息が切れ始めたが。


「シオン様ッ、お疲れ様です、ヒールッ!」


「助かる……」


 忠実なメイドが回復してくれたこともあり、俺はさらにゴブリンどもの死体を量産していく。


『ヒール――グエッ!?』


 エリュネシアの真似をしたゴブリンの首を飛ばしてやる。多分仲間に対してやったんだろうが、もう既にお前の連れは首だけだから焼け石に水だったな。


『――ギヒイィッ!』


 それからしばらくして、一匹だけ生き残ったゴブリンが怯えた様子で逃げ出していった。


 やつを追いかけて殺そうかと思ったが、この先どれくらいゴブリンの数がいるかわからないし、あまり深追いしないほうがよさそうだ。


 ん、またやつらがやってきたかと思ったら、ゴブリンじゃなくて人間たちで、驚いた様子でこっちを指差してきた。なんだ?


「見ろよ、あいつ、すげえ!」


「【剣術士】じゃね? それも高レベルの」


「【剣聖】かもよ? 素敵っ!」


「いや、あの格好とステータスを見てみろ、全然違うぞ」


「う、嘘だろ、【吟遊詩人】かよ! ありえねー!」


「……」


 なるほど、冒険者パーティーが俺の戦いを見物していたっぽいな。


「シオン様ー、ファイトですー!」


「……」


 しかもエリュネシアから黄色い声で応援されてる状況、なんか目立ちすぎて背中がむず痒くなってくるな……。


 こうなったら、とっととジョブレベルを上げて屋敷へ戻るか。


『――グッギャア!』


 逃げるゴブリンの背中を突いて倒すと、レベルが上がったことが脳裏に表示されてわかった。


 名前:シオン=ギルバート

 性別:男

 年齢:15

 職業:吟遊詩人

 ジョブレベル:3

 習得技:風の音 怒声


「はぁ、はぁ……これでようやくジョブレベル3だ……」


「シオン様っ、おめでとうございます、ヒールッ!」


「あぁ、ありがとう……」


 順調ではあるが、気掛かりなのは自分の息が切れやすいのと、ゴブリンたちが俺を見てあからさまに逃げ始めたことだな。


 ほかのゴブリンまでその真似をするから性質が悪くて、そのせいで経験値を稼ぐのに時間がかかり始めている。


 地形的にも木々が多い場所な上、根っこで足をとられやすいため、下手にゴブリンたちを追いかけるとこっちが痛手を負う可能性も出てくる。


 何かほかに有用な手段が必要になってきたな……って、そうだ、新しい音を覚えればいいんじゃないか?


 風の音と怒声を調和させれば面白いものができるかもしれない。早速屋敷へ戻って試してみるか……。

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