強者


「おい、シオンちゃん。その木刀はなんなんだよ。まさかお前、【吟遊詩人】のくせに、そんなちゃちなもんで俺たちと勝負しようってんのかぁ?」


「こいつさー、気でも狂ったんじゃね? あ、元から頭おかしいか」


「「ププッ――」」


「来いよ」


「「へ……?」」


「早く来い。俺が相手になってやる……」


「シ、シオン様っ、格好いいですぅー」


「「こ、こいつっ……!」」


 顔を真っ赤にして、見るからに激昂した様子で二人組の男――ランガスとロビン――が襲い掛かってきた。


 なるほど、二人ともそこそこ鋭い攻撃だが、踏み込みが甘いので余裕でかわすことができたし、すぐに大体の力量を把握した。彼らよりジョブレベルが低い【剣術士】のロゼリアにすら劣っているのだ。


 才能とは残酷なものだと痛感するが、こいつらに同情するつもりはない。


「ぐがっ!?」


「おげっ!?」


 俺の一撃を立て続けに食らい、ランガスとロビンが痛そうに頭を抱えて座り込む。手加減したとはいえ、相当に苦しいはずだ。


「もっとやるか?」


「ぐぐっ……シ、シオンちゃん……よっぽど死にてえようだなあああ!?」


「ぎぎっ……も、もうこいつさあ、殺しちまってもいいんじゃねえぇ!?」


「……」


 予想通りの反応。この下種どもには簡単に失神させずに、もっと痛い目に遭わせてやりたかったからこれでよかった。


「ロビン、こうなったらアレを頼む!」


「オッケー、ランガス」


「っ!?」


 その直後だった。ランガスに何かを促された【槍使い】のロビンが、槍を片手で激しく回転させ始めたんだ。


「へへっ……!」


 この尋常じゃない回転スピード……おそらくロビンの習得技のローリングスピアとかいうやつだろう。


 下手に突っ込めばこっちがやられそうだ――って、こっちに突っ込んでくる。


「チャンス到来っ!」


「はっ……」


 ロビンの技に気を取られている間に、【剣使い】のランガスが迫ってくるとともに大きく剣を振りかぶってきた。


「シ、シオン様あぁっ!」


「……」


 リュートを手放したことで、素早くなる風の音の効果は切れてるとはいえ、俺の剣道七段の腕を舐めちゃいけない。


 剣道とは、体や技術だけではなく、心も大いに鍛えるものだ。


 磨かれた精神のおかげで俺は一切焦ることもなく、目前まで迫ったランガスの剣を木刀で受け流すことができたし、ロビンの槍も回らなくなった。


 おそらく、技を出し続ける力も残ってないほど消耗したというより、効果が切れたから使えなくなった感じだな。となると、次に技を出すまで時間がかかりそうだ。


「「へへっ……」」


「え……」


 やつらがニタッと嫌な笑みを見せてきたと思ったら、俺の木刀が中央からポッキリと折れてしまっていた。


 なるほど、これがランガスの習得技のバッシュってやつか。ちょっと受け流しただけで、まともに受けてもいないのにこうも綺麗に折れるなんてな……。


「武器が折れたらもう戦えないだろ? おいシオンちゃん、降参しろよ」


「そうそう。シオン、今ならお仕置きするくらいで、命だけは取らないぜー?」


「降参だと? バカ言うな。確かに武器は折れたが、使えないわけじゃない」


「「へっ……?」」


 俺は折れた木刀を両手に持った。剣道の世界で二刀流をやる人間は少ないが確かに存在していて、俺も専門ではないが修行したことのある一人なんだ。


 こいつらの特徴に関しては習得技も含めて理解できたし、とっとと終わらせてやる……。


「「――がはっ……」」


 すっかり腫れあがった顔で倒れ込む二人組の男。最早どっちがランガスでロビンなのかも区別がつかないほどボコボコにしてやったから、しばらくは俺に遭遇しても目を合わせようとすらしないだろう。


「ヒールッ……! シオン様、とっても素敵でした……!」


 エリュネシアに後ろから抱き付かれる。


「お、おいおいエリュ、背中に胸が当たってるって……」


「ふふっ。お気になさらず、しばらくこのままにさせてください、シオン様……」


「……」


 ランガスとロビンの不良コンビなんかよりよっぽど強敵だな、彼女は……。




 ◆ ◆ ◆




「な、なんという変わり様なのだ……」


 スライムが出現するフィールドの片隅にて、領主シオンとならず者たちの戦いを、微かに震える女騎士を筆頭に見つめる者たちがいた。


「ギルバート家の恥、史上最低の貴族とまで言われたあのシオン殿が……」


「ルチアード様、そう簡単にあの男……いえ、領主様を信用なさるんですかい……? まぐれかもしれないのに……」


 ルチアードの耳元に向かって囁く、ローブを着込んだ顎鬚の目立つ男。


 誰もが驚いた様子で戦況を見つめる中、彼だけは怪訝そうな表情を崩すことはなかった。


「ゲラード、お前もあのならず者との戦いを見ただろう。あれは決してまぐれなどではない。シオン殿は普段怠けているようで、いつの間にか剣術を鍛えておられたのだ……」


「しかし、いくら剣術に長けているとしても、所詮は戦闘に向いてないといわれる【吟遊詩人】ですぜ?」


「……何が言いたい?」


「あんな外れ職の領主様は早めに見捨てたほうがいいのではと。王様も病弱ですし、跡継ぎもおられないこの群雄割拠の匂いが漂う世の中、ほかの有力な貴族に乗り換えたほうがいい気がしますがねえ……」


 ゲラードという男の言葉に対し、露骨に顔を歪ませるルチアード。


「少しは口を慎むのだ、ゲラード!」


「み、耳元で怒鳴らないでくださいよ……」


「お前が変なことを言うからだ。確かにシオン殿には物足りないところがあるが、それがしは約束通りもう少し様子を見ようと思う。あの方があそこまで成長しているのに外れ職だからと見捨ててしまったら、それこそ領兵たちを統率する身として先代様に申し訳が立たぬではないか……」


「んなこといって、ルチアード様の目がさっきから女の目になってますぜ?」


「ゲ、ゲラードォ……」


「し、失敬失敬……そんなに睨まないでくださいよ。ルチアード様がそこまで言うなら、あっしもしばらくは様子を見させていただきますぜ」


「相変わらず狡賢い性格だな、お前は……」


「へへっ……素直なやつばっかりより、あっしみたいに捻くれたのもちょっとはいたほうが、組織ってのは上手く回るもんですぜえ……」


 呆れ顔のルチアードに向かって、ゲラードは白い歯を出してニヤリと笑ってみせた。

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