豹変
翌日の朝、俺とエリュネシアは領地内の武具屋『双竜亭』へ向かうことに。
レベルを上げる前に、自分のジョブに合った装備一式を揃えるためだ。
とはいえエリュネシアの話によれば、貴族だというのに俺たちはご飯を食べるのがやっとで予算はあまりないらしい。これも失態を犯して男爵まで降格した影響が大きいとのこと。
「なるべく安い武器を探さなきゃな……。やっぱりロングソードとか?」
「いえ、【吟遊詩人】ならば楽器ですね」
「えぇ? 楽器で攻撃するのか……」
「そうなると思いますよ?」
「剣じゃダメなのか?」
「剣も使えますけど、それじゃレベルが上がらないんです。私も回復師ということで、ロッドを使わないと上がらなかったですし」
「なるほどな……」
レベルはレベルでもジョブレベルだし、それを上げるには自分のジョブに相応しい武器を使う必要があるわけか……。
「あっ!」
「……ん?」
幼い声がして、その方向を見ると小さな男の子が俺のほうを指差していた。その傍らには母親らしき女性が立っている。
「ママ、見て、ヘタレで怠け者の領主様だぁー!」
「こらっ、あんなのと目を合わせちゃいけません!」
「はーい!」
「……」
親子から侮辱されてしまった。というか、自分の統治する領地内だというのに、あの親子以外にも通りすがりの人間からやたらと冷たい眼差しを感じる。なるほど、旧シオンが屋敷に引きこもりがちだったっていう話もわかるな、こりゃ……。
「シ、シオン様、悔しいお気持ちはわかりますが、どうか……どうか、現実と向き合ってください。決して逃げてはなりません……」
「ん? 俺なら大丈夫だよ、エリュ。行こう」
「え、えぇ……? シオン様、本当に変わられましたねぇ……」
「ははっ……」
多分、いつもこういう状況で旧シオンは逃げてたんだろうが、俺は違う。現実世界でも上司に小言を言われながらも真面目に働いてきたんだ。こんなことくらいで逃げ出すものか。
俺たちはやがて目的地の武具屋に到着し、早速物色を開始する。
あるかどうか不安だったが、ギターとよく似たリュートや小型ハープ、さらにはオカリナのような形状の楽器も普通に置かれてあった。
ただ全体的に埃を被っていて、長いこと触れられてもいない様子からも、【吟遊詩人】といういジョブ自体珍しいことがわかる。
「コホッ、コホッ、掃除もしていないなんて……」
「そ、それだけ買う客がいなかったってことだな……ゴホッ、ゴホッ……」
「いやー、悪いねー、お客さん。楽器を見てるってことは、もしかして【吟遊詩人】? 珍しいこともあるもんだねえ。それならお安く……って、ポンコツ領主様じゃねえか!」
「え……」
店員の態度がガラッと変わってなんとも嫌な感じだ。
「帰れ帰れっ! いくら売れないゴミだろうと、領民を守る気が欠片もない冷血な糞領主様に売るものなんて何もねえ!」
「むうぅっ! あなたに何がわかるっていうんですか! シオン様は変わられたんですよ!?」
「変わっただと? あの怠け者の、恥知らずの領主がか? 笑わせるな! この前目撃したときなんて、この男はパンツ一丁で泣きながら走り回ってたぜ!?」
「……」
旧シオンは腐っても領主なのに追いはぎにでもあったのか? 一体どういう状況なのやら……。
「じゃあ、ここで証明してみせます! シオン様、この生意気な店主に違いを見せつけてやってください!」
「ち、違いを見せるって、一体何をすれば……?」
「おうおう、それなら、俺の一人娘と戦ってみろ!」
「え……」
「ちなみに、娘のジョブは【剣術士】だ。お互いに木刀で勝負してもらう。どうだ、怖いか?」
「そ、そんな!【剣術士】と勝負するなるなんて、シオン様が死んでしまいます!」
「殺すわけねえだろ! 痛い思いはするだろうがな。勝てなくても善戦すりゃ武器を使う価値があるとして売ってやっても構わねえ。ま、どうせ勝負する度胸もねえんだろ?」
「……」
噂に聞く【剣術士】か、なるほどな、自信満々なわけだ……。
「シオン様、挑発に乗ってはなりません。ほかにも探せば店があるかもしれませんし、ここで購入するのはやめにしましょう。【剣術士】と戦えば、木刀とはいえ無事では済まないと思います……」
「へっ、やっぱり逃げるのか、ヘタレが……」
「いや、やらせてもらう」
「「えっ!?」」
エリュネシアと武器屋の店主が驚いた声を同時に発した。
「ここまで言われて引き下がったら、それこそ笑い者だしな。やってやるよ」
エリュネシアの言う通り危険なのはわかるが、旧シオンの評価を変えるには少しでも戦う姿勢を見せなければダメだと思ったんだ。
それに相手が【剣術士】とはいえ、俺も剣については自信を持ってるからな……。
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