第298話 お上りさん2号・3号
「カナンの方が都会だな」
「ですね。帝国も大したことないです!」
辺境国家の貴族2人が世界の中心にマウントを取ったところで、アラタはネタばらしをするか迷う。
このまま泳がせていた方が面白いのではないか、教えてやるのはもっとふさわしいタイミングがあるのではないか。
アラタは好物を最後まで取っておくタイプだ。
「2人とも、ここは帝都の手前、トスカの街だ。首都ではない」
「あっ!」
一方、クリスは先に好きなものを食べる。
地方貴族の変なプライドが伸び切ったところで叩き落してやろうという、性格の悪いことを画策していた彼の考えはこうして失敗した。
まあ、2人が恥ずかしさで赤面していたのは言うまでもない。
帝都グランヴァインに続く都市、トスカ。
その人口は10万人にも上り、カナン公国の首都アトラの倍以上を誇る。
それだけで両国の間にある地力の差が分かる気がする。
以前はこの辺りで、八咫烏潜入の情報をキャッチしていた敵に襲撃を受けたアラタとクリスだが、今回は気持ちが楽だ。
何せ正当な手続きに則って入国することが出来るのだから。
それにこちらには大公の娘と有力貴族の子女もいる。
相手からしても礼を尽くさなければならないのは想像に難くない。
カッポカッポと馬を進ませて、グランヴァインの入城管理の列に並んだ。
馬から降りて轡を引く。
これがまた時間のかかる待ち時間になるのだが、仕方のないことだ。
待っている間、アラタによる帝都の歩き方説明があった。
「一つ、はしゃがないこと。二つ、悪目立ちしないこと。三つ、迷子にならないこと。いいなノエル」
「何で名指しなんだ」
「リーゼとクリスが問題を起こすと思うのか?」
「それは……思わないけど」
「お前らは貴族だけど、来賓じゃない。適当な対応をされても怒るなよ」
「分かっている」
「どうだか」
やっぱり置いてくるべきだったか、と過去の行動を反芻する。
彼の中で、今回の旅はそれほど気力を削られるものだったのだ。
ノエルやリーゼが悪いのではない、その肩書や立場に対して、それ相応の警戒をしなければならないことが面倒なのだ。
彼女たちはいい人柄? で、信頼できると彼は知っている。
しかし、大公に命じられた以上、アラタの中で任務は任務だ。
決して手は抜いてはいけないし、抜くつもりもない。
八咫烏としての活動、2人のお守り。
両立しろと命じられればやってみせるが、疲れる話だった。
そして、彼の受難は今日も続く。
「やっとだな。待ちくたびれた」
「俺が手続きするから、3人は待ってて」
入城審査はいたってシンプル。
身元を示すものがあり、内容に問題が無ければ通れる。
ブラックリスト入りしていないとか、身分に詐称が無いとか、せいぜいその程度。
あとは商業目的の場合は別途必要な審査が増えるのだが、今回は関係ない。
彼らの身分は冒険者ギルドが保証していて、大公からの書状もある。
入城目的はコラリス・キングストンからの紹介状で問題なし。
今回面倒だったのは、彼らよりもむしろ審査を行う側のせいだった。
「名誉会長に会いに来たねえ……」
アラタの審査を担当しているこの男、高校の後輩ならシバいていた。
疑い深い性格はこの仕事に向いているだろうから、まあよし。
無精髭は何とかしてほしいにしても、脂ぎった顔は今更どうしようもないのでこれもよし。
ただ、言葉遣いの下品さはいただけない。
「後ろの方々は?」
「同僚です。一緒に参加します」
「本当ですかぁ?」
「……何か?」
アラタはちらりと城門の中を確認する。
兵士は目の前の男を含めてもせいぜい10名。
以前ウル帝国を脱出するときに一戦交えている彼の経験からして、余裕で押し切れる。
彼がそんなことを考え始めたということは、あまり良い状況ではないのだろう。
審査官は下卑た薄笑いを浮かべながら、アラタの奥を指さした。
「いや、ね。会長への贈り物であれば、金額如何で関税がかかるもので。本当に同僚ですかな」
「カナン公国は奴隷制度禁止の国です。それに我々が会いに来たのは会長ではなく名誉会長です」
背後にピりついた空気を感じつつ、アラタは出来る限り穏便に済ませようとする。
何の刺激もないルーティンワークをライフワークとしているこの哀れな男は、たまには刺激が欲しいのだ。
そうでもなければ審査官をやっていられないという悲しい事情でもあるのだろう。
だからアラタは見過ごす。
例えノエルがカンカンに怒っていても、あとで宥めればそれでいいから。
「こちらの方はカナン公国大公の御息女であらせられます。であれば、これ以上の審査は不要かと存じますが」
「それはお前が決めることではない」
「そうですね」
「大体、男1人に女3人という編成、どうぜとっかえひっかえなんだろう? あーハーレムハーレム。羨ましい限りですなぁ」
なんでこんな面倒な奴に当たるかな、そうアラタは自己を憐れんだ。
無事故で予定通り物事が運ぶことくらいないものか。
「審査官殿、我々とてことを大きくするつもりはありません。ここはひとつ穏便に……」
そう言いながら、アラタは金貨を1枚取り出した。
お小遣い制でほとんど自由に金を動かせない彼の、なけなしのプライベートマネーだ。
それを何の迷いもなく男は懐に入れると、なおも不満そうな顔をする。
「貴殿の心意気は伝わったが、カナンと帝国の物価は天と地ほど開いていることはご存じかな?」
もっと寄越せと、そう言っている。
仕方ないかとアラタは財布の中からもう1枚金貨を取り出して、男に渡そうとした。
からかって悪態を突いて、金貨2枚も貰えるなんてぼろい仕事だ。
審査官の男はそういうことを今まで繰り返してきた可能性が極めて高い。
それを見て見ぬふりする同僚連中も同罪で、同情の余地はない。
灼眼の剣聖が、プッチンした。
「おい」
馬の轡を放り捨てて、ノエルはアラタを押しのけた。
当然馬は勝手に動いてしまうわけで、辺りがざわつく。
そんな中彼女はアラタを押しのけて、審査官の男の胸ぐらを掴んだ。
「ひっ、ぐぅ」
「アラタはお小遣い制で金欠なんだ。お前は子供のなけなしの貯金からもそうやって毟り取るのか? もしそうならお前には金貨よりも良いものをくれてやる」
ノエルの手が腰の剣に伸びる。
このままではまずい、アラタは本気でそう思った。
「まーまー! 審査官殿、我々は大丈夫ですよね?」
アラタがノエルの左手を掴み、男から引き剥がす。
割って入った彼に対して、審査官の男は少し怒っているようだ。
「お、お前! こんなことをして……」
「もう1枚付けますから」
「その程度で通すと……ぐぁっ!?」
アラタは金貨を半分に割ると、男の手に強く押し当てた。
半月上になった2枚の金貨は、端が尖っている。
台に手の甲が接地しても、アラタは力を緩めない。
【身体強化】をかなり強くかけている彼の周囲には、漏れた魔力が力場を生成していて耐性の無いものは酔い始める。
その爆心地で、審査官の男は悶えていた。
2枚に割ったコインが掌に沈み込んで、手の甲から突き出て机に突き刺さっている。
しかもアラタが反対側の端をねじったものだから、返しが出来て外れない。
ノエルが制御を手放した馬が勝手に動き回るわ、審査官の掌に風穴が2つ空くわ、かなり滅茶苦茶だ。
「これ以上邪魔するなら、夜道に気を付けろよ」
耳元で囁くその声は、先ほどまでの柔和で物腰の柔らかい青年とはまるで別人だった。
審査官の彼が所属する軍の中でも、こんな冷たい声を出す者はいない。
いるとすればそれは、彼如きが目にすることも無い特殊な部隊に限られるだろう。
結局、リーゼとクリスがノエルの馬を落ち着かせて、4人は悠々と入城審査をパスしたのだった。
「ノエルお金ちょーだい」
「ダメ」
「お前らのために使ったんだぞ」
「あんな奴に払う必要なかったんだ」
「あのさあ、もう注意事項破ったよな?」
「それとこれとは別の話だ」
ギリギリ穏当に済ませた彼の次の仕事は、ノエルの御機嫌を取ることだった。
あることないこと色々言われたノエル、リーゼ、クリスは非常に不機嫌で、彼の仕事は留まるところを知らない。
「いちいち目くじら立ててたらキリがないんだよ」
「アイツムカツク」
そう繰り返すノエルの中には、アラタに向けたモヤモヤもあった。
もう少し怒ってくれてもいいのに、と。
「ねえアラタ」
「あ?」
「帝国は嫌なところだな」
「だから来るなって言ったんだよ」
「そうじゃなくて……」
「は?」
「何でもない」
「はぁ。なんでもいいけど、失礼の無いようにしろよ。相手は帝国議会の超大物だ」
八咫烏の第4、第7小隊と待ち合わせているのはコラリス・キングストンの屋敷。
通常任務に加えてこれからも3人の機嫌を窺いながら生活することを考えると、アラタは胃のあたりがキリキリと痛む気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます