第270話 ダンジョン制覇の条件

「これで制覇したとして、単独制覇って言えます?」


「言える」


「ならもっと人数をかき集めていきましょう。ダンジョン埋め尽くすくらい」


「ダメだ」


「何でですか」


「第5層に行けば分かる」


 意味深なハルツの言葉に、アラタは納得しかねていた。

 ただこれ以上反発する意味もなく、素直に彼の言葉に従う。


「叔父様、今日はよろしくお願いします」


「基本手出しはしない。撤退判断は早めにな」


 今日、ハルツたちのパーティーはノエルたちのパーティーの補助に入る。

 彼女たちが挑むのは単独パーティーによるダンジョン制覇。

 もしその挑戦が失敗した時の撤退要員ということで彼らは随行するのだ。


「では、出発だ!」


 ノエルの号令で一行はダンジョンに入場する。

 昨日に引き続き、クリス先頭、アラタ、ノエル、リーゼの順に、ハルツたちが続く形になる。

 ダンジョンの蓋が閉まったら、クリスが走り始めた。

 ダッシュではなく、軽いジョギングくらいのスピードで。

 彼女の装備は八咫烏の時と同じ、黒一色の服装に白い仮面、これはアラタも同様だ。

 対してノエル、リーゼ、ハルツ以下面々は全員が一部を金属鎧で覆っている。

 その分の重量差を考慮して、クリスはいつもよりもさらにゆっくりと進んでいく。

 昨日の練習で第3層まで魔物を間引いたおかげで戦闘らしい戦闘は発生しない。

 偶然出くわしたコウモリをクリスが1羽斬っただけ。

 スロープ状に緩やかな傾斜を描いた第4層への突入口を前に、一同が休憩を取る。


「ところでなんですけど」


 給水しながらアラタはハルツに質問する。


「ダンジョン制覇の条件って何ですか?」


「知らずに来たのか」


「まあ全滅させればいいかなって」


「呆れた奴だ」


 ハルツは彼の適当さに頭を押さえつつも、彼の疑問に答える。


「第3層から第5層までの全てのフロアをクリアリングし、魔物が新規発生しない状態にすること」


「新規発生って何ですか?」


「まったく。新規発生とは、ダンジョンのうろから魔物が突然生まれること。これには一定時間がかかるから問題ない」


「なるほど。つまり全滅させればいいんですね」


「新規発生が抑えられるとされている8時間のうちにな」


 彼の言葉から考えると、昨日全滅させた第3層の魔物たちはそろそろ新規発生してもおかしくない。

 ともすれば第4層、第5層をクリアした後帰り道に第3層をもう一度掃除しなければならなくなる。

 それは非効率なのではないかと、アラタは口に出す。


「最下層までクリアした後もう1回第3層の攻略をするんですか?」


「そうだ」


「それって手際悪いですよね」


「いや、これでいい。勝率を上げたいのならそうした方が効果的だ」


「何でですか」


「それは——」


 ハルツが答えようとしたとき、横からノエルが参加してきた。


「第5層に全力をぶつける為だ。第3、第4層を下準備として間引きつつ、本命に力を残す。となれば2つの層の攻略は帰り道になる」


「へ~」


「どう? 今の私知的に見えないか?」


「その一言が無かったらな」


 冒険者の間では常識なのか、とアラタは知識を蓄える。

 まだまだ彼は知らないことだらけの新人だ。


「ついでに言うと、俺たちがサポートに入るのも同様の理由になる」


 ハルツは装具を付けて、出発の準備を進めながら続ける。


「下層攻略の成否に関わらず、挑戦パーティーの戦闘能力が残っていない場合、俺たちのパーティーが退路を確保する。補助に入るとはそういうことだ」


「なるほど」


「みなさん、そろそろ時間です!」


 少し遠くでリーゼが集合を掛けたところで、全員立ち上がる。

 後ろに付いた土を手で払いながら、一同は再びスイッチを入れ直す。

 15年以上クリア者が出ていないクエストに挑むのだから、いつも通りというわけにはいかない。

 少なからず緊張感が場を支配しているが、これも飼いならすしかない。


「行こう。今日は第4層の間引きと第5層のチェックだけだ」


 こうして一行は第4層への道を降っていった。


※※※※※※※※※※※※※※※


 第4層へと降りて、アラタは初めにしたことは、【暗視】を終了することだった。

 地下のはずなのに、明るい。

 非常に高い天井を構える第4層は、至る所に照明代わりの光る植物が咲き乱れている。

 その名をルクシオキノコといい、名前の通りキノコの一種だ。

 発光体を体内に持つこのキノコは、他のキノコとは一線を画す発光度合いを持つ。

 普通の発光キノコがペンライトのように光り輝くのに対し、ルクシオキノコは電球のように光る。

 一体どういう原理なのかは皆目見当がつかない彼は、ただひたすらに舌を巻いた。

 これがあれば魔道具の照明が必要ないと思えるほど、第4層は光に満ちている。


「これ持って帰って売ろう」


 そう言いながらアラタは足元に生えていたそれを一つむしった。


「あれ?」


 地面からキノコが離れた瞬間、アラタは首を傾げた。

 光が消えたからだ。

 むしってしまったのだからそのキノコはもうだめだと思い、アラタはそれを地面に捨てた。

 すると今度はまた光る。

 菌糸類なのだからまだ生きているのもあるが、アラタがキノコを拾うと光が消える。

 地面に置くと光る、その繰り返し。


「何してるんだ。遊んでないで行くぞ」


 ノエルが先を促したが、アラタの好奇心がそれを許さない。


「これ凄くない?」


 嬉々としてキノコを持つ青年19歳を見て、ノエルは何を思ったのかキノコを強引に奪い取った。

 アラタが持っていた時は発光していなかったキノコは、ノエルの手の中で綺麗に輝いている。


「どういう仕組み?」


「魔力だ」


「つまり?」


「このキノコは照明魔道具のモデルになっている。体内に魔道具回路を有しているキノコなんだ」


「へー。知らなかった」


「だから魔力を流せばまだ光る。そんなに珍しい物じゃないから早く行くぞ」


「分かった」


 金にもならない希少性の低い物品だと分かると、アラタはそれを地面に置いた。

 ここで彼らの間には少し認識の齟齬があることに注意しなければならない。

 ルクシオキノコが群生して、しかもここまで発光しているということは、それだけ多くの魔力が大地に流れていることを意味している。

 その発生源は言わずもがな、第5層に鎮座しているダンジョンボス、ドラゴンである。

 そのことをノエルは、他の面々は当然知っていて、それだけに緊張している。

 そしてアラタは無知ゆえにそこまで深く考えていない。

 周りの生態系にまで影響を及ぼす力を持つ生物が、一体どれほどの戦闘能力を有しているのか、彼は想像すらしなかった。


「いやー、Bランクは伊達じゃないな」


「あんたもBランクでしょ」


 アラタの戦いを見ながら彼のことを褒めるルークに対し、ジーンがツッコんだ。

 お前と同階級だろうと。


「でもさあ」


 戦闘に参加しない彼らは雑談に花を咲かすしかやることが無いらしく、のんきにだべっていた。


「俺のは総合的な評価でBなわけで、あいつはこの前の戦闘試験だけでBランクなわけだ。ちょっと違うと思わないか?」


「確かに。あんたがアラタと戦ったら瞬殺されるわね」


「流石に5分くらいは行けると思うけど……って何言わすんだよ」


 ルークがジーンの方を向いて抗議してみたとき、彼女は真っ直ぐ4人の方を見ていた。

 その横顔には、何とも言えぬ哀愁が漂っている。


「強くなったのはいいことだけど、少し悲しいよね」


「…………あぁ、そうだな」


 これには彼も同意する。

 ルークはアラタに同情する、強くならなければ生きていけなかった可哀そうな青年だと思えたから。

 19歳と言えば立派な大人でほとんどの人間が仕事に勤しむ年齢である。

 ただ、アラタほど仕事に忙殺される例はなかなかない。

 それも命の危険が付き纏う仕事で、汚れ、傷つき、悲しみ、絶望する。

 裏の世界で生きていくために、我を通すために強くならざるを得なかった彼の戦い方は、少し悲しさを含んでいる。

 ルークが苦手な湿っぽい空気感になったので、彼はそれを払拭しようと口を開く。


「前は知らねえけど、今はあいつの強さを必要としてくれる人がいる。強さそれ以外にもあいつに求めてくれる人がいる。過去は変えられねえけど、アラタの未来はきっと明るいはずだ」


「そうだといいわね」


 ジーンが同意したところで、丁度戦闘にも一区切りついた。


「報告!」


「クリア」


「クリアだ」


「クリアです」


「ダメージ!」


「「「ゼロ」」」


 ノエルの号令で現状報告が行われ、周囲の警戒に当たる。

 襲ってきた魔物は返り討ちにして、逃げ出した魔物も漏らさず追撃した。

 望んでダンジョンに生まれたわけでも、望んで攻撃をしたわけでもないが、これが生存競争である。

 ダンジョン内に無尽蔵に発生する魔物を放置すれば、氾濫したそれらはいずれ入り口を食い破ってアトラの街に放たれる。

 ダンジョンを抱えるということは、尽きぬ資源を獲得するということは、絶えず生き物の命を奪うことと同義なのだ。

 それが天の恵みだと考えるとするなら、そんな仕組みを考え付いた天という存在は随分と適当で無責任な奴なのだろう。


「ハルツ殿」


 アラタたちが一息ついているところで、ノエルが近づいてきた。


「どうしました?」


「予定を変更して第5層まで進みたい」


「許可できません」


「私たちにはまだ余力が残っている。明日以降も戦うのなら敵は少ない方がいいはずだ」


「それはそうですが……打ち合わせなどはまだ」


「ドラゴンの住処まではいかない。ね? お願いだ」


 どうしても先に進みたいノエルの頼みを聞き入れて同行すべきか迷う。

 予定では今日のクエストはこれで終了、倒した魔物たちの後片付けも残っている。

 戦って終わりではないところが面倒であり、金になる部分でもある。

 だからこれを蔑ろにしてでも先に進もうとするノエルにハルツは少し違和感を覚えたが、結局押し切られることになってしまった。


「少しだけです。魔物を5,6体倒したら終了ですからね」


「分かった!」


 明るい顔で返事をしたノエルは即座に反転し、仲間に報告する。


「第5層に降りるぞ!」


 その日、少年少女は知ることになる。

 生物の壁を、種族の壁を知ることになる。

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