第255話 転移術式小隊(東部動乱3)

 気が進まないと言いつつ将校天幕をくぐったハルツは、さらに気が進まなくなった。

 今回の指揮官を聞いた時から分かっていたことだが、顔を合わせたくない相手がそこにいたからだ。


「少佐、冒険者第2分隊長殿をお連れしました」


「ご苦労クラーク中尉」


 黒髪を短く刈り込んだ男は、ハルツより大きい。

 身長は180cmを超えているくらい、それよりも体の厚みが特徴的だ。


「久しいな。クラーク元大尉」


「勘弁してくれ。俺はリーバイと呼ばせてもらうよ」


「いいや、部下たちもいる手前そうもいかない。ここでは少佐か大隊長と呼んでもらうよ」


 ニヤニヤと笑っている男はハルツと旧知の中で、この部隊の指揮官だった。

 元大尉殿は心底嫌そうな顔をしながら席に着く。


「上官が座っていいと言っていないが?」


「俺の所属は外郭団体だからな。正確には軍じゃない」


「しかし戦闘に従事する以上扱いは軍所属だ」


「屁理屈をこねるところは変わらないな。そんなだから奥さんに逃げられるんだ」


「ぐっ……それは関係ない」


 痛いところを突かれた大隊長は言葉に詰まる。

 今回が初陣のフェリックスは兎も角、上司が責め立てられている様子はクラーク家の2人には新鮮で、少しスカッとした。

 普段からこの嫌味な性格でいじられ続けている彼らは、叔父上頑張れと心の中で声援を送っている。


「2人は何か言いたいことがあるのかな」


「「何もありません、サー!」」


 直立不動の気を付けで答えた2人を横目で見ながら、無駄話もその辺にして彼も席に着く。

 カナン公国第2師団、第1歩兵大隊長、リーバイ・トランプは他の面々にも席に着くように促した。

 彼の本来の所属は上記したとおりだが、実情は少し違う。

 大隊とは本来単一の兵科で組織される部隊規模だ。

 つまり、歩兵なら歩兵、騎兵なら騎兵、そう言った構成がなされる。

 まあアラタの元居た世界の、それも高度に組織化が進んだシステムに当てはめるのもナンセンスな話だから、参考程度にしかならない。

 とにかく彼の率いる大隊は、従来の歩兵に加え騎兵、工兵、衛生兵、その他様々な兵科を少しずつ含有した部隊になっていた。

 普段とは違う編成や部下を持つ彼の疲れも察してやらねばならない。

 少しくらい旧知の友をからかうのは許してほしい。


「さて」


 全員が席に着いたところで、リーバイが控えていた部下に箱を持ってこさせた。

 何が入っているのか不明だが、ハルツは距離を取る。

 血の匂いがするからだ。


「使者殿は首から下を失くして帰ってきた。せめてこれくらいは手厚く弔ってやらなければな」


「でなければ浮かばれません」


 クラーク家次男、ケンジーが強い声で応える。


「だが、こうなることが分かっていたからこそ我々が進軍してきたわけだ」


 可哀そうな話だが、初めからこうなることが予想されて、ある種の確信を持って彼らは進発したのだとリーバイは語る。


「ま、ここから先は任せる。おい」


「は」


 彼の隣に座っていた男が立ち上がった。

 軍服の階級は大尉。

 他にも複数名同じ階級の者はいるようで、彼らが中隊を率いるのだろう。


「次席指揮官のニクソン・パール大尉です。僭越ながら私が進行係を務めさせていただきます」


 控えていた小間使いが一堂に書類を配布する。

 どれも機密性の高いもので、この後回収、破棄される。


「東部連合体を名乗る地方貴族たちの集まりでトップに立っているのがライアン・メトロドスキー子爵です。彼はカタロニア地方の一貴族でしかなく、大した能力も人望もありません」


 辛辣な人物紹介が進められている時に、天幕が持ち上がり軍属らしい複数名の新顔が入出してきた。

 大隊長も気づいている様子だったが、席の方を目で指示しただけで構わない。

 話の方を止める必要もないらしい。


「彼が近隣貴族に檄を飛ばし、応じた家が確認できているだけで8、もう少し増えるかもしれません。これらが集めた戦力がおよそ600。陣立ては紙に記した通りとなります」


 ハルツたちはそこで書類に目を落とした。

 一番上の紙に同じことが書かれている。

 ほとんどが歩兵で、騎兵は僅か。

 魔術師戦力も大した数はいない。


「連合体の上が無能であることは承知かとは思いますが、彼らには彼らなりの勝算があって戦を挑んできています。次の2枚の紙をご覧ください」


 今度は文字ばかり、それに加えて肖像画のようなバストアップの絵が一枚。

 そしてもう1枚は戦場となりそうな地点の詳細な地図。

 等高線が細かに書かれていて、かなりの調査を行ったことがわかる。


「ウル帝国からの援軍、というより応援なのですが、今のところたった一人。詳細は分かりませんが、そこにある絵のような人相をしているとのことです」


 そこには木の幹くらい太く描かれた首に、ジャガイモのようなゴツゴツとした顔が描かれていた。

 とりあえず強そうな顔を描けと言われたらこんな感じになるのだろう。


「帝国にいる者からの情報で、勇者レン・ウォーカーと剣聖オーウェン・ブラックは首都にいることが確認されています。他の序列上位の戦力も同様です」


 この情報はキングストン商会に出張中の八咫烏第4,7小隊からもたらされたもので、こうして現地の情報を収集する役割をしっかりと果たしている。

 名誉会長のコラリス・キングストンとの約束はこうして価値を生み始めた。


「では敵の予想もつくのでは?」


 別の大尉が口を挟んだ。

 彼の手元にある書類は一通り広げられていて、あとに説明される分のそれにも彼の質問に対する答えが載っていないようだった。


「それが何とも」


 説明中のニクソン大尉は頭を掻く。


「何せ帝国には20人以上のAランカーがおります故、個人を特定するのは難しいのです。現地からの情報筋からも同じような受け答えが来ました」


 カナンには現役で1人もいないAランク冒険者相当の戦力が、仮想敵国には20人以上いるという事実。

 これは今後も公国の懸念事項として頭を悩ませ続けることになる。


「こちらの戦力の話をしましょう。実戦経験のある部隊が多く、新兵たちもダンジョンや未開拓領域での訓練は一通りこなしています。800の中身は申し分ないかと」


「で、敵は?」


 既に答えを知っているはずのリーバイは問う。

 進行を急がせたかったのかもしれない。

 彼はせっかちな性格だから。


「馬の数が不足しているようで、物流に懸念があります。牛や魔物も同様ですね。籠城せず打って出るようですが、敵の領地であることを鑑みれば地の利は向こうにあると思われます」


「兵の練度、構成」


 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 手短にしろということらしい。


「領地の民兵が4割を超えており、正規兵は半分と少しほどかと。ここ15年以上は東部で目立った戦闘も無く、彼らはダンジョン研修を4年に一度しか受けておりません。したがって練度は我が方に比べて格段に落ちます。以上で戦力報告を終了します」


 一同はリーバイの言葉を待つ。

 彼は天井を見上げて椅子で舟を漕いでいた。


「こういう時、なんて言えばいいのか分からんな」


 リーバイは立ち上がり、手元の資料を手に取った。

 地図が描かれている紙とセットになっている資料には、参戦してくると予想されるウル帝国の特記戦力の情報がある。


「ベルサリオ少尉、貴官の意見を聞かせてくれ」


「は、意見でありますか」


「そうだ。客観的視点に基づき、この戦の予期される展望を述べよ」


 まるで士官学校の教官のようなセリフに、彼は一瞬固まった。

 主席の彼は、こうして絶えず教官からの指名にあってきたが、周りで答えを待っていたのは同期たちばかり。

 そして今は、誰も彼もが自分より年齢も階級も上、いわば全員教官のようなものなのだ。

 彼は出来る限り頭の回転を速めて、迅速に答えを構築する。


「敵特記戦力を処理できれば、当方の勝利は揺るがないかと」


「理由は?」


「数、練度、補給体制、士気、戦力構成、悉くわが軍が敵を圧倒しております。敵の有利は地の利のみ、それも綿密な調査で差を縮めているとなれば、唯一の懸念事項は戦況を個人で覆す可能性のある未確認戦力のみ。以上であります」


「つまり負けることはおろか、戦力被害も軽微な勝利が約束されていると」


「そういうことになります」


 くくく、とリーバイは笑った。

 今回の主席は中々笑いの分かるやつというか、肝の据わっている人間だと思ったから。

 3年前の主席少尉も面倒を見たことがあるが、やつは実に憶病でつまらない人間だったと忌々しい記憶をほじくり返す。

 慎重にも良し悪しということで、必要以上の熟慮は返って損害を生みかねないのだ。

 その点フェリックス・ベルサリオ新任少尉は満点だった。

 適度に警戒し、自信と慢心の境界を心得ている。

 リーバイはきょうイチ楽しそうに笑った。


「大隊諸君、新任のベルサリオ少尉が太鼓判を押してくれたのだ、失態は許されないぞ。用意は良いか! 敵をカタロニアの大地に沈めるぞ!」


「「「おぉぉおおお!!!」」」


 天幕に気迫十分な掛け声が震え轟く。

 ビリビリと腹に響くそれは、彼らの決意を固めるには十分だった。

 油断はしない、かと言って用心しすぎは禁物。

 理想的な精神状態で、彼らは出陣に至る。


「では、勝利を完璧なものにするために秘策を披露する。クラーク元大尉、前へ」


「もう何でもいい」


 いい加減元大尉呼びも飽きてきた彼だが、古い馴染みが楽しそうなので良しとする。

 彼が前に来ると、リーバイは彼の肩を掴んで紹介を始めた。


「大隊諸君は知らない者もいるかもしれないが、こいつの名前はハルツ・クラーク、Bランク冒険者だ。そして元カナン公国第1師団、騎兵第19連隊所属の大尉でもある。今回ほぼ確実に参戦してくると思われる特記戦力を引き受けてくれる」


 おぉーという声と共に、彼を値踏みする視線が注がれた。

 首都ではそれなりに名の通っている彼だが、それは貴族界隈や冒険者の集まりの中の話だ。

 もうずいぶんと前に辞めた職場では覚えている者が少なくなっていても当たり前なのかもしれない。


「そして、彼らを飛ばすとっておきを用意させてもらった。来てくれ」


 大隊長の声に従って、先ほど遅れて入幕してきた4人のうち1人が前に来る。

 そしてハルツとは反対側の位置に立った。


「エリクソン・イントラ曹長だ。彼には転移術式小隊を任せている」


 転移術式、その言葉に一同がざわついた。

 物珍しいものを見たような、その辺の川でオオサンショウウオを見つけたみたいな顔をしている。

 そしてそれはハルツも同じだった。


「特記戦力とクラーク分隊が接敵後、彼らごと特務小隊が遠くに転移させる。これが本作戦の要だ」


「イントラ曹長であります。よろしく」


「あ、あぁ。ハルツ・クラーク分隊長、よろしく頼む」


 転移術式と言えば超高等魔術。

 術式研究が進んできた近年ようやく実証実験が始まったと聞いていたが、とハルツは考える。

 いや待てよ、まだ技術は確立されていないはずではなかったか、そう首をかしげる。

 彼は昔の記憶を手繰り寄せて、リーバイの行動を辿る。

 まさかまさかと、彼は旧友の横顔を見た。


「成功すればよし、でなければその場で討ち取れば問題ない」


「お前いい加減にしろよ!」


「分隊長殿!」


「クラーク殿を止めろぉ!」


「叔父上! 落ち着いて!」


 会議の結末は何ともお粗末なものだったが、士気は十分に高まった。

 ただ一人を除いて。

 彼の受難は続きそうだ。

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