第253話 起軍命令(東部動乱1)

「全員そろっているな」


 一足先に戻っていたルークとレイン、そしてハルツ、ジーン、タリアが彼の屋敷に集った。

 ハルツは今一度パーティー全員がそろっていることを確認し、席に着く。

 ここは談話室、内緒話をするための設備も整っている。


「な、言っただろ?」


 ルークは自分の考えていたことが正しかったことを確信し、レインに笑いかける。

 彼はそんなルークを無視して話に入った。


「ハルツさん、大公はギルドと事を構えるつもりですか?」


「あ、それ俺が考えてたやつ!」


 自分が温めていた持論を剽窃されて、ルークは不満をぶちまける。

 俺が先に考えていたのに、そう言って頬を膨らませるアラサー独身冒険者は見るに堪えない。


「違う」


 短い否定に、レインはルークを見た。

 違ったじゃないですか、何なんですか貴方は、そう言っているように見えないことも無い。

 対してルークは知らんぷり、俺初めからそんなこと言ってません考えてませんとばかりに開き直ってみる。

 レインも反抗し、言ってたじゃないですかとジェスチャーする。

 それをからかうように明後日の方向を見渡したところで、ハルツが止めた。


「言いたいことがあるなら言葉で話せ。視界がうるさい」


「何でもない、話を続けてくれ」


 考察が間違っていたことを闇に葬りつつ、先を促す。

 ハルツも人生における無駄な時間を過ごしたいわけではないので、スルーして本題に移行する。


「大公の考えはまだ分からんが、俺の考えを述べておく。俺が考えるに、これから残党狩りが行われることになるだろう」


 おチャラけていたルーク含め、全員の目つきが変わった。

 空気は引き締まり、談話室兼ブリーフィングルームらしい部屋の使い方が始まろうとしていた。

 ここからは仕事の話だ。


「アラタ、クリス。この2人に関する情報はある程度能力がある人間でなければたどり着けない。それこそイーデンの後釜では無理だ。ということで、ギルドの人間に情報が漏れたのには別のルートが考えられる」


「それ俺の……ハイ、何でもありません」


 ルークの声は先細り、ハルツの視線によってやがて消滅した。

 お口チャックというリーダー命令である。


「アラタが実質活動停止に追い込まれ、ノエル様は降格と謹慎、現政権とギルドの仲は最悪。さて、この状況で得をするのは誰?」


 ハルツが人差し指でタリアを指す。治癒魔術と戦闘全般をオールラウンドにこなすハイレベルな冒険者は、すぐに答えを出す。

 熟慮すればいいというわけではなく、決断には即時性が求められることも多い。


「旧レイフォード派閥でしょ。国家運営がガタガタならワンチャンスあるとでも思っているんだから、あのボンクラ達は」


「正解だけど、足りないな」


「…………ハルツがいいならそれでもいいけどよ。お前、ここから先冗談は無しだぜ」


 ルークは既にハルツがこれから何を言おうとしているのか分かっている。

 長年の付き合いと、彼の経歴と、彼の家の性質と、今の状況。

 それらは、彼にたった一つの正解を与えるに至る。


「ウル帝国の手がすぐそこまで迫ってきている」


 もうルークが軽口を挟む余裕はない。

 正真正銘、国の行く末を占う事案だ。

 そして、この手の案件の場合、どんな組織が動くのかも、彼らは知っていた。


「ハルツ、あんた軍に戻るつもり?」


「いや、俺たちは外郭団体として活動する。カナン公国軍外郭団体、冒険者ギルド所属第2分隊だ」


「第1分隊は?」


「レイヒム殿に空けてある。争う時間が無駄だからな」


 彼の目配せでジーンが立ち上がり、黒板とチョークを用意する。

 どうやら作戦がもう立ち上がっているようだ。


「指令はまだ下りていないが、兄上からの情報によると中央軍800が東に向かう用意をしているとのことだ。我々はそれらと協力して、敵戦力を削ぐ任務に従事することが想定される」


 800人の動員、これが示すことはそう、内戦である。

 エリザベスのカリスマによって、大公選直後の大規模な内戦は回避された。

 そして彼女が死した時も、ユウの口封じが結果的に混乱を招いたものの、内戦は回避された。

 しかし今度は違う。

 明らかに他国の影が見えている中、最高権力者は決断を迫られる。

 潰すか、飼いならすか。

 選んだのは前者だ。


「質問いいですか」


 手を上げたのはレインだ。

 ハルツは頷き質問を促す。


「敵戦力の分析は済んでいるんですか? 帝国経由でAランク相当が入って来ていたら厳しいですよ」


「その為の我々だ」


「マジかよ」


「本気だ」


 ルークの背中に冷たいものが流れた。

 レインの懸念は不明瞭な敵と戦う際に必ず発生するものである。

 未知の敵に単騎で強すぎる駒がいたらどうするのか、それはかなり重点的に問題解決リソースを割り振る点である。

 そして、判明していない敵戦力の中に人間を辞めた存在、つまり冒険者換算でAランク相当の敵がいた際の行動計画は常にチェックされる。

 ここの見逃すと味方に多大な損害が発生する可能性があるから。

 そして、ハルツは言った。

 等級的にはドレイク、ユウ、ウル帝国の剣聖オーウェン・ブラック、全盛期のイーデン・トレス、同じくシャーロット・バーンスタイン、彼らと肩を並べる存在を受け持つと。


「一同、心せよ」


 ハルツは立ち上がり、拳を握る。


「アラタ、クリス、ノエル、リーゼ。彼らはまだ戦える状態にない。そもそも未来ある若者に重責を背負わせるのはどうかと思わないか」


「僕はアラタと同い年なんですけど」


「彼は大公選期間中、命を賭して戦った。それは皆分かっているはずだ」


「借りはあるな」


「間違いなく、我々の元に敵特記戦力対応任務はやってくる。お前たちも冒険者なら、彼らの先を走る者であるならば、奮い立て、それが我がパーティーだ」


 聖騎士のクラスは、言葉に魔力を乗せて味方を鼓舞する。

 味方の想いと近ければ近いほど、その加護は強力なものとなって彼らに降り注ぐ。


「ハルツ様、お客人です」


「来たか」


 恐らく大公のところからであろう客人を迎えに、ハルツは部屋を出て行った。


「……やるか」


「ですね」


「手当も弾むはずよね」


「こんな時くらい、お金の話は忘れなさい」


 動機はどうであれ、パーティーもその気になったらしい。

 大公選後、大きなものは最後になるはずの、大掃除が始まろうとしていた。


※※※※※※※※※※※※※※※


「そうか、話が早くて助かるよ」


 昼休憩中も、シャノンは仕事をしなくてはならない。

 休憩と名のついている時間も、彼のスケジュール管理上はれっきとした勤務時間に該当する。

 パン2つに、肉と野菜がゴロゴロ入ったスープが今日の献立だ。

 大公の食事にしては質素であることは否定できないが、時間の無さを鑑みればこれくらい簡単なものの方が都合がいい。

 どうせ来賓との食事会が続けば豪勢なものを食べざるを得ないのだから、普段はこれくらい押さえておかないと胃が持たない。

 呼び出されたハルツは、すでにパーティーの了承が取れていることをシャノンに伝えた。

 公国中央軍800に加えて、ハルツなど一部の冒険者を送り込む。

 敵は東部、つまりウル帝国側に領地を持つ貴族の連合体だ。

 正式な指令が、ハルツに下される。


「ハルツ・クラーク以下5名、東部カタロニアに赴き軍の支援を命じる。内容はウル帝国からの特記戦力の妨害及びその撃滅だ」


「Aランカーを撃滅ですか。骨が折れますね」


 たははと笑うハルツだが、それはいつものとぼけたものとは異なる。

 毎度のことながら貧乏くじを引いていること自体は変わりない。

 しかし今回は難しい任務になると言いながらも、弱音は吐いていない。

 骨が折れるといいつつ、無理だとは言っていない。

 それが、彼の覚悟の表れ。

 彼とてやるときはやる男なのだ。


「今回の鎮圧は試金石だ」


 昼食を食べ終えたシャノンはもう次の仕事の書類に目を通している。

 彼はこれから貴族院に赴かなければならない。

 そこにはハルツの兄であるイーサンも待っている。


「大公殿下は何を試したいのですか」


「我が国の国防を担う軍がどれほど戦えるのか。局地戦でありながら全体の趨勢を決めかねない特記戦力に対して、こちらの武力がどれだけ対抗できるのか」


「小国は余裕がありませんからな。負けるわけにはいきませんね」


 ニカッと笑うハルツは、シャノンの意図を汲んでいる。

 この国トップクラスの一角を占める自分のパーティーが万が一敗れるようなことがあれば、この国の国防に致命的な穴が空く。

 なんとしても避けなくてはならない事態であると同時に、戦いから逃げては敵を自由にさせてしまう。

 相手がいる問題なのだから、そうならないように最大限努力することが肝要なのだが、そんな理想論ばかり語っていても仕方がない。


「これを見てくれ」


 彼が取り出したのは、封筒に入れられた手紙と、数枚の折りたたまれていない書類だった。


「手紙が暗号文、書類は解読結果だ」


「拝見します」


 目を左から右に動かして、一つ下げる。

 そしてもう一度目をスライドさせて、また下がる。

 それを繰り返していくうちに、ハルツの顔色は見る見るうちに悪くなっていった。


「一刻も早く対策しなければ、すぐに帝国はやってきますよ」


 わなわなと震えながら、ハルツは紙を机の上に置いた。

 その様子からして、絵空事ではない様子が見て取れる。

 シャノンは彼の反応が予想の範囲内だったのか、書類から目を離さずに答えた。


「出来る手は打ってある。ドレイク殿にも協力を要請した」


「どんな手ですか」


「詳しくは言えないが、帝国に複数人送り込んでいる。公式非公式両方ね」


「他には?」


「緊張緩和に向けて、外交は多少折れるように言い含んである。この際貿易赤字は多少目をつむるしかない」


「それでは帝国の連中が調子に乗るのでは?」


「その懸念は至極当然だが、今のところ問題ない」


「理由を聞いてもよろしいですか」


 調子よくポンポンと答えていたシャノンの口が止まった。

 どうやら少し迷っているらしい。

 ということは、この辺りに鍵が転がっている。


「戦争を起こしては望むものが手に入らなくなるかもしれない、そう思わせることが重要なのさ」


「……なるほど。ありがとうございます」


「これが君の正式な命令書だ。これに従って詳細を詰めてくれ」


 彼が渡したものには、蝋で封がされていた。

 わざわざこの場でしたためてこのようなことをしたのだから、帰ってから開けろという風にハルツは解釈した。


「他に質問はあるかい? なければこれで終わりなんだけど」


「ノエル様の冒険者復帰はいつごろになりそうですか?」


「そうだね。ギルド内の不穏分子はほぼ洗い終わったから、まあ近々という感じだ」


「ではダンジョン挑戦は少し見送らせるように言っていただければと思います」


「いつまでかな」


「私が帰ってきたらサポートに入りますので、それまでお待ちいただければ」


 シャノンの中では、東部の鎮圧にはさほど時間をかけるつもりは無い。

 だから彼の頼みを聞いたとしても問題は発生しないと考える。

 むしろ後先考えない娘に現状を顧みる時間を与える必要があると、彼はそれを受け入れることにした。


「分かった。その時は力を貸してほしい」


「かしこまりました」


「いつものことながら苦労を掛ける」


 『本当に』と笑いながらハルツは立ち上がった。

 手には命令書が握られている。


「ノエル様の傍にはリーゼもアラタもクリスもおりますが、まだまだ危なっかしい年頃ですから。保護者は必要でしょう?」


「不甲斐ない父親ですまないね」


「あっ、そんなつもりでは! では私はこれにて、失礼!」


 最後に少ししくじったかと、ハルツは冷や汗をかく。

 そんなことでシャノンが目くじらを立てることは無いし、それはハルツとて分かっている。

 ただ、彼はシャノンが少し苦手だった。

 何を考えているのか分からないあたりが特に。

 本当にノエルの父親なのか疑わしくなるほど、2人の性格は似ていない。

 目の色を見れば血の繋がりは一目瞭然なのだが。


 カナン公国東部で起きる内乱鎮圧を契機として、歴史は大きく動き始める。

 国家のいざこざがどうとかではなく、これは時代のうねりなのだ。

 たとえ誰も望んでいない争いでも、些細なきっかけでそれは発生する。

 水面に石を投げ入れて波紋を楽しむように、今日も誰かが世界を揺らす。

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