第243話 あったまってきた

「よし、じゃあ次は俺の番だな」


 木製の槍を持ち出して、レイヒムは闘技場に向かおうとした。

 彼ら試験官たちは観客席で乱戦を見ていたので、責任者が下に降りて行こうとするのを止める。

 会場の熱に当てられてるんじゃない、とこれ以上のヒートアップを回避しようと必死だ。


「ディレクター! ダメですってば!」


「あんたそんなキャラじゃないでしょう!」


「倒れた冒険者の手当てもあるんですから、いい加減にしてください」


 口々に非難されるレイヒムだが、不服そうだ。


「だって、なぁ?」


 そう指さす方には、わずかに上気した顔で、アラタが彼の方を向いている。

 そんな彼だが、レイヒムと手合わせしたいなんて感情は微塵もない。

 クリスから一撃貰ってしまったものの、条件はクリアしたから自分はBランク冒険者、それさえ決まってしまえばもう帰りたい。

 そんな意思を込めて見た彼の視線と、対戦を望むレイヒムの視線は交錯する。


「向こうもやりたいみたいだ」


 見事なまでの勘違いで、レイヒムは周囲の意見を押し切ろうとする。

 多数決的には分があるとはいえ、最終的な決定権は責任者である彼の手の中。

 仕方がないか、と周囲の試験役の冒険者たちは諦めた。

 自分たちが何を言ったところで、彼は言うことを聞き入れてはくれない。

 それは本来不味いことなのだが、自分たちが不利益を被るわけでもなし、じゃあもうやりたいようにやらせればいい、そんな諦めの感情だ。


「勝手にしてください」


「恩に着る」


 絶対ギルドに報告してやる、と彼の副官は決意を固めた。

 普段はあんなにしっかりきっちりしているのに、何だって今日に限ってここまで熱くなったのか、ギルドで問い詰めたかった。

 観客席から1階に降りて、フィールドへと入場する。

 そこにはいたるところに初心者が倒れていて、中には気を失っている者もいる。

 これをほとんど全て1人で捌いたというのだから、レイヒムが高ぶるもの無理はない。


「もう一戦、頼めるかな」


「そういう試験なら」


 断らないところを見ると、アラタもやる気なのかもしれない。


「では、他の者は離れていてくれ」


「クリス、それ貸して」


「うん」


 刀を差していたベルトに、クリスから受け取った木の短剣はぴったりとフィットした。

 そして手に持つのは先ほどの木剣だ。

 彼も、やる気はあるみたいだ。


「レイヒム・トロンボーンだ。よろしく頼む」


「アラタです。お願いします」


 そう言うと、アラタはケープを脱いだ。

 ブーツ、ズボン、シャツ、手甲。

 仮面とケープが無い分、隠密効果は薄れる。

 1対1だから、特におかしくはない。

 【気配遮断】による奇襲は成功しないと踏んだのか、それとも仮面を着けていては槍を捌き損ねると判断したのか。


「打ち合わせた後、後ろに飛んでスタートだ」


 木でできた槍を差し出し、開始に備える。

 そこにアラタが木剣を当て、試合開始だ。


「いくぞ!」


 そう言いながらレイヒムは距離を取る。

 この状態から本当のスタートだ。

 同時にアラタも下がり、そして距離を詰める。

 間合いは向こうが上となれば、近づかなくては話にならない。

 懐、槍の間合いの内側が、彼の活路の一つ。

 牽制とばかりに飛ぶ雷撃。

 速攻で距離を詰めるとしても、崩しは重要らしい。

 狙いは正確、威力も十分、これを受けるのは愚策だ。


「やるな!」


 歓喜に目を輝かせてながら、レイヒムは雷撃を捌く。

 槍で迎撃しているところを見るに、木の槍は魔力で強化されている。

 それもアラタの雷撃をしっかりと消すくらいには、魔力量が多い。

 槍を繰り出す事3回。

 その姿はアラタの眼にもしっかりと見えていた。


 ——速いな。


 彼は、レイヒムの戦っているところをほとんど見たことが無い。

 それに彼の冒険者としての経歴も知らない。

 戦い方も、クラスも、スキルも、魔術も。

 何もかもが、未知の相手。

 陽動をかまして得られる情報は貴重なのだ。

 この時点で、アラタの木剣はレイヒムに届かない。

 もう2,3歩踏み込まなければ、ここから先は厳しい。

 しかし、槍は違う。

 この距離なら、十分攻撃範囲だ。


「シッ!」


 一際鋭い突きが出た。

 それは明らかに先ほどまでのそれとは違い、明確な戦闘意志が込められている。

 木同士を打ち合わせた、乾いた木の音が鳴った。

 カコン、とでもいいのだろうか、しかしそれにしてはやや重そうな音だ。

 体捌きで槍を躱したアラタは、なぜわざわざ武器を合わせたのか。

 それはきっと、間合いを潰すために必要なことだったのだろう。

 しっかりと振り抜かれた木剣は、レイヒムの槍を弾く。

 こうなると無理矢理攻撃に繋げることもできないので、彼は一度槍を引き戻すほかない。

 穂先が引かれるのと同時に、アラタが敵を間合いに収めた。

 袈裟斬り、彼の得意とする太刀筋だ。

 自分から見て右斜め上から対角線上に振り下ろす斬撃は、得物に刃がついているのなら非常に強力で効果的な攻撃である。

 しかし、攻撃は外れることとなる。

 暖簾を殴ったような、そんな拍子抜けの感触が木剣に伝わった。

 なるほど、これは厄介だと、アラタは舌を巻く。

 攻撃は確かに届く距離だったが、槍が邪魔をするのだ。

 木剣の軌道に合わせて防御した槍は、長い柄の部分がガイド線の役割を果たしている。

 攻撃を躱され、綺麗に受け流されたアラタの木剣は、左下へと向かって一直線に通り抜けていく。

 体勢が崩れた。


「やべっ」


 木の槍は、刃がついていない。

 言ってしまえばただの棒だ。

 そして、今アラタに向かってきている方は、本物の槍だったとしても柄の方、つまり刃はついていない。

 だが、これが厄介なのだ。

 アラタは繰り出された棒に対して、右足の裏を合わせた。

 膝で衝撃を殺し、力いっぱい踏ん張ることで一度距離を取る。

 両者武器の間合いから外れ、一息つく余裕が出来た。


「思っていた以上に強いな」


「誉めてくれるのは嬉しいが、君も大概じゃないかな」


 お互い、まだ一撃も入れていない。

 それだけ敵の攻撃に対する対処能力が優れているということだろう。

 実戦では一度いいものを貰えば即死なのだから、当然と言える。

 それにしても、これがBランクか、とアラタは驚く。

 八咫烏として部隊を率いてきた彼は、これまで多くの手練れと戦ってきた。

 それこそウル帝国の剣聖オーウェン・ブラックとも剣を交えたことがあるし、それよりも強いであろうユウともまともに戦った。

 そこと比較するのは流石にかわいそうだが、レイヒムはかなり強い。


これじゃ不利だな」


「ならどうする?」


「そりゃあ……こうするでしょ」


 轟音と共に、大地が隆起した。

 深いぬかるみを作ったり、土の壁をいくつも生成したり、もう闘技場内は滅茶苦茶だ。

 アラタはその魔力量にものを言わせて、自分の戦いやすいようにフィールドを作り替え始めた。

 槍の間合いを潰し、取り回しの難易度を上げた。

 そうすることで接近までのリスクを減らし、彼の行動を制限する。


「やるね! でも!」


 レイヒムの槍が、土の壁を破砕した。

 魔力強化を施していれば、これくらいのことも出来るらしい。

 しかし、まだ余裕の表情を顔に張り付けているレイヒムは、内心驚愕している。

 自身の魔術がうまく作動しないのだ。

 答えは簡単で、アラタが邪魔をしている。

 雷撃や火球のような、コンパクトで手から発射できるようなものは、アラタも制限しづらい。

 しかし地面に魔力を流して使うような、一種の結界術は、その精密さゆえにこうした妨害を受けると起動できない。

 魔術も体術も、遠距離も近距離も両方戦える敵と交戦してきたアラタは、この手の妨害行為は得意中の得意。

 レイヒムも使えないことは無いが、魔力量に違いがあり過ぎる。

 絶えず壁を再生し、レイヒムの自由を制限するアラタ。

 そこには、意図的に偏らせた壁の密度がある。

 このままではまずいとレイヒムは壁エリアからの脱出を図った。

 少しでも槍を振れる場所へ。

 そう考えれば方向を誘導することは難しくない。

 そしてダメ押し。

 壁によって視界を遮られ、両者は相手の姿を視認できなくなっている。

 その様子が、観客席からははっきりと見えていた。

 カイルは、アラタの戦い慣れした様子に感嘆する。


「あれって……さっきのねーちゃんが使っていたやつ」


 フード付きのケープ、白い仮面。

 それを付けて、ここで隠密行動に移った。

 土壁の生産を止め、身体強化もギリギリまで絞る。

 全てはレイヒムに悟られずに接近するため。

 一方彼は、比較的密度の低いエリアまで到達し、その上でいくつかの壁を破壊した。

 これで彼の周りには障害物がほとんどない状態となり、迎え撃つのに十分な空間を確保することに成功している。


 ——魔術が使える。


 レイヒムは足元で蠢く土を確認して、そう判断した。

 先ほどまで受けていた妨害が霧散、プレッシャーが消えたのだ。

 ここからなら、見える。

 相手がどこから仕掛けてこようと、何を仕掛けてこようと、対処するのに十分な時間と空間を隠しているから、問題ない。

 彼は地面に魔力を流し込み、敵の魔術に備える。

 そのうえで、アラタは最終的に近接戦闘を挑んでくると踏み、槍を握り締めた。

 ほんの僅かな付き合いの中で、彼もアラタという人間をよく観察している。

 最終的に、彼が最も信頼する武器、戦い方は刀と近接であると、よくわかっていた。

 しかし、彼の戦い方を見誤った。

 彼は稀代の魔術師アラン・ドレイクの弟子であり、元高校球児であり、そして剣士なのだ。


「…………ふー」


 試合が動いた。


「雷槍か!」


 紫電がレイヒムに迫る。

 1枚の壁が崩れたと思ったら、そこから雷槍が突き出てきたのだ。

 土壁1枚分威力が落ちるとしても、人を殺すのには十分な威力。

 闘技場中央方面を向いているレイヒムの、左斜め前方向からそれはやってきた。

 雷槍に対処する方法は、いくつかあるが、最も安全なのが、躱す事。

 当たらなければどうということは無いのだ。

 従って、レイヒムも回避に動く。

 幸いにも距離は十分足りていて、例え軌道が多少変わったとしても、掠る危険性すらない。

 隣を通り過ぎて行く魔術を目の端で捉えていた彼の脳内に、あるスキルの警告音が鳴り響いた。

 スキル【危険察知】は名前の通り、使用者に危険が及ぶと何となく気づくことが出来る。

 レイヒムくらいになると、危険のある方向まで分かるようになる。

 その方向は、斜め上。

 視線を上げると、そこには石があった。

 高速回転しながら飛来してくる石礫。

 危なすぎる。

 敵の狙いは完璧で、レイヒムに向かって投げたのならドストライクだ。

 しかもそれは少し変化している。

 彼の左肩から右ひざへ向かって、スライダーかカーブの軌道を描いていた。

 躱すことは出来ず、槍で撃ち落とす。

 この2つの攻撃で、大方敵の位置も把握した。

 魔術も使えるようになったレイヒムは、アラタの作り出した土壁を一部破壊する。

 地中に魔力を流し、土壁を崩壊させた。

 敵の位置が分かっているのだから、必要以上に破壊する必要は無い。

 そして、走りながらその先にある壁を壊していく。

 敵を追い詰める為に。

 しかし、注意しなければならないことがあった。

 アラタの存在感が、この闘技場のどこにも無い。

 それはつまり、黒装束を起動しているということだが、レイヒムにその考えはない。

 【気配遮断】と併用した黒装束は、認識の外側に出ることも出来る代物。

 潜伏しているかも、そんな考え自体が起こりにくくなるほど存在感が薄まる、まさしく魔道具なのだ。

 再び【危険察知】が発動する。

 方向は自身の右側。

 スキルでタイミングは外せたが、意表を突かれたことに変わりはない。

 ここはアラタの間合いだ。


 認識の狭間からの突き。

 それをすんでのところで躱したレイヒムに、返す刀で引きながら斬る。

 首元を狙った正確な攻撃。

 これはギリギリのところで槍が間に合って、防がれる。

 しかしアラタの攻撃は止まらない。

 左足でレイヒムの足元を掬い上げ、あおむけに昏倒させた。

 大上段から斬り下ろした渾身の一撃は、武器の耐久限界を超えてしまう。

 双方の武器は破壊され、木くずが宙に舞う。

 レイヒムはこれ以外に武器を持っておらず、アラタは先ほどクリスから借りた短い木剣がある。

 腰元からそれを抜き、レイヒムに向けて繰り出した。

 しかしそれよりも速く、彼の蹴りがアラタに到達した。

 体の正面を捉えたそれは、2人の距離を確保し、彼が立ち上がるだけの時間的猶予を与えてくれる。


「ハァ、ハァ、死ぬかと思った」


 アラタはこのワンセットで倒しきれなかったことが悔しそうだ。


「【敵感知】……いや、危険予知系のスキルですか」


 反応速度からして、少し異常だと思ったみたいだ。


「【危険察知】という名前を付けている。中々に便利だ」


「そうですか」


 アラタはまだ武器を持っているが、元々自分のものでは無い。

 ということは試合は終わりになるのかな、と観客席で見ていた試験官はレイヒムを見た。


「ディレクター、もう終わりでいいですよね!」


「俺の槍持ってこい!」


「はい?」


 まさか、と誰もが思う。


「クリス、俺の刀を取ってくれ」


「もう十分だろう、いいから終われ」


「やっとあったまってきたんだ、最後までやりたい」


 止めるのも面倒だ、と試験官とクリスは武器を渡した。


「殺しは無しで頼むよ」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 武器を新調し、試合再開だ。

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