第242話 アラタ、あしらう

「はは、アラタ、マジかよ」


 魔術・結界術計測担当のカイルは、笑うしかなかった。

 ギャラリーが多い時点で、アラタと隣の子が注目を集めていることは予測できた。

 しかし、その予想をはるかに上回る試験結果を、彼は記入しなければならない。

 かなり効果半径を絞り、その上威力を落としているとはいえ、『炎雷』まで披露されては敵わない。

 どれも威力が高く、戦闘向きな魔術。

 起動速度、精度、共に申し分なし。

 連れの方もアラタには劣るが十分強い。

 それこそ本職の魔術師も引けを取るレベルだ。

 アラタの魔術は、洗練されている。

 美しくはない、でも、強い。

 嫌なタイミング、嫌な場所に、必要最小限の魔力で最大限の攻撃を飛ばす。

 そう言った明確な意思を感じ取ることが出来る。

 カイルもそれなりに頑張ってきて、死線を潜り抜けて、ここまでやってきた自負がある。

 ギルドの仲間に信頼されているし、実力も申し分ない。

 ただし、アラタのそれには遠く及ばない。

 その事実は、彼の心に多少なりとも衝撃を与えた。

 年齢は近くても、明らかに後ろから走り始めた人間に追い抜かれた彼の気持ちは、想像に難くない。


「魔術は以上です。次は結界術ですが……必要なさそうですね」


 アラタは魔術を行使するために魔道具代わりに使った刀を収めた。

 風陣などの結界術を披露することも出来るが、これから待っている戦闘試験に余力を残しておきたい。

 何より、目立ち過ぎた。

 彼が我に返るまで、随分と大技を連発してしまった。

 これ以上は、もしかしたらあるかもしれないクリスとの対決に障る。

 計測が長引いたアラタの隣のブースで、クリスはとっくに計測を終えていた。

 石弾や雷撃、火球などのコンパクトな魔術は一通り使用できる彼女だが、流石に魔力量が開きすぎている。

 少し悔しそうに彼を見つめている彼女の周りでは、ギャラリーがあんぐりと口を開けっぱなしになっていた。


「極端な魔術偏重の冒険者……?」


「スキルはどれも近接向きだったけど」


「アラタ……一体」


 これから冒険者になろうという連中は、彼のことを知るはずがない。

 知っていたとしても、それは処刑された人間だ。

 そして、その人物と同一人物であると理解している人間はほとんどいない。

 直接耳にしたカイルや、レイヒムなど貴族にパイプを持つ人間でもなければ、真実にはたどり着けない。

 驚きの計測が終わると、次は戦闘能力を図る時間だ。


「えー、通常は先輩冒険者が相手になって模擬戦を行うのだが……丁度いい、アラタ君、前へ」


「目立ち過ぎだ」


「熱くなり過ぎた」


 呼ばれた男は、反省しながら前に出る。

 大人げなかったと、今では思っている、本当に。

 ここにいるのは1年前の自分と同じくらいの人たち。

 クラスがないのを馬鹿にされるのも、無知なのも、年相応のことなのだから、責められる謂れなんてどこにもない。

 怒られるべきは、煽られて乱暴にテストに臨んだ自分自身だ。


「すみませんでした」


 初手謝罪。

 とりあえずこうするに限ると、アラタはレイヒムに対して小声で伝えた。


「何のことだ?」


 首を傾げ、アラタの肩を掴む。

 身長はアラタの方が少し大きいくらい、レイヒムも180cmはあるだろう巨漢だ。


「これから君たちには、木剣やたんぽを付けた槍を使って模擬戦をしてもらう。相手はここにいる新米冒険者、アラタ君だ」


「え」


 クリスの顔が、ニヤリと怪しく光る。

 レイヒム以外の運営の顔が驚きに変わった。


「ディレクター! それじゃ何かあった時責任が……」


「大丈夫、彼を信じなさい」


「せめて自分の責任でやってくださいよ……」


「参加したくない人は構わない。その人は別に試験を用意する。ただ、もし一撃入れることが出来たらCランク冒険者としてのスタートを約束しよう!」


「Cランク…………」


「中堅以上か」


「一撃でいいなら、もしかして…………」


 一人が短めの木剣を取った。

 一人で二本使うつもりだ。


「Cランク、頂戴する」


 クリスはすっかりノリノリだ。

 この場の雰囲気にかこつけて、アラタを仕留める気でいる。

 それに、周りの人間も空気に乗せられている。

 人参ぶらさげた馬。

 休み前のサラリーマン。

 上位冒険者をちらつかされた新米冒険者。

 レイヒムは、わざとやっている。


「Cランクになりたいかぁぁぁあああ!!!」


「「「おおおぉぉぉおおお!!!」」」


※※※※※※※※※※※※※※※


「骨折程度なら問題ないが、相手を再起不能に至らしめる攻撃は禁じる。毒物や眼球など含めた急所への攻撃、辺り一帯を焼き尽くすような魔術の禁止だ」


一同は、手にしていた武器類を全て没収される。

 偶発的な事故を防ぐ意味で必要な処置だ。


「……はぁ」


 アラタが手にした木刀は、ひどく頼りない。

 何か不備があるとかではない、普段使っている刀の性能に比べれば、ということだ。

 斬れないし、脆いし、長所と言えば少し軽いくらい。

 鍔もついていないから、小技にも気を付けなければならず、戦いづらい。

 相手も同じなのだから、我慢しないわけにはいかないが、ストレスがたまる話だった。

 そんな彼の元に、この催しの発起人が近づいてくる。


「アラタ君」


「レイヒムさんて、もっと堅い人だと思ってました」


「誉め言葉と受け取っておこう。君は最低でもCランクからのスタートになる。しかしそうだな……3人まで、攻撃を受けた人数が3人以内なら、君はBランクスタートにしよう。いいね?」


「ランクは別に……」


「貰えるものは貰っておきなさい。いつか役に立つ」


「はぁ」


 以前の印象に比べれば随分とフレンドリーなBランカーは、それだけ言うと闘技場の観客席の方へと戻っていった。

 残っているのは全員が試験参加者。

 その数およそ40人。

 実際にはひとり対残る全員という構図。

 アラタの受難は、留まるところを知らない。


「ふぅー。よし」


 仮面は着けず、フードもかぶらない。

 それは今回の目的にそぐわないと思ったから。

 自分を目当てに来るのなら、居場所くらいははっきりさせるのが紳士ルールだ。

 何より、アラタの相手達とは違い、彼は無条件でCランク以上からのスタートを約束されている。

 多少踊らされるくらいは甘んじて受け入れなければ。

 一同が武器を構えた。


「試験開始!」


 一斉果敢に襲い掛かる新米冒険者たち。

 その中にクリスの姿が見えない。


 …………黒装束は反則だろ。


 しかし、物言いをつける余裕はない。

 アラタは木刀に魔力を流し、強化を施す。

 殺傷力の向上よりも、損耗や破損を嫌っての処置。


「おぉお!」


 正面からの何の工夫もない一撃。

 普段なら躱しながら斬り捨てる。

 しかし、その陰から迫るもう一人、二人の敵。

 身体強化付きで踏み込み、左足から魔力を流す。

 地面からの遠隔起動は魔力が混線して難しいかに思えたが、案外妨害は少なかった。

 彼が特に何もしなくても、自然と魔力は流れていく。

 敵の懐に潜り込むと、攻撃を躱しつつ胴を薙いだ。

 思いきり叩き付けるのではなく、刃を当てて、幅元から物打ちまでを使って解体するように。

 そして彼の前には敵ではなく隆起した土の壁。

 ワンテンポ遅れてしまう斬り返しを補填した形。

 その右側から迫りくる槍使い。

 先端に丸い布を巻いていても、下手したら内臓までダメージが届きかねない。

 食らえば終わり、緊張感はいつでも変わらない。


 ひらりと躱して、槍を掴んで引き込む。

 バランスを崩し、前に転びそうになった冒険者を助けたのはアラタ。

 彼が何の見返りも求めずに人助けをするなんてこと、あるはずがない。


「お疲れ」


 奥襟をつかんだ状態から、土の壁に叩きつけ、戦闘不能にする。

 その手は壁に触れていて、滞りなく魔力を注ぎ込む。

 30発の石弾が、冒険者に襲い掛かった。

 殺してはいけないというから、少し射撃を下方向に向ける。

 人間の急所は下半身よりも上半身に集中しているから。

 万が一に備える形だ。


 アラタのうなじの辺りに、刺すような感触が走る。

 それは触覚ではなく、第六感の一種。

 スキル【敵感知】だ。


「もう来たか!」


「Cランク、もらい受ける」


 イキシアの花模様が刻まれた面を付けた黒装束は、早々に仕掛けてきた。

 順手に持った右手の木剣と、逆手に持った左手の木剣。

 アラタは右の木剣を躱し、左の木剣と撃ち合った。


「前の試験で魔力を使いすぎたようだな」


「いや? まだ余裕だ!」


 木刀の鋒から、零れ落ちる水滴のように、魔力が落ちる。

 それは、雷の属性を持ち、指向性を持って敵を穿つ。

 初級魔術、雷撃。

 2つのぎょくがクリスに接近して、彼女は対処に追われる。

 クリスも魔術を起動しようとしていたのだが、アラタの魔力が邪魔をしてうまく起動しない。


「出直してこい」


「ぐっ!」


 彼女から見て左から飛んできた蹴りは、明らかに他の冒険者に向ける威力ではない。

 防御した彼女だが、体格差が大きかった。

 体が宙を舞い、奥の方へと吹っ飛んでいった。


「早く片付けよう」


 会場全体に魔力が展開される。

 魔術の心得がある連中は、緊急的に彼から距離を取りつつ、魔力を展開する。

 少しでも敵の攻撃効果を減衰させるためだ。


「ん?」


 大振りな木剣を手にしていた、あの少年の足元が緩くなった。

 視線を落とすと、そこにはドロドロに溶かしたチョコレートのような沼。

 靴が助からないことを直感的に理解すると、彼は靴を脱いで脱出する。


「歯ぁ食いしばれ」


 背後から聞こえた厳しそうな声に、思わず言う通りにしてしまう。


「ぐぁ!」


 肩を打ち据えられた少年は武器を落とし、肩を抑える。

 もしかしたら折れているかもしれない。

 けど、それ以上の怪我にはなっていない。

 加減されたのだと、一瞬で理解できた。


「……チクショウ」


 視線の先で新米冒険者を屠る新米冒険者を見て、少年は歯を食いしばった。


 闘技場内は、阿鼻叫喚とまではいかずとも、それなりの地獄の様相を呈していた。

 アラタが広げた水と土の複合魔術で、至る所に沼地が大量生成され、足を取られる者が続出。

 片足もしくは両足が嵌ったまま身動きが取れない者、抜け出せたはいいが沼に気を取られているところをアラタにやられた者、沼は回避したが普通に攻撃を受けて倒れる者。

 瞬く間に冒険者たちは壊滅し、負傷箇所を抑えている。

 試験官たちも、これには驚くしかない。

 明らかに自分よりも強い人間が、同業者になるというのだから。

 心強い仲間が出来て嬉しくもあり、商売敵が出現して困ってもいる。

 その視線の先で、アラタは残り3名の冒険者と戦っていた。


「今だ! 撃て!」


「弾幕厚くしろ!」


「回避!」


 途中から連携を取って彼に向かっていった冒険者たちだが、その程度で落とせるのなら彼は大公選中に命を落としている。

 【敵感知】というスキルで一定以下の実力者の不意打ちは実質無効化。

 炎雷を放ち、この人数相手に惜しげもなく魔術を行使しても尽きぬ魔力量。

 そして何より、これだけの人数相手にマグレの一撃すら入らない近接戦闘能力。

 これでまだ黒装束の効果を使っていないのだから、挑戦者たちに勝ち目はない。


「いい魔術だ」


 そう言いながら、炎弾を躱す。

 武器がいつもの刀なら、斬り捨てていたかもしれない。

 前衛の男を膝蹴りで黙らせ、後衛に木刀を突き付ける。


「リタイアだな」


「あ…………は、はぃ」


 素直に負けを認めた冒険者の視線が気になった。

 この状況で自分を見ていないことに、引っかかるアラタ。

 掬い上げるように背後に木剣を放つアラタの手に回帰する感触。

 やはりか、という思いの直後、それは驚きに変わる。


「黒装ぞっ……マジか!」


 ひらりと舞うケープ。

 この場で黒装束を持っているのはアラタとクリスだけ。

 しかし、彼女の姿はそこにない。

 【敵感知】が、緊急アラートを鳴らす。

 ここまで近づかれないと分からないのだから、黒装束と【気配遮断】は本当に厄介だ。


「クリス!」


 180度回転しながら、右手一本での左一文字斬り。

 これは空を斬り、アラタの正面下側に、眼帯の女。


「……Cランク、いただきだ」


「まだ左手だけだっての」


 首元を狙った刺突は、万が一に備えて空けておいた左手で防御した。

 しかし、その方法はいただけない。

 思い切り木剣の刃の部分を手で握っており、実戦ではアウトだ。

 つまり、一撃判定となる。

 他の冒険者たちは、全員伸された。

 これにてセッション終了である。


「そこまで!」


 レイヒムの声が、闘技場に響いた。

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