第237話 神の部屋

 Luaって便利だなー、と思う。

 だってこんなに使いやすくて、高速で、汎用性が高いんだもの。


 地平線まで真っ白、地平線という概念がここに存在するのか定かではないが、とにかく見渡す限り純白の平地が広がっていた。

 そこにポツンと佇んでいるのは、デスクトップPCとVRHMD。

 PCプラットフォームで動作するタイプの物らしく、それらは専用のケーブルで接続されていた。

 そしてVR機器を付けている存在は、仮想世界にダイブしながらその出来の良さに感嘆していた。

 彼女? が今やっているゲームは、戦闘機をメインとしたフライトシミュレーター。

 基本パッケージに加えてMODを導入することで使用機体の追加や機能、スキンの追加が出来る。

 せわしなくあちこちを見ている彼女は、どうやら戦闘中みたいだ。

 コントローラーを動かし、頭を動かし、体も少し斜めになっている。

 旋回中なのかもしれない。

 そして、しばらくすると動きが凪いだ。

 姿勢は元通り、時折顔が動く以外には、手元しか動かない。

 やがてそれはコントローラーを手放し、HMDを取り外した。


「ふぅ、いいところまで来ているね」


 そう独り言を溢した彼女は、PCの電源を落とした。

 PCケースはクリア構造になっていて、中に配置されているパーツが透けて見える。

 かなりの金額をつぎ込んで組まれていることが容易にわかるそのパーツ構成は、彼女の資金力をそのまま体現している。

 PCパーツは基本的に、価格と性能はある程度一致している。

 そんなことを言うと、『でも安くてもいいのがあります~』なんて言うアホたれが蛆のように沸いて出てくるが、それは例外であって、一般論ではない。

 その点このPCは金に糸目をつけず、僕の考えた最強のゲーミングPCを作り上げたのに等しかった。

 ただ一つ気になるのは、LAN接続はどこだ? ということである。

 いくらモンスターマシンを作り上げたとしても、ネットワーク環境に接続できなければただの高性能な計算機でしかない。

 いわば高級電卓だ。

 しかしそれらしいケーブルも見当たらなければ、それらしいパーツも見えない。

 Wi-Fi接続しているようにも見えないし、これは一体どういうことなのか。

 先ほどまで彼女が遊んでいたゲームは、オフライン環境でも動作するが、基本的にはオンラインプレイを楽しむものだ。

 他にも彼女のPCの中には、今流行りのFPSやMMOが一通り揃えられている。

 どれもこれもネットワーク接続はほぼ必須で、回線弱者には楽しむ権利すらないような代物ばかりだ。


「0.937Gbps……ボチボチか」


 専門用語が飛び出していて、一般人には理解が追いつかない。

 多少ソフトやゲーム、PCに詳しい人間なら意味くらいは分かるだろう。

 もっとも、彼女の言葉は独り言で、説明不足である。


 金ベースに明るい赤をちりばめたような髪色は、多分地毛ではない。

 金髪を一部赤に染めたのだろう。

 中々に似合っているが、果たしてそれを見せる相手はいるのだろうか。

 そんな心配をする相手すら、この空間にはいない。

 彼女は横になると、どこからか取り出したスナック菓子の袋を開けた。

 隣にはコーラの大きなペットボトルが置いてあり、宴会を始める気である。

 あとはテレビかスマホで映画鑑賞……となる流れだったのだが、彼女は一向に機械を用意する気が無い。

 何もない虚空を見つめながら、ただ菓子を食べて、コーラを飲む。

 口の中は幸せだが、少々足りない気もする。

 しかし、彼女の表情は刻々と変化するのだから、外から見たら気持ちが悪い。

 時に笑い、時に渋い顔をして、時にムスッとする。

 笑いのレパートリーも豊富で、屈託のない笑顔を見せるときもあれば、底意地の悪そうな邪悪な笑みを浮かべるときもある。

 それこそ別人なんじゃと思うくらい、感情の振れ幅が大きい。

 それはまるで、本当に好きな映画の新作を見ている時のようだ。

 一つ違うのは、彼女は観客であり脚本家でもあるということ。

 この映画の主演は、彼女が用意した。

 そして、最後に主人公の死で物語は締めくくられる。

 なんとも後味の悪い最後。

 バッドエンドは必ずしも駄作とは限らないが、この作品でいえば駄作と言って差し支えないだろう。

 しかし、彼女はこの結末にご満悦のようだった。


「……くくく、くくっ、くはは……」


 そんな笑い方本当にするやつがいたのか、というような笑い声と共に、彼女は宴会を終了する。

 食べ物飲み物を片付けて、ついでにPCもどこかへとしまう。

 まっさらな空間には、彼女以外何もなくなった。

 そして、そこに現れた女性は、彼女も認知している存在だった。

 文字通り天上人の彼女にその存在を認知されているということは、この黒髪の女性もただものでは無い。

 それにこの世界に来ているというだけで、並の存在ではないのだ。


「久しぶり。最後にスキルを使ったのはいつだったかな」


「アラタがこの世界にやってくる直前よ」


「そうだった。あの時もう一人のお前が彼の傍に居れば、結果は違っていたかもね」


 くくく、とまた意地の悪そうな笑みが零れる。


「全部あんたが仕込んだことでしょうが……!」


「ダメ?」


 倫理観の欠如した目で、彼女はエリザベスを見つめる。

 自分のしていることが社会通念上問題ありだと分かっていても、それを抑えることが出来ないイカれた存在。

 ある意味、究極の力を持った子供だ。

 その純真すぎる心は、誰の声も行動も響かない。


「……もういいわ。あんたと話すのは疲れる」


「じゃあスキルを返してもらうよ」


「えぇ、勝手にすれば」


 エリザベスが彼女の肉体を持っていた時、このスキルは途中で使えなくなってしまった。

 それは神の介入によるものなのか、人体改造の結果によるものなのか、彼女は分からない。

 神ならその答えを知っているだろうが、今更である。

 もう、それを伝えることは出来ないのだから。

 女性の体から、力が消えていく。

 胸のあたりからふわりと解離して、そのまま宙を舞う。

 最後に着地するのはもう一人の女の掌の中。

 ギュッと握り締めたかと思えば、次の瞬間にはそれはどこかに消えていた。


「【時空間転移】、いいスキルだったでしょう?」


 エリザベスは答えない。

 そんなこと言わなくても、彼女はこのスキルの有用性を知っているから。

 だからこそ、神はこれを自身に付与したと知っていたから。


「じゃあ、転生しようか」


「次はどうなるの?」


「さぁ? 大好きなアラタがいる世界に行くかもしれないし、日本のある世界に行くかもしれない。また別の世界かもしれないね。人間に生まれるかもしれないし、今度は初めから魔物に生まれるかもしれない。それはやってみてのお楽しみさ」


 こればかりは神である彼女も干渉できないのか、それともあまり興味が無いのか、言葉を濁した。

 ここに手を加えるのは、アラタやエリザベスの時のような場合だけに絞っているのかもしれない。

 もしかしたら……とエリザベスはラストチャンスに賭けてみる。


「ねぇ、こんなのはどう?」


 そこで、音はミュートされた。

 口は動いていて、学習分類器に流し込めばなんて言っているのかわかるかもしれない。

 しかし残念なことに、この場を録画している機器は存在しなかった。

 少しの間、会話は続けられ、やがてミュートは解除される。


「いいね。それはいいよ。非常に面白そうだ」


「でしょ? さあ、準備は出来ているわ」


「君も魔物になったりこれになったり、人間をやめることが多いね」


「人間かどうかなんて、そこまで重要なことじゃないわ」


「重要なのは?」


「……教えない」


 神を名乗る存在は、一抹の興味を残しつつ、それを実行する。


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 そして、エリザベスの姿が消えた。


「悲恋はもう飽きたし、次はどうしようか」


 彼女は再びPCを起動すると、映画動画見放題のサブスクサービスページを閲覧していく。

 特にジャンルなどでソートしておらず、新着順に映画がずらりと並んでいく。

 そこそこ速いスピードでマウスホイールを回転させ、やがて止まる。


「……日本のアニメしか勝たん」


 そう言うと、彼女は日本の歴代映画興行収入を更新した話題の作品の再生ボタンをクリックした。

 彼女の次の作品が出来上がるまで、しばし他人の作品を見て勉強する時間に入るのだ。

 そうして、次はより良い一本を作るために、彼女は力を使う。


 そこに、善悪の概念は存在しない。

 あるのは、ただの好奇心。

 神の部屋は、娯楽で満ちている。

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