第229話 別れる命、再会する命

 アラタとクリスは、エリザベスをどこに眠らせるか迷った。

 第1候補のドレイクの家に向かったはいいが、肝心の家主が不在だったから。

 流石に家の住人がいないところで遺灰を庭に埋めてしまうのは、彼らのなけなしの倫理観がブレーキをかけた。

 やるなら本人が帰ってきてから。

 ということで、2人はドレイク邸で眠りについた。


 そして翌日、昼間で待ったが、それでも彼は帰ってこない。

 帰路の行程的に、ドレイクは翌日の午前中にはアトラに到着する予定になっているが、彼らはそれを知る由もない。

 とりあえず今日いっぱい待ち、それでも帰ってこないのなら、明日別の場所に埋葬しようという運びになった。


「共同墓地では撤去されて終わりだし、集団墓地にしてしまうのも気が引ける」


「それなら、いい場所あるよ」


 そんな都合のいい話があるもんか、とクリスは話半分程度にアラタの案に乗っかることにして、ドレイク邸の台所から食料を頂戴していった。


※※※※※※※※※※※※※※※


「行こうか」


「あぁ。良い天気だ」


 天気は快晴、風も弱く、温かい陽気。

 外で遊ぶには絶好の天気だ。

 そんな中を、2人は黒装束を着込んで出発した。

 ユウとの戦いで随分とボロボロになってしまったが、それでも魔道具としての効果は残っている。

 魔道回路も破損が多く、メイソンに修理させようと彼の部屋を訪ねたが、もぬけの殻だった。

 大方実家に帰ったのだろうと、その日の修理は諦めて2人は魔道具を使用する。

 周囲の反応からして、黒装束は正常に作動しているようだった。

 だれも2人に気づいていないようで、正面から向かってくる通行人は避けようともしない。


「勝手に使っていいのか?」


「誰も来ないような林の中だし、場所が移るようなことになれば、先生の所に連絡が入るようにしておけばいい」


 土地の無断利用じゃないか、とクリスは今までの行いを忘れたかのように小さな悪事に抵抗感を示す。

 今更な気もするが、彼女もそう言ったことから距離を置きたかったのかもしれない。


「着いた」


 アラタのガイドで2人が到着したのは、孤児院の中にある林。

 以前アラタが剣を教わっていた、シャーロット・バーンスタインや、治癒魔術師のリリーが働いている場所である。

 シャーロットはこの林の中に、戦争で散った仲間の墓を作っている。

 彼の心当たりとは、これのことだった。

 一応許可を取るか迷ったが、今更どんな顔をして会えばいいのかわからず、無許可で埋葬することに決めた。

 林の奥に、青々とした草原が広がっていて、その中央付近に墓はある。

 大きな石の下に、シャーロットの戦友たちは眠っているのだ。


「これか?」


「そ。最悪掘り返されても、先生に話をしに行くように頼んである。あの人なら壊さないよ」


「まどろっこしい。初めから許可を取ればいいだろう」


「教わっていたのはもうずっと前の話だ。今更だよ」


「そうか」


 それから二人は無言になり、土を掘り起こした。

 魔術を使えば一発だが、アラタはまだ体調がすぐれない。

 雷撃のような軽い魔術を使っても、めまいがするし、コントロールも定まらない。

 クリスは言わずもがな、弱体化は彼女の方が度合いが酷い。

 どちらも一過性の症状だが、完治までは時間がかかりそうだ。


「クリスはこの後どうする」


 スコップを手に、アラタは聞いてみた。

 もしかしたら、これでお別れになるかもしれない。


「やることは無い。だからお前といてやる」


「何でいつもそんなに偉そうなの?」


「当然だ。私はエリの一番の親友で、キィからお前のことを頼まれている」


「そういうもんなの?」


「そういう物だ。光栄に思うといい」


「はぁ」


「不服そうだな」


「いや別に」


 そんなやり取りを定期的に繰り返しているうちに、ものの数十分で穴は完成した。

 ヒト一人分の体を埋めるわけではなく、わずかに採取した遺灰を埋めるだけ。

 普通の埋葬に比べて、必要とされる穴の深さは驚くほど浅い。

 クリスは遺灰の入った瓶を取り出した。

 中には、彼女が眠っている。


「瓶から出すか?」


「混ざっていいものなのかな」


「移すことも考えたら、瓶のままの方がいいか」


「そうだね」


 まるで赤子を地面に降ろすように、そっと瓶は横向きに置かれた。

 あとは土をかぶせて、その上に石を置いて終了。

 なんとも味気ない葬式だ。

 クリスが土をかけ、アラタはその上に置く大きめの石、というか岩を探しに行った。

 使えそうな石はそこらへんに転がっていて、正直拘るほどのものでは無い。

 だけど、これを決めたらそれこそ本当にお別れになってしまう気がして、死んでしまった事実を認めるような気がして、アラタは中々これ、という石を決めきれない。

 クリスがとっくに土をかけ終えて、残りは本当に石を乗せて場所を忘れないようにするだけ。

 だが、それだけの作業が遠い。

 果てしなく、遠い。

 視界がぼやけて、息が苦しい。

 仮面を取っても、息苦しいままだ。

 鼻で息が出来なくて、視界もおぼつかない。

 やがて、アラタは一つの岩の前で止まった。

 エアコンの室外機くらいの大きさの、一人で持ち上げるには少しきついサイズ。

 だが【身体強化】ありなら今の状態でも持ち運ぶことが出来る。


「…………はぁ」


「私も手伝う。だから頑張れ」


 いつの間にか傍に居たクリスは、アラタの肩を叩いて先を促す。

 彼女も精神的にしんどいはずだが、アラタを鼓舞して、前に進ませる。


「分かった」


 せーので持ち上げた石は、重量のわりに重く感じられて、それほど自分にやる気がないのだと実感させられた。

 アラタは、この埋葬を終わらせたくなかったのだ。

 それでも、いつか終わりはやってくる。

 さほど離れていない場所から石を持ってきて、遺灰を埋めた上に安置する。

 それだけで作業は終了だ。

 名前を刻むことも、何もない。

 ただ花を添えるだけ、そして石に文言を刻むだけ。


 ——管理:アラン・ドレイク


 そう掘り終えたことで、本当に終わってしまった。

 もう、これでお別れだ。


 あの時、俺も堕ちてしまえば良かった。


 彼の脳裏には、エリザベスの不正を見逃せなかった自分の後ろ姿があった。

 あの背中を叩っ斬れば、殺してしまえば、エリザベスはまだ生きていたはずだ。

 アラタは自分を嫌悪する。


「……ぅ、うぅ…………」


 簡単に諦められるほど、安い想いでは無かった。

 本当に愛していた。

 それを自分の手で殺して、アラタの気持ちは八つ裂きにされているも同然。

 クリスはそんなアラタの頭を叩くが、これも力が籠っていない。


「……泣くな。…………私まで、つられてしまうだろうが……っ!」


「もっと優しくしてやれた。もっといい思いをさせてやれた。俺がいなければこんなことにならずに済んだ。俺が……」


「もう……やめてくれ」


 墓前に座り込んだアラタにもたれかかるようにして、クリスも膝を折った。

 空は快晴だというのに、心はついていかない。

 後悔の念は、いつだってあとからついてくる。

 結果は後からついてくるというが、それが良いものか悪いものか、蓋を開けてみなければ分からないから。

 涙も枯れて、アラタは顔を拭いた。

 目元が赤く腫れあがり、誰がどうみてもさっきまで泣いていた。

 もっとも、それを見せる相手もクリス以外にいないのだが。


「もう帰ろう。それからしばらく休もう」


「クリス」


「何だ」


「お前は死なないでくれ」


「……縁起でもないことを言うな。そのつもりは無い」


 ハナニラの花言葉は『悲しい別れ』。

 アラタにこの仮面を用意したのは、エリザベス本人。

 彼女はもう死んでいて、死人に口なしだから今となっては真意を聞くことも出来ないが、彼女にはこの結末が見えていたのかもしれない。

 アラタがこの世界にやって来て、短くも幸せな時間を過ごし、復讐を諦めたところで周囲の暴走は止まらず、アラタを特殊配達課に送った。

 強くして、いつか自分を止めてくれるために、彼を突き放した。

 これらは全て推測で、本当のところは彼女にしか分からない。

 大公選末期、彼女の周囲に頼れる人間はだれ一人として残っていなかったのだから。

 それでも、もしも彼女が自身を殺してもらうためにアラタを強くしたのだとしたら、それは愛なんかではない。

 目にしたもの全てが嫌悪し、敬遠するような、底なしの呪いだ。


※※※※※※※※※※※※※※※


 2人が帰宅し、荷物を片付けていた頃、玄関が開いた。

 ドレイクが帰って来たのだと、そう思ってアラタは玄関まで向かった。

 クリスは今、昼食中で忙しい。


 先生になんて報告したもんか。


 そう頭を悩ませながら、廊下を歩く。

 だが、変な音が聞こえた。

 ドタドタと大きな、廊下を走る音。

 先生はこんなことしないと、アラタは視線を上げた。


「あ…………」


 そこには、過去の後悔が、服を着て立っていた。

 黒い髪、ポニーテール、赤い瞳。

 ウェーブがかかった金髪、青い眼。

 剣聖ノエル・クレストと聖騎士リーゼ・クラーク。

 その後ろでドレイクが気まずそうにこちらを見ている。

 何事かと、クリスも食事を中断して廊下に出てきた。


「ア、アラタ……あのね…………」


 アラタが固まっていて、ノエルは歯切れが悪く、リーゼはそれを見守っている。

 クリスは手に昼食を握っていて、カオスが広がっていた。


「ひ……久しぶり」


 それが、ノエルの第一声だった。

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