第140話 人間砲

「諸君、いよいよ本日、アルベルト・モーガンを叩き潰す。用意は良いな? よし、始めよう」


 誰も返事はしていないが、ハルツは同意を取ったと見なし作戦の概要を話し始めた。


「まず、兄上の頼みを聞いてくれた中央軍の方々が4つの門を押さえる」


 ハルツの後ろに控えている知らない人。

 それが恐らく軍の人間なのだろう、鍛えられた体に鋭い目つき、気配は冒険者よりも、特配課よりも研ぎ澄まされている。

 彼は何も言葉を発さなかったが、東西南北にあるすべての門を膠着させるのは中々難しいことだとわかる。

 けれどまあ大丈夫か、アラタはそんな気がしていた。


「次に、私たちパーティーと、黒装束4名を投石器で射出する」


 なるほど、投石器で射出、と。


「「「…………は?」」」


 アラタ、ルーク、リャンの3人の声が重なった。

 他の面子は特に驚いていないようで、話が続く。


「結界の頂点に到達次第、アラタの刀で結界をこじ開ける。ダンジョンでやった応用だな」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 それに待ったをかけたのはリャンだ。

 アラタとルークもストップをかけようとしたが彼が一番早かった。


「相手の結界が空中もカバーしているという根拠は?」


「知らん、開いていたらラッキーではないか」


「死にますよ!?」


「死なん」


「ぐっ、じゃ、じゃあ結界が閉じていたとして、剣で結界が開くわけないでしょう。何人がかりで維持していると思っているんですか」


「アラタの刀は頑丈に出来ている。それに結界起動にも使える。複数人の魔力を流し込めば結界に穴を開けることは可能だ」


「そんな無茶な」


 悲痛な叫びにも似た声を出すことしかできないリャンは、話の通じなさが頂点を突破しているハルツに対して何もできず撃沈した。

 ルークとアラタも口をあんぐりと開けたまま何も言えず、そのまま会議は続く。


「突入、着地後、敵が寄ってくるだろう。そこでリャン以外の黒装束は隠密行動を開始、リャンは【魔術効果減衰】を使用して私たちに付け。私、ルーク、レイン、ジーンが4面で戦い、タリアが治癒魔術に専念する。魔力結晶はありったけ持って行くこと」


 さらに無茶な作戦が飛び出し、3人はもう諦めて笑うしかなかった。

 相手1人1人の力が少し劣っているからと言って、これだけの人数差を何とかできるわけがない。

 突入後、内部から門を守る敵を切り崩すほうがまだましだ。

 アラタは作戦の変更を提案しようかと思ったが、突入して敵と正面からぶつかるのか、黒装束組は隠密行動に移行するのか、どちらの方がまだましか考えた結果、沈黙を選んだ。

 初めから正面戦闘を命じられたルークは食い下がるが、アラタもリャンも援護してくれないとなると、たった一人では心もとない。

 結局ルークは押し切られ、ハルツが当初提案した作戦で行くことになった。


「諸君、この一戦には我々の面子とクレスト家の思惑、ひいては大公選の行く末がかかっている。全身全霊での任務遂行を期待する。それでは……」


 …………もうどうにでもなれ。


「モーガンをぶっ潰すぞぉぉぉおおお!!!」


「「「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」」


※※※※※※※※※※※※※※※


 同日、正午、モーガン子爵家、邸宅前。

 総勢300名からなる攻撃側、クラーク勢は集結を完了し、試合開始の合図を待っていた。

 鎧や武器の金属の匂い、人の匂い、それらが混じり合い、人口密度の高さも相まって少々気分が悪くなる者もいる。

 人混みが苦手なアラタも、この集団の中では体調を崩すかに思われたが、彼は元気だった。

 アラタ達は現在、個室の中で休憩しているからだ。

 カプセルホテルより遥かに狭いし、天井は空いているし、椅子も無い。

 床はカーブを描いていて、まるで何かを投げるために設計されたかのような形をしている。

 これから彼らは、投石器によって射出される。

 人間爆弾として、投じられた先にはモーガン家によって張られた結界が待ち構えており、それを頂上から破らなければならないのだ。

 アラタ、ルーク、リャンは全てを諦めた顔をしており、キィ以外の残るメンバーは殺意をほとばしらせてその時を待っている。

 彼の腰にはいつもの刀の代わりに木剣が差しており、刀は背中の袋に入っている。

 もう一本、予備の木剣は用意できているが、多分この試合の中で木製の剣2本では足りないと薄々わかっていた。

 その後、武器は現地調達すること、それが相談したハルツからの回答だ。


「貴族マジで無理」


 どうにもならない現実への苛々は、こんな試合を組んだクラーク伯爵とクレスト公爵に向けられる。


 こんなことしなくても、その場でモーガンを嗜めるなり丸め込むなり、出来ることはあったはずだ。

 それをこんな大ごとにして、挙句俺はこうして投石器の中に閉じ込められている。


 アラタは冬のくすんだ空を見上げ、このどうしようもない世界に飛ばした神を恨んだ。

 何をどうしたらただの大学生が投石器で打ち出されなければならないのか。

 そんなことを延々と考えている間に、目では見えないが屋敷の方から大きな歓声が上がった。


 開戦だ。

 各門に50名以上の兵士が殺到し、門を打ち破るために攻撃を開始した。

 これで抜ければ自分たちの役割はなくなるのだろうが、それは無いだろうなとアラタは絶望していた。

 昨日、守備側の施設に一日中いたアラタだが、攻撃側が不利であることをよくわかっていた。

 この試合、よほどのことが無ければ守備側の勝利になる。

 よほどのことと言うのが投石器になるのが不満だったが、これくらいしないと勝てないのかもしれないというのが彼の抱いた感想だ。

 彼ら投石器部隊には見えていないが、今回も昨日同様、門の辺りで押し合い圧し合いを続けていて、開始5分にして既に膠着状態が完成している。

 殺人が禁止されていて、武器にまである程度制限が掛けられている。

 それがより一層戦況の膠着を招き、魔術の攻撃にも幅が出ない。

 結界にもかなりの力を割いているようで、兵士たちが必死に突破を試みても中々上手くいかないのが現状のようだ。

 軍の得意とする集団魔術戦も、今回は使いどころが少ないみたいで、ほとんど肉の壁の押し合いに終始している。


 そんな戦いが少しの間続き、そうしているうちに徐々に約束の時間が迫ってくる。

 見えはしないが、アラタの近くにいた誰かが動いた。

 それは彼の側だけでなく、各投石器9基全てで起こった。

 巨石の重さを利用して、回転軸を回し射出する。

 それを留めているロープを斧で切断することで、ロックを解除し任意のタイミングで装置を起動した。


「カウントダウン! 10! 9! 8! …………」


 この試合以降、もう2度とこんな模擬戦をするようなことにならないように、今回だけ、今回だけは完璧に叩き潰して、モーガンみたいな協調性のない人を生み出さないようにしよう。


「発射ァ!」


 ブツンという感触が尻に到達したかと思うと、富士急ハイランドの高加速度ジェットコースターを思わせる勢いで地面が動き、次の瞬間には彼の身体は宙に浮いていた。


「っあぁ!」


 高層ビルの屋外を吹きすさぶような風の音が耳に届く。

 ほぼ同時に、ほんの少しだけ時間差を置いて打ち出された9つの人命は、宙を舞いながら眼下に広がる光景を目の当たりにした。

 人が争っている。

 4つの門全てを俯瞰し、そのすべてで膠着状態にあることを確認すると、アラタ達は背負っているリュックのヒモを引いた。

 次の瞬間には上方向に強い力がかかり、落下する彼らの身体はその速度を少しだけ弱める。

 パラシュートを開くことには成功した。

 両手で舵を切りながら、アラタは左右を見渡す。

 自分を含めた9名は全員無事パラシュートを開くことに成功したようで、設計されたとおりにそれは役割を果たす。


「アラタァ! 下見てみろ!」


 隣で騒いでいるルークに言われるまま、先ほど見下ろした光景をもう一度見てみた。

 先ほどまでは争っていた下の人間たちが、アラタ達を見て驚き、行動を停止している。

 落下傘で降下する彼らに面食らっているのだ。

 その中を悠々と結界の頂点まで到達する、なるほど、これは貴重な経験だとアラタも笑う。

 一番先に到着したジーンが受け身を取りながら着地する。

 それはつまり、結界が屋敷を完全に包み込んでいることを意味していた。

 地中への効果は不明だが、最低でもドーム状に屋敷を包み込む結界、しかもその強度は非常に高い。

 1人だけでは無理だったかもしれない。

 敵の妨害を受けながらでは無理だったかもしれない。

 でも、9人集まれば。

 飛び道具の制限がある中、結界の頂点にいる彼らの攻撃する手段は無い。

 後はここに穴をこじ開け、侵入するのみ。

 着地したアラタ達はパラシュートを切り離し、アラタを中心に集合する。


「よし、やれ」


「はい」


 ここまで来たらやってやる。


 引き抜かれたアラタの刀が結界の上に置かれた。

 流石に堅く、突き刺さりすらしないが、鋒を立てて魔力を流し始めた刀身は淡い水色に発光を始めた。


「全員、魔力を供給するんだ!」


 しゃがみ込み、刀を下方向に押し付け固定する彼の頭上から、8人の手が伸び柄に置かれた。

 そこから流れ込む魔力は魔道具として唯一無二の性能を誇る日本刀を介して、結界に穴を開けるべく、もう一つの結界を起動する為に使われる。

 使用する属性は統一して、雷の力を付与されている。

 貫通力重視、燃費度外視、瞬間火力で結界をぶち抜く。

 カタカタと鋒が震え、狙いがブレるのをアラタが必死で抑え込む。

 失敗は許されない、チャンスはこの一回のみ。


 【身体強化】、もっと来い!

 【不溢の器カイロ・クレイ】、もっと力を寄越せ!


 刀に込められた力が一定量を超えた時、それは起こった。

 今まで強化ガラスでも相手にしているのかというくらい頑なに刀を拒絶していた結界の防壁が、まるで霞を斬ったように、寒天に刃を突き立てたかのようにするりと入り、深々と突き刺さったのだ。


「いける! もっとだ皆!」


 ここまでくれば結界に穴を開けられる。

 はばきのすぐ近くまで突き立てられた刀に、最後のひと絞り、渾身の力が注がれた。


 今しかない。

 そう直感したアラタは、足を使って刀を押し、円形状にくるりとゼリーを切り抜く。


「今だ! 全員飛び込め!」


 斬りぬかれた結界の穴が修復されるまでの僅かな間、その隙に9つの影が穴を通って屋敷に舞い降りた。


「着地気をつけろ!」


 もうパラシュートはない。

 侵入者は全員、屋敷の屋根の上のクッション代わりに着地し、ハルツ達はその勢いのまま地表まで駆け下りていった。


「A、指示を」


 仮面に黒装束、いつもの格好のクリスが隣に立っている。

 行くか。


「K1、K2、R、黒装束に魔力を流せ。隠密行動でアルベルト・モーガンを確保する」

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