第102話 綴られた想い

「これ何?」


「お前に関する様々な情報を遮断してくれるありがたい魔道具だ。【気配遮断】を持っているようだが、皆が皆という訳ではない。お前も着ておけ」


 フード付きのマントを身に着け、これでアラタも黒装束の仲間入りを果たしたわけだが、本人は刀を抜きにくいと愚痴をこぼしており、あまり好きではないようだ。

 しかし装備の不備は部隊の能力に直結する為、アラタ用に統一された装具が支給された。

 認識阻害を引き起こす外套、魔力を流す回路を編み込むことによって起動中の防刃、防弾性を向上させた衣服、肘先から手首、手の甲までを服と同じ素材で作られた手甲で保護、靴は革製のブーツを着用している。

 一式身に着けたアラタはティンダロスの猟犬以外の何ものでもなく、黒一色のセンスの欠片もないファッションだがそれなりに様になっていた。


「最後に、ほら」


 ノイマンから差し出されたそれは仮面、白地に青く植物の紋様らしきアクセントが加えられている。

 受け取ったはいいが、お面なんて小学生になる前くらいの時に行った夏祭り以来つけていない。

 太陽に透かしてみたり、表面を撫でてみたり、いざ着けようとすると上手く着ける方法が分からずにオタオタしているアラタを見て、エストが半ば呆れながら装着を手伝う。


「これでいい。一人で出来るようになれ」


「おー、あざっす」


 フードは被っていないが、顔以外黒一色の装備に身を包み、腰には愛刀を差し、直立する姿はまごうことなき組織の一員だ。

 彩りや造形に関して言いたいことはあるが、機能面に関しては文句なしのようで、アラタは準備運動とばかりに軽く動いてみる。

 跳び、走り、蹴り、殴り、刀を抜き、振り、そして納刀する。

 ヒラヒラと邪魔になるかに思われたマントも特に問題なく、満足そうに動作を止めたアラタを待っていたかのようにノイマンが口を開いた。


「よし、それでは今日の訓練を始める」


※※※※※※※※※※※※※※※


「おらぁ! 何突っ立ってんだ! 何もしないなら出ていけ!」


「はい! すみません!」


「B5! まだサイン覚えていないのか!」


「すみません! もう一回お願いします!」


表向きは物流事業部所属の特殊配達課、郊外にある拠点の近くは鬱蒼とした森が広がっており、人の目を気にすることなく訓練に明け暮れることが出来る。

 B5、それがアラタのコードであり、B分隊の5人目の構成員であることを示している。

AからGまで4人一組の分隊があり、29人目のメンバーとなったアラタがピッタリはまる分隊は存在しない。

 仕方なく、と言うとアラタが余りものみたいで可哀想だが、クリス率いるB分隊に引き取られる運びとなったのだ。

 そんな彼は現在、通常の戦闘訓練に参加し、こってり絞られている最中だった。

 フォーメーション、行動開始後のアクションをサインで伝達、それぞれが相互にカバーし合い、敵を翻弄し、目的を達成するための動き、どれもこれも事前打ち合わせなしに行うには高度過ぎるわけで、今日初めて訓練に参加するアラタが、彼の所属するB分隊がコテンパンにやられるのは当然の帰結だ。


 実際の訓練では大声を上げることは稀だが、ここでは人の目を気にすることなく怒号を振りまくことが可能だ。

 そして怒号の矛先はと言うと、もちろん新入りに向けてのものだろう。


 面がキー、左手は味方、右手は敵、突撃、一撃入れて離脱、あれ、下がり気味に相手するだっけ?

 そもそも敵の数は今何人だ? やべっ見逃した。

 ハンドサイン? 普通のサインとは違うのか?

 えー、軽武装5,重武装2,先に片付けるのは……どっちだ?


「やる気がないなら帰れ!」


「すみません! やらせてください!」


 そんな無茶な。


 結局一日中怒られっぱなしだったアラタはB分隊と共に居残り、クリスを始めとした分隊員は快く居残り練習に付き合い、代わりにアラタは4人分の装備の手入れを命じられた。


「高1に戻った気がする」


 5足のブーツを磨きながら、アラタは3年前の自分を懐古していた。

 6時点呼だというのに、朝練をする先輩の付き添いで4時半起床、寝ている先輩を起こしてはいけないので、目覚まし時計は使えず、それでいて上級生は時計を使わずとも決まった時間にバッチリ起きるので文句も言えない。

 夏の大会が近いベンチ入りメンバーたちにとって、時間は金を払ってでも手に入れたいくらい貴重なものであり、練習時間を延ばしたしわ寄せはアラタ達1年生にやってくる。

 もっとも、アラタは1年次から試合に出て、甲子園ではエースとして活躍した身、1年生の雑用と主力としての責務、どちらもやり遂げねば反感を買い、野球どころではなくなってしまうのが辛いところだった。


 彼は確信していた。

 楽しくも、もう2度と体験したくないと断言できるほど激烈な日々、燃えるような日々にもう一度足を踏み入れてしまったことを。


 日が落ちてからも作業は続き、屋敷へと戻ったアラタは大急ぎで食事と風呂を取ってエリザベスの元へと向かう。

 邪な気持ちもゼロではないが、アラタは純粋に彼女の顔を見たかった、彼女の側で過ごしたかった。

 廊下を早歩きで通過していくと、奥まった位置にエリザベスの部屋はある。

 警備上の関係で彼女の執務室や私室は屋敷中央部に位置しており、警備の者もしっかりと配置されていた。

 だがそれはあくまでも有事の際に備えてのもので、レイフォード家に居候中のアラタは顔パスで通過していた、今回も通過する、出来るはずだった。


「まじ!?」


「は。アラタ殿は明日から特配課の訓練遠征に参加する為早く休ませるようにと」


 ……聞いてない。


 特配課、特殊配達課が明日から遠征に出るという話は一切知らされてなく、その真偽すら怪しい。


「エリーがそう言ったんですか?」


「いえ、私たちはバトラーから」


「…………分かりました。警備ご苦労様です」


 元来た道を、行きの1/3以下のスピードでとぼとぼと歩いて行くアラタ、その心中は複雑だった。

 バトラー、皆からそう呼ばれている執事のような初老の男性、彼の指示でアラタはエリザベスとの逢瀬を邪魔された。

 ただ、振り返ってみればこの家の主であるエリザベスを支えるのはバトラーの仕事でもある。

 それを外からやってきた得体のしれない存在、つまりアラタが横取りした。

 彼から見れば邪魔ものはアラタの方で、彼の不興を買ってしまったかもしれないと自らの行動を顧みる。

 後でクリスに確認した所、急に決まった話ではあるが、明日からアラタの訓練も兼ねた遠征に出るということで、追加の準備を命じられたのだ。

 今度はバトラーではなく、エリザベスの命で指示が出たというのだから、アラタはそれ以上何も言うことはできず、落ち込んだ気持ちのまま翌日を迎えた。


「装具を確認しろ。足りないものは無いか? 特にアラタ、分からないことがあればその場で言え」


「はい、問題ありません」


「よし、それでは出発だ」


 特配課はこれから、未開拓領域近くの山中で訓練を行い、所定の日程を完結後、通常業務に戻る。

 秋に入ったばかりにしては寒い日が続いているが、特配課の装備は基本的に厚着することが多い、慣れていないアラタなどはむしろ暑くてマントを脱ぎたくなっている。


 嫌われたのかなぁ。


 会うことも出来ず門前払いされたアラタのメンタルはボロボロで、このまま訓練をしても怪我をするのが関の山だ。

 そんな様子を見かねてか隊長のノイマンが近づいてきて、アラタに一通の手紙を渡した。


「読んでおけ」


 それだけ言うとノイマンは再び先頭へと戻っていく。

 何だろうか、そう思いながら封を切り、中身を取り出したアラタは手紙を読み進めていく。

 元々読み書きを習いたいという動機で学校に通っていた彼だが、エリザベスの隣にいるために必死で勉強した結果、会話文や短めの簡潔な文章であれば問題なく読み取ることが可能なまでに成長していた。


アラタへ


私が手紙を書くときって大体良くない時だよね、ごめん。

レーン、バトラーから言われたの。

この国は身分差別の激しい国ではないんだけど、貴族の中での価値観はそうではないみたいで、私とアラタじゃ釣り合わないって、そう言われた。

私はそれでもよかった。

けど、彼らの協力なしでは大公選を勝ち抜けない、だからアラタを裏切る形になってしまってごめんなさい。

全て終わったら、大公選が終わったら貴族院は解体されます。

そうしたら彼らの力も弱まって、自由な時代がやってきます、だからそれまで待っていて欲しいです。

それまで少しの間、距離を取る我儘を許してほしいです。


そう遠くない未来で、貴方の隣に立てますように、そう願い、それを心の支えにして頑張ります。

待たせてしまってごめんなさい、必ず迎えに行きます。


エリザベス・フォン・レイフォード


「……ふぅー」


 手紙を折りたたみ、背負った荷物の中にしまい込むと、少し離れてしまった一行に追いつくために走り始めた。


 エリザベスはああ言ってくれたんだ、俺も頑張らなくちゃ。


 これから4泊5日の戦闘訓練が行われ、その主な目的は新戦力であるアラタを部隊に慣れさせること、そして彼の能力の底上げである。

 当然彼には厳しい5日間になる、しかし、彼なら必ずやり遂げることが出来るだろう。

 彼はもう、野球を辞めた時やこの世界に来たばかりの頃とは違う。

 元の世界に帰る、恋人と一緒になる、確固とした目的意識の中、確かな向上心が彼の中で燃えている。


「それではまず初めに、分隊ごとの連携の確認から始めよう」


 出会いと別れの秋が深まっていくのだった。

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