第91話 飽和した器
ノエルを助けたい。
そのためにアラタはまず冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドと言う組織はあくまでも国に縛られるものではなく、世界各地に支部を構えウル帝国に本部を置く国際的な組織と言うのが建前なのだが、運営の都合上実質的に国の管理下に置かれていることがほとんどであり、それはカナン公国でも同じだった。
従ってノエル本人が指名クエストをキャンセルしようとしても貴族院から圧力がかかり、大公選候補の娘である彼女は仕事を受けざるを得ない。
だからアラタは自分がギルドに働きかけて指名を撤回させる必要があると考えたわけだ。
「クエストの拒否権は確かにありますが……今回のものは、はい、すみません」
あっけなく門前払いで責任者に面会することすらできずに追い返された。
彼はEランク、下位の冒険者なので仕方がないのかもしれないが、受注側の意思を無視したクエストなんて果たして許されてもいいのだろうか、日本なら絶対問題になる。
それでは実質的にノエルは貴族院の操り人形と変わりなく、彼らの命令通りに動く実働部隊そのものだ。
それはありなのか?
そんな疑問を抱えたところで自分の等級が上がるわけでもなく、ギルドを出た足でハルツのパーティー拠点兼彼の自宅へと向かった。
この人なら何とかなるかもしれない。
そう思っての訪問だったがここでも空振りに終わる。
「すまんな。私も最近のクエストには乗り気ではないのだが」
「ハルツさん、今のノエルが危ない状態なのは知っているんですよね? あいつは今とてもクエストに参加できる状態ではないです」
それは分かっている。
そう言わんばかりに頷くハルツだが分かっていたところでどうにもできないのが現状のようで、
「ギルドからの話では仮に君とリーゼがクエストを放棄してもノエル様だけは参加させるようにとのことらしい」
「それってあからさますぎませんか?」
「だがノエル様は断れない。あらゆる意味でな」
剣聖の力のガス抜き、大公選を戦う上で実の父親の足を引っ張るわけにはいかないという思い、それは理解できるがそれなら尚の事リスクを取ることはできないのではないかとアラタは首をかしげる。
父親に迷惑をかけたくないとする子供の気持ちを逆手にとってノエルを不安定な状態にさせるなんて、貴族院はよほどノエルの父親に大公になってほしくないらしい、と言うかその相手って…………
「なんかすみません。俺、あいつが取り返しのつかないことになる前に止めたくて、だからクエストにはしばらく参加させない方がいいと思ったんです」
「まあ、私もそう思うが。だが仕方のないものだ、あまり無理をするな」
アラタはその後、ドレイクの家に行ったが彼は不在、結局ノエルをクエストから遠ざける手段は見つからずに帰ることになった。
にしても、最近おかしいことだらけだ。
よく考えなくても、学校で魔物の拘束が外れたのも不自然だし、遡ればノエルが参加するクエストで俺を含めた沢山の冒険者が死ぬような事件が発生して犯人が見つからないのも不自然、他にもあの時だって……考え始めたらきりがない、やめておこう。
帰宅すると2人は今日のクエストからまだ帰っていないようで、シルが1人で留守番をしていた。
「アラタ、これ届いてた」
「ありがとう。これは……」
アラタへ
ノエルさんのことは聞きました。
私とアラタが会うことで彼女の精神状態が悪化することも。
本当はアラタともっと仲良くなりたいし、ノエルさんやリーゼさんに対してもそれは同じです。
でも今は時間が必要、だから少し距離を置くことにします、ごめんなさい。
代わりといっては変ですが首飾りを作ってみました、出来れば身に着けてくれると嬉しいです。
誰にはばかることなく、また一緒にお食事できる日を楽しみにしています。
エリザベス・フォン・レイフォード
「シル、なんでお前字が読めるの?」
「私はアラタから知識をもらえるから」
じゃあなんで俺は字が読めないんだ、書けないんだ、納得いかないアラタだが、今はそれを気にする余裕はない。
手紙に同封されていたネックレスは中心に藍色の宝石がはめ込まれており、宝石の価値が分からないアラタは多分かなり高いものなのだろうと判断した。
まあ宝石に価値があっても無くても、エリザベスからの贈り物と言うだけでアラタなら喜んで身に着けることは誰でも分かる。
その場で首飾りを付け、洗面所にある鏡で確認しに行く。
「あー、お返しどうしよう」
こんなものをもらっておいて、コンビニで購入したお菓子を返そうものなら自分の家なのに靴すら脱ぐことを許されず玄関に正座して説教コースまっしぐらである。
彼の苦い思い出は置いておくとして、このレベルの贈り物に対してそれに見合う返礼を考えるのは楽しくもあり頭の痛い話でもあった。
それでも嬉しさが勝るのか、口の端から笑みがこぼれるアラタを見て、メイドも嬉しそうだ。
ここ最近の屋敷の雰囲気を考えてみれば、主が嬉しそうにしているだけで自分も嬉しくなるというものだ。
これから頑張ろう、そんな前向きな想いと共に食事の準備を手伝い2人の帰りを待つアラタとシル。
しかし待てど暮らせど一向に帰宅する様子はなく、2人は先に食事をとった。
風呂にも入り、やらなければならないことも一通り終え、そうして待つこと3時間、いくらなんでも遅すぎる。
何か事件に巻き込まれたのか!?
まさか……ノエルに直接手を出す奴がいたのか!?
虫の知らせというやつがあるが、突然そんな方向に想像が働いてしまったアラタは焦り始める。
アラタは急いで刀を手に取ると、シルに戸締りをきちんとするように言い津得て屋敷を飛び出た。
「きゃああ!」
「うわっ! なんだ、今帰ったのか」
暗視、身体強化、敵感知、痛覚軽減を起動して飛び出した瞬間、目の前に待ち望んでいた2人が立っていてアラタはぶつかりそうになりながらギリギリ避けて通り抜けた。
事件性はなかったようで安心した半面、こんな時間まで連絡もなく何をやっていたのか問い詰めたくなったが、とにかくアラタは安心した。
「遅いぞ全く。まあいいや、おかえり」
「ただいま! 用事が長引いてしまった!」
いつになく明るいノエルを見て、何かいいことでもあったのか、元気を取り戻してくれてよかったと一安心する。
隣にいるリーゼが事情を説明したが、アラタの耳には特に入っていなかった。
無事に帰ってきた、それで十分だ、と。
「ごめんなさい、早く帰ろうとしたのですが、結局こんなに遅くなってしまいました」
「いいっていいって。早く中入れよ。風呂先にする?」
ノエルも元気になったようだし、エリザベスとはまた今度会える、それで十分だ。
思えば俺も余裕がなかったし、大人げない行動も言動も多くあった。
俺の方が年上なのに、それじゃダメだろうと反省もした。
アラタは確かに自分の非を認めてこの2人に謝ろうと決めた。
2人の立場や気持ちも考えずエリザベスと接触してごめんと、仲直りしたいと。
ただ、スキルに反応があった。
自分に向けられた敵意を察知する【敵感知】に反応があった。
それは珍しいことではなく、未熟なアラタのスキルでは少しイラついた程度でも反応が出てしまう。
「2人とも、いい加減機嫌直してく——」
振り向いた時、ノエル、リーゼ、2人はそこにいなかった。
と言う表現は正確ではなく、2人ではない誰かになっていた。
なったというより戻った、と言う方がより正確だがアラタにそんなことを思考する余裕など米一粒ほどもない。
ゼロ距離で刀に手をかけ、居合で斬りつけようとしたが向こうの方がワンモーション早く、アラタは防御に移る。
鞘から刀を抜き斬ることなく敵の刃物を弾き、身を捩り攻撃を回避しようと試みた。
「く…………お前ら誰だ!」
短剣の攻撃を僅かに受け、腹部から血が滲んでいる。
傷は浅く、急所も外しているが、無視して戦闘を継続できるほど軽くはない。
毒が使われていないのが不幸中の幸いというかなんというか。
お前らは何者か、そんな問いに襲撃者が答えるはずもなく代わりに攻撃が飛んでくる。
彼は刀を身に着けていたから辛うじて斬り合えるものの、敵感知には2人以外にも反応多数、防戦一方ではいずれ殺される。
家の中のシルが危ない。
一気に片を付ける。
無詠唱魔術の利点は、魔術に造詣の深いものを除けば術の発動までどんな魔術が来るか分からない点であるが、術者にとって頭の中でのみ術をイメージして行使するという行為は難易度が高く、戦闘中ともなればそれなりに熟練した者でもつい口に出してしまうことは多々あった。
「水陣!」
詠唱効果を付与する技術やスキルを所持していないアラタだが、つい声に出して魔術を行使してしまう。
それでも効果はお粗末なもので、周囲に水をまき散らして雨上がりのような地面にすることしかできない。
それを見て敵はアラタの魔術的な力量を見定めたのか一斉に距離を詰める。
確かにアラタの水陣は貧弱であり、狙ってあの威力に絞ったものではなかった。
しかし、この展開自体はアラタの狙ったものだった。
雷撃。
雷属性と言っても、本当に電荷が付与されているわけではなく、魔力で疑似的に再現している雷は光の速度で敵を討つものでもなければ、本当に感電するわけでもない。
ただ水陣によって魔力伝導性の上がったこの場所で雷撃はよく流れ、効果範囲内に踏み込んだ敵全てを捉える。
アラタも衝撃を受けるが、来るとわかっていてやってくる衝撃、いち早く立ち直ったアラタは敵に一太刀浴びせた。
雷撃の範囲外から突撃してきた敵がアラタの攻撃を僅かにいなし致命傷は避けたが、深手を負った仲間を背負って撤退の構えを見せる。
「逃げるな!」
そう言ってみたが明らかに分が悪かったアラタは出来ればそのまま帰って欲しいと願い、結局敵は何者なのか、何もヒントを残さぬまま去っていった。
ここが狙われたのか?
それとも俺が?
シルが?
ノエルが?
リーゼが?
わかんねえけどここは危険だ、今すぐ離れなきゃ。
「シル! 出るぞ!」
「はい!」
急いでシルに靴を履かせ、子供を連れてアラタは冒険者ギルドを目指した。
こうしていると以前、冒険者から追い回されて最終的に孤児院の前でタコ殴りにされた記憶が甦る。
やめろ、考えるな、今回は上手くいく。
ギルドに辿り着くまでの間、何者の襲撃もなく五体満足、脇腹に軽い刺し傷を負った程度で済んだのは僥倖だった。
一連の流れの中で死んでいてもおかしくなかったのだから。
シルの手を引いて建物の中に入ると、普段と変わらぬ光景が広がっており安堵するとともにテーブル席に座る2人組を見つけた。
腹部に血が滲んでいて、小さい子の手を引いているアラタは目立ち、ギルドの中がざわざわする中、ノエルが彼に近づいてくる。
その姿を見て、アラタは屋敷で考えていたことなどすべて吹き飛んでしまった。
「アラタァ、どこ行ってたんだ~? 私はね~」
上機嫌で酔っ払っているこのバカを見たら、腹に受けた傷がズキズキと痛みだしてきて、そこから先はあまり覚えていない。
「え…………」
キョトンとした顔でノエルがアラタの方を見ている。
酔いなんてどこかに吹き飛んだようにはっきりとした目で彼を見つめているが、その表情は先ほどとは比べ物にならないくらい怯えている。
「アラ、タ? なんで」
「………………心配して損した」
俺がノエルの頬を張ったのだと気づいたのはノエルがほっぺたを押さえてリーゼが俺に掴みかかってきた時だった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「なんて謝ったらいいのかな」
ギルド職員に呼び止められ、すっかり遅くなってしまった2人はギルドで食事をとりながらリーゼに話しかけた。
私だって本当は人を殺したくなんかない、アラタと喧嘩したいわけじゃない、罪人だからってその場で殺してしまっていいなんて思っていない。
「なんて……そうですね。契約の範囲内で本当のことを話したらいいんじゃないでしょうか?」
「嫌。だって私、アラタの首を絞めて……それをもう一人の自分のせいだなんて」
「そんなこと言っても本当の事なんですから、仕方がないですよ」
「いいから! なんて仲直りしたらいいか考えて!」
主導権の争いをすることなく、無制限に剣聖の力を行使することを許可する。
代わりに主導権争いの開始権限と、争いにおける自身の力の底上げを行う。
そう言う契約を結んでいる以上、出来る限り剣聖の力に頼らない戦い方をしてきたつもりだった。
でも最近抑えるのが厳しくなってきて、何も話していないアラタの前でもその片鱗が現れてしまうようになっている。
詳しいことは相変わらず話せないが、とにかくアラタに迷惑をかけて、我儘を言ったことを謝りたいノエルはギルドの1階で食事をとりながら作戦を立てていたのだが、始まった時間が遅いし、アラタは屋敷に帰ってくるものと思っているし、2人とも酒が回って気分がよくなってしまっている。
「あれって」
「ヒモのアラタだ。何かあったのか」
入り口の方が騒がしくなり、騒ぎの方向にはアラタがシルと共に立っていた。
ノエルは席を立ち、彼の方へと歩いて行く。
アラタ、私はお前に謝罪しなければならない。
お前の価値観はこの世界のモノではないのに、私の常識を押し付け過ぎた。
私がこの界隈に引きずり込んだのに随分と無神経な扱いをしてきた。
本当は元の世界に帰りたいのに、私たちと行動を共にしてくれるお前に甘えて、最近は言い争いばかりしていたことを謝りたい。
アラタの気持ちも考えないで、レイフォードに関しても酷いことを言ってしまった。
ふらふらする足を動かして彼に近づくと、回らない呂律を頑張って動かして仲直りしようとした直後の事だった。
パアンッ。
「え…………」
「………………心配して損した」
アラタが私を見る目は真冬の池に張った氷みたいに酷く冷たくて、突然ひっぱたかれた頬の痛みに驚きその時アラタの横腹から血が垂れていたことに気付かなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます