第33話 自爆
ドレイクに師事し始めてから二日後、アラタはこの世界に来て初めてワクワクしていた。
一昨日の体験、初めてきちんとした魔術に触れた。
元の世界にはない概念は彼の中に新しい発想を次々ともたらす、あれもできる、これもできる、それは面白そうだ、と。
使える魔術は雷属性の基礎中の基礎、雷撃一つのみ。
ドレイクの話では本物の電気ではなくあくまでもそれを魔力で模したものだと言っていたがアラタからすれば大差ない。
元の世界に魔力と言うエネルギー源などはなく、自分の意思で魔力を練り狙った効果を得るという体験はアラタの心をフワフワさせるのに十分すぎたのだ。
昨日の時点でリーゼの監視の元ノエルがクエストを受注済み、今日はギルドに集まることなくクエストに向かっているわけだが、その内容は水辺に生息するメガフロッグの討伐。
メガフロッグは大きさが4mある大型生物で体重における筋繊維の割合がかなり高い。
ランクはDランク相当、野菜収穫クエストの方が簡単な気もするがあのクエストを完遂するのは意外と骨が折れる。
というのも野菜を極力傷つけず収穫するのはただ討伐するだけよりも数段難易度が高いのだ。
というリーゼの説明で渋々アラタはこの危険生物の討伐についてきたわけだが蛙の数は5匹、ノエルとリーゼであれば討伐開始から全滅まで5分とかからないクエストである。
魔術を覚えたアラタは気持ちが高ぶっていたのだろう。
巨大な蛙という近寄りたくもない魔物に対し文句を言いながらも付いてきたのは理由があった。
早い話自信がついたのだ。
魔術を習い始めた自分ならもしかしたらいけるのかもしれない、という驕りが。
「でな、先生はすごいんだ。寝ている間も魔術を発動しっぱなしにできるんだ!」
「す、すごいですね。まあ魔術の話はその辺にして、今日の話をしましょう」
「いや、一昨日は本当に面白いことが沢山あったんだ。例えばな――」
「アラタ、楽しかったのは良いことだがもう十分だ。さっきからその話ばかりじゃないか」
「ああ、ごめんごめん。つい話過ぎた」
先ほどから魔術がいかにすごい技術なのかを熱弁し続けていた男はここまでノンストップで話し続けていた。
こんなことなら今日も走って現場まで行けばよかったと2人は考えたが今日はそうもいかない。
ミノタウロスの時は結果的に素材は全滅してしまったが回収業者を手配していたのだ。
その費用もアラタに請求したわけで彼の借金はまた膨らんだわけだがそれはいい。
今回三人は野菜収穫の時使ってような台車を一台ずつ引いており流石に走ることもできないのだ。
「楽しそうで何よりですけど。今日は何か違うことをするんですか?」
「いや、まだそんなに魔術使えないししばらく戦い方が変わることはないと思う。いつも通りで行こう」
「私が接近してアラタとリーゼがフォローだな!」
「そうですね。アラタも支援系の魔術を覚えてほしいんですけど」
「頑張るけど、でもあんまり期待しないでくれ。魔力は人並みらしいから」
アラタは一日で雷撃を使えるようになってもしかしたら、と思っている。
だがこの2人と一緒にいると自分の才能が霞んで霞んで仕方がないのだ。
ノエルはあんな感じで近接戦闘が抜きんでているし、リーゼは魔術が得意、治癒魔術も使える、おまけに近距離でも戦えると来ている。
あれ、俺要らなくね? アラタがそう思っていることもまた事実なのだ。
実は俺は本当にヒモなのではないか、彼がそんな葛藤をしているうちにクエスト現場に到着、ここでメガフロッグを討伐、回収するわけだが蛙の姿がない。
メガフロッグは蛙に近い生態を持つ、と言うより巨大な蛙そのものなので水辺、水中にいることがほとんどだ。
つまり討伐対象は三人の目の前に広がる泥色の池の中にいるのだが、
「どうします? 私が攻撃を打ち込みますよ?」
リーゼがメイス型の杖を構え準備が済んでいることを伝える。
ノエルもそれで問題ないと思ったのか剣に手をかける。
だがここでアラタが待ったをかけた。
「俺の魔術が役に立つかもしれない」
「早速アラタの出番か! 何をするんだ?」
「水中に雷撃を打ち込む。上手くいけば感電みたいに動けなくなるはずだ」
こんな御膳立てされたクエストなんてあるのか、何かの運命を感じるほど雷撃を使うのにぴったりなシチュエーション、アラタはうずうずして止まりそうにない。
「2人は少し離れて待っていてくれ」
2人も嬉々としてしゃべるアラタを止めるのは嫌だったのか何も言わずその場から離れた。
2人が離れた場所にいることを確認すると、アラタは回路をイメージする。
一本の線、その中に一瞬だけ練った魔力を流す。
パチッ。
「あれ、おかしいなぁ」
「どうした? 大丈夫か~?」
「あ、ああ。何でもない! 次は大丈夫だ!」
もう一度回路をイメージしろ。
次はもっと威力を上げるためにかなり太い回路をイメージするんだ。
さっきのじゃ小さすぎるってこと、次はそうだな……腕の太さ丸々回路にしてみよう。
魔力を急に練ると制御に失敗することは学習した、だから今回はゆっくり、ゆっくり練り上げろ。
結構魔力を使っている気がするけど、もっともっと、うん、いい感じだ。
なんとなく魔力の質が変わってきた気がする。
けどまだ、まだ足りない、もっともっと練って雷の強さを上げる。
これを打ち込んだ時メガフロッグが間違いなく気絶するまで。
まだだ、まだ…………そろそろいいかも。
後は回路に魔力を……
「あり?」
ゆっくりとゆっくりと丁寧に丹精込めて練り上げられた魔力を流すための回路、そこにバケツ一杯の水を一気に流し込むように魔力を注ぎ込もうとしたのに、回路が、パイプがない。
おっかしいなぁ、さっき作ったはずなのに。
「アラタ~、本当に大丈夫か~?」
「リーゼ! 魔力流す回路なくなったっぽい、どうすればいい?」
アラタは魔力のコントロールに集中しながら何の気なしに聞いてみた。
まあもう一度回路を作ればいいかくらいの気持ちで、それでも何かコツでもあればいいかな程度の気持ちだ。
だが彼の言葉を聞いたリーゼは途端に焦り始め右往左往する。
「アラタまさか……アラタ! 落ち着いて聞いてください! アラタは今回路に使っている魔力まで練ってしまったんです! それでは魔術は使えません!」
「マジか! どうすればいい!?」
「どうするって、とりあえず池に入ってください! この中で魔力を放出するんです!」
目の前に広がる茶色い水、池というより沼の方が正確な表現の水中に、言われるがままアラタは踏み込んでいく。
あれ、なんか水中に影が……
騒ぎすぎてきたのか!
「リーゼ! メガフロッグ来たぁ!」
「早く魔力を放出してください! 早く!」
「うぉぉあああ雷撃ィ!」
閃光が水面を走る。
一瞬の静寂の後、水辺はバチバチとあり得ないような音を響かせて光に包まれた。
その閃光の中心にいた人物は自分自身が今行使することのできる最大威力の雷撃を身をもって体感したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
なんだかあったかい感じがする。
この感じは……治癒魔術か。
えぇっと、俺はメガフロッグの討伐に来て魔術を使おうとして、その後……
「メガフロッグ!」
アラタは勢いよく起き上がると直後に額に痛みが走った。
ゴチンと痛そうな音を立ててぶつかった何か、正確には彼がぶつかりに行ったわけだが額の持ち主たちは揃って頭を押さえていた。
「いったぁー。ごめん、大丈夫?」
「痛いじゃないか! 急に起き上がるな!」
「だからごめんって」
アラタは額をさすりながらさっき起きた出来事を思い出そうとする。
「俺、もしかして自爆した?」
「正解です。全く、あんなの見たことありませんよ。魔力を練りすぎて回路が消えるなんて、全く、本当に……ふふっ」
「あっ! 笑ったな!」
「いえ、そんなことないですよ。ねえノエル?」
「そうだな、笑ってなんていない」
そう答えるノエルの顔は真顔のままだ。
けれどもアラタは……
「本当か? なんか顔が引きつっていないか? 気絶した俺はどんなだった?」
「い、いや。何もなかったぞ? そう、何もないぞ」
「ノエル、本当のことを言え」
「うぅぅ、いや、別にアラタは白目剥いてなんていなかったし髪もチリチリになってはいなかったぞ」
はい、自白いただきました。
「リーゼ、守るべきものはもう何もないけど。どうする?」
「ノエル、もう少し我慢してください。私だって何とか……ぷふっ、ふっ、あはははは! ノエルのせいで思い出しちゃったじゃないですか!」
「すまない。でも、アラタってば本当に……ククッ、だって、アフロが、アフロが水面に浮いて……そんなの反則だ! あははははは!」
自爆したアラタの醜態がよほどツボに入ったのか、2人はこの後過呼吸気味になるまで爆笑した。
初めは「笑うな!」と言っていたアラタだったが諦めたのか2人が笑い終わるまで待ち、ようやく落ち着いたところで意識を失った後のことを聞く。
「で、メガフロッグはどうなった?」
「ふふふ、メガフロッグは全滅しました。アラタと一緒に浮いていたところを捕獲してブスリでした。これでクエストは完了です」
まだ笑っている。
全く、どんだけ面白かったんだろう。
「二人とも、いつか仕返ししてやるからな。覚えておけよ?」
その後討伐証明を取り、メガフロッグを荷台に乗せてギルドまで残った。
4mを超える怪物、重量もかなりのものがあるが身体強化を覚えたアラタは涼しい顔をして荷車を引いていく。
彼もだいぶこの世界に馴染んできたのだ。
受付でいつものようにクエスト完了報告を終え、いつものように視線を感じながらギルドを出ようとしたその時、アラタは誰かに呼び止められ足を止めた。
「ヒモのアラタ、俺と勝負しろ!」
「はぁ? 嫌ですけど」
命の危険にも遭いながらようやく手が届きかけた普通の生活。
指先で触れた普通の人が当たり前に享受している日々。
この世界に来てアラタが望んで止まなかったものがまた遠のいていく、そんな瞬間だった。
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