第32話 異世界の屋台骨

 今青年の前に立っている老人、ノエルの紹介で彼に魔術を教えてくれることになった魔術師、アラン・ドレイクはアラタから見て、何というか、普通の老人だった。

 家の中は確かに日本では見たことの無いような、一般人がイメージしそうな魔術っぽい道具や設備で埋め尽くされていたが本人は大きな帽子をかぶることもなく、床を引きずるローブも着ていない。

 今まで寝ていたのだから当たり前と言えば当たり前だが、この老人の格好は寝巻きそのものだ。


「あのー、魔術を習いに来た冒険者のアラタと言います」


「ノエル様から話は聞いておる。寝ていてすまんかったな」


 さっきの幻覚が魔術ならこの人魔術だしっぱにして寝ていたのかな。

 それがどれくらい難しいことなのかアラタには理解できないが、差し入れを手渡すとドレイクは早速ビリビリと包みを破りながら付いてくるように促す。


「まあ立ち話もなんじゃ。勉強を始める準備をしよう」


 ドレイクについていくとアラタがスルーしていた鍵のかかった部屋の前に来た。

 男は鍵がかかっているはずの扉を普通に開けると、その先にある下り階段を下っていく。

 さっきまで開かなかったよな、アラタが疑問に思うがドレイクはその間にもどんどん先を行く。

 質問する間もなくついていくしかないアラタは地下室の扉が開き中が見えたところで驚愕した。

 体育館だ。

 少し小さいけど体育館、天井が高くて、照明があって、地面は土の部分と普通の床の部分があるけど、とにかくすごい。

 確かに下り階段はかなり長かった。

 一つ下のフロアに向かうには多すぎる階段だったが地下にこんな大きな施設を作る難しさは流石に想像できる。

 アラタがあっけにとられていると隣にいたドレイクはどこからともなく大きな杖を取り出すとそれをトン、と地面に軽く突く。

 すると杖と地面の接地点を中心に風が巻き起こり、埃やゴミなどが巻き上げられ、収束されていく。

 もはやアラタはあんぐりと口を開けたまま固まることしかできない。

 風がぴたりと止むとゴミは土に撒かれかき混ぜられる。

 次に水が出てきて床を濡らし、磨き、風で水が取り除かれるとピカピカの訓練場の完成だ。


「すげぇ」


 心の底から感嘆の声が漏れる。


「期待通りの反応じゃな。よきよき、それじゃほれ」


 一冊の本が空中を舞いふわりとアラタの手元に届けられた。


「ナニコレ?」


「教科書じゃよ。著者はワシ、これを勉強に使う」


 自分の書いた教科書を使う所は大学と変わらないなと思ったが違う所が一つあった。

 まあこれは教科書に責任はないのだが、


「あの、先生、俺文字読めないです」


 少々申し訳なさそうに行ったアラタを目を丸くして見るドレイク。

 どうやら彼は文字も読めぬ冒険者が魔術を教わりに来るとは思わなかったみたいだ。

 だが彼は嫌な顔をするどころか懐かしそうに過去を回顧する表情を見せるとにっこりと笑う。


「ほっほ、字が読めぬとな。いいぞ、昔に戻った気分じゃ。その本はくれてやる、じゃが本を使わぬとなれば……昔ながらの方法で教えるとしよう」


 昔ながらの方法、姐さんみたいに体に教え込んでやるぜ方式なのかな。

 キスはなしでお願いしますキスはなしでお願いしますキスは……


「ほれ、授業を始めるぞ」


 ドレイクはどこから持ってきたのか黒板にチョークで落書きを始めていた。

 昔ながら、文字の読めない人向けの教え方とはつまり絵で説明するという何とも良心的な指導方法だった。

 密かにアラタが胸をなでおろし床に座ったところでアラタの初めて触れる学問体系、「魔術」についての講義が始まった。


「魔術は呪術や占星術、結界術などと混同されることが多いが、基本的な概念は五大と言う考え方になぞられて5つの系統が存在する。じゃがまあ、概念自体借り物じゃし系統も様々な組み合わせが活用される昨今ではあまり意味がない。五大の地、水、火、風、空の5つに対応して土、水、火、風、無の5つが基本じゃ。ここまでよいか?」


「地と土は置いておくとして、何で空は無に置き換えられたんですか?」


「あくまで五大になぞられて体系化されているに過ぎんからじゃ。火や水も物質としての性質を司るものではない。まあこじつけじゃな」


 A型のアラタはなんていい加減な分類なんだ、仮にも学問ならその辺きちんとやっておけよ、と思ったがそう言うものなんだ、仕方ないかと諦めた。


「続けるぞ。土、水、火、風またはその派生、複合ではないものは無属性扱いされるが、長い時間を経てはっきり魔術と言い切ることのできない分野も存在するようになった。お主の身体強化などがそれじゃな」


 なんで俺のことそんなに知っているんだ、そう思ったがアラタの脳裏にはすぐにおしゃべりな2人の顔が浮かんだ。

 ふと一瞬意識が逸れた時、まるで気配遮断を使ったかのようにドレイクはアラタに歩み寄ると、


「えい」


「は?」


 アラタの腕に丸い筒が突き立てられた。

 え、痛っ、何、何してんのこの人。

 突然注射器で採血されたアラタはキョトンとしたままドレイクの方を見る。

 説明不足にもほどがある、急に暴れたりしたらどうするつもりなんだ。


「これでお主の血液から属性を見る」


「そう言うのは先に言ってからやるものですけど」


「魔術師に常識を求めるな。まあ気にするな」


 僅かに教師へのいら立ちを覚えたアラタだがすぐにそんな気持ちは霧散した。

 魔術師に常識を求めるなと言う彼の言葉がすんなり入ってきたからだ。

 少しくらい我慢しよう、魔術を修めるためだ。


 半ばあきらめにも近い感情で採血されたことを水に流すと採取した血液を何やらよくわからないことに使っている先生に眼をやる。

 別の液体と混ぜたり、試験管の中に入れて振ってみたり、数分間という魔術の適性を見るには少々短い気もしなくはない時間でドレイクは彼の元に戻ってきた。


「おぬしの適性は……」


 クラスの時の二の舞は嫌だ、せめて一つでいいから適性をください!


「適性は、風と雷じゃ。良かったの、ワシもこの二つは得意じゃ」


 はぁぁぁあああ~あ。良かったぁ。

 クラスがなかった時の衝撃はもう味わいたくない。


「内包する魔力量は平凡じゃな。多くもなければ少なくもない。お主今いくつじゃ?」


「今年で19になります」


「じゃあこれ以上の大幅な増加は期待できんのう。まあよい、話を続けるぞ。……お主何を書いておるんじゃ? 文字は書けぬと言っておったが」


「いえ、文字は読めませんけど言われたことは覚えておきたいので図形を書いています」


「年齢の割に古い人間じゃな」


 ドレイクは何やら感心しているみたいだが、アラタが書いているメモは図形なんかではない。

 ノートなんて生まれてこの方まともにとったことないが日本語でメモを取るくらいはできる。

 日本語の文字が通用しないことは分かっているから書いても問題ないだろ。

 メモを取りつつ紙を持たせてくれたリーゼに感謝するアラタだったが彼がひとしきり書き終えるのを見届けるとドレイクはチョークを置き腕をまくる、老人とは思えない逞しい腕が見えたがアラタの抱いた感想は、「健康そうな爺さんだな」という程度のものだった。


「説明はここまで。話してばかりではつまらんからワシの魔術を真似してみろ。ほれ」


 そう言うと先生の掌からパチッと静電気みたいなものが出た、気がする。

 今のが魔術?


「最低威力に調整したが雷属性の基礎、雷撃じゃ。やってみよ」


「やってみよって言われてもそんなに簡単にできないですよ。コツとかないですか?」


「なんじゃおぬし才能ないのう。いいか、魔術は回路を構成したりすでにある回路に魔力を流すことで発動する。この時点で決められた属性に魔力を練って流す。そうでなければ無属性ですらないただの魔力が垂れ流しになるだけじゃからの。雷撃なら回路は一本、心臓付近から腕まで一本の線を通すイメージ、そこにバチバチする感覚で魔力を練り上げ流すのじゃ」


 回路とかいう今までの説明にない用語をさらっと使い始めたのはまだいいとして、この人の説明は姐さんより適当だ。

 この人本当に昔魔術教えていたのか?

 アラタは早くも雲息の怪しさを感じていたが一応言われたとおりにイメージしてみる。

 魔力操作は身体強化でつかんでいるから、回路を構築……なんとなく出来る気がする。

 あとはバチバチする感覚で魔力を練って……ってできるか!

 なんだバチバチって、小学生じゃないんだぞ、あれだ、静電気みたいなもんだろ、魔力の塊をこすり合わせるような感じで……


 バチィッ!


「あいったぁぁぁああああ! 弾けた! 弾けた! 痛ぇぇええ!」


 アラタの体内で何かが弾けた感覚がして全身に電流が流れた気がする。

 ライターについている着火剤、黒いボタンを押すと火花がでるあれを触った時、ビリビリするドッキリアイテムに引っ掛かった時と同種の痛みがアラタを襲う。

 床を転がりながら痛がるアラタを見てドレイクは驚いていたがすぐに満足そうな表情を見せる。


「今の適当な説明で理解できたのか? 意外とやるの」


「適当だったんですか!? すっげぇビリビリするんですけど! 早くちゃんとしたやり方教えてくださいよ!」


「すまんすまん。まさか最初から魔力を練ることが出来ると思っておらなんだ」


 ホッホッホと笑う先生にアラタは説明不足もいい加減にしろと思ったがそれよりしびれる体を何とかしてほしい。

 アラタの願いは叶うことなくドレイクの説明が入る。


「今の失敗は制御能力に対して魔力を多く長く練り上げすぎたのじゃ。今はまだそこまで制御できぬから少し練ってすぐ回路に流せ。ほれ、やってみよ」


 考えることが多い。

 取りあえず少しだけ、少しだけ魔力を練ってすぐ、回路を先にイメージして、魔力を擦り合わせて……流す!


 バチバチッ


 アラタの掌から少しの光と共に電気のようなものが一瞬出た。


「おぉお! 出ました! 出ましたよ!」


 初めて魔術を使った。

 面白!

 元の世界になかった技術だ。

 これがあれば元の世界にでもっといろいろできたかな。

 ボールに魔力を纏わせたり、そうだ、雷属性の魔力をボールに流して投げれば金属バットに当たって感電するんじゃないか?

 すごい、絶対使用禁止な魔球を開発してしまった。


「おーい、何処に行くんじゃ? 戻ってこーい」


 意識が遠くに言っていたアラタを呼び戻すとドレイクは黒板に書かれた線を消し始める。


「それなりに疲れたはずじゃ。今のお主は魔力のロスが多い、次回はその辺について教えようかの。今日はこれまでじゃ」


「あ、はい。ありがとうございました。次回はいつ行けば……」


「いつでも構わんよ。それよりノエル様に感謝するんじゃな」


 こんなすごい肩書の人、さぞかししつこくお願いしたのかな、と自分からしたらありがたい話だが先生にとっては迷惑なことだとアラタは少し探りを入れる。


「うちのノエルは何か失礼をしませんでしたか?」


「ノエル様くらいの御方、ワシにどんな態度を取っても失礼になんぞなるわけなかろう? まあノエル様からおぬしは一般常識に疎いとも聞いているから、その辺も追々教えてやるとするかの」


 ちょっと何言っているのか分からないアラタだったがノエルに感謝するべきだということは理解できた。

 それは置いておいて常識知らずとは、お前にだけは言われたくないとアラタの中でノエルに言うことが一つ増えた。

 こうしてドレイクの元での魔術の勉強は初日が終了した。

 明日はクエストなし、姐さんに別の人から魔術を教わることを言いに行って、あとは練習して……雷撃か、使い道は多そうな気がするな。

 身体強化を習得したことと言い、最近の異世界は悪くないと思い始めたアラタだった。

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