第20話 命より大事な動機

「じゃあこれからその人に稽古をつけてもらう訳ですか」


「そそ。なんかすごい人らしい」


「稽古なら私が見てもいいぞ?」


「お前は感覚的すぎてまるで練習になんない」


 午前6時、この時間に起きる人はそこそこ早起きに分類されるのではないだろうか。

 既に身支度を整え仕事や学校などへ向かっている人はさらに早起きしなければならない。

 三人は6時に宿の1階に集合、昨日アラタが治療を受けた孤児院へと向かっていた。

 理由は先ほどアラタが言った通り、孤児院の運営をしている女性、シャーロット・バーンスタインに稽古をつけてもらうためである。

 どうしてそうなったと聞きたいところではあるがアラタにそれを聞いても昨日アラタを治療した修道女、リリーがいかに優しく気配りが出来て美しい女性であるかを延々と垂れ流すだけであるので二人とも詳しい事情を聞くことは諦めている。

 誘拐されかけた少年、孤児院で面倒を見ているデイブを助けたことから何か礼をさせてくれ、というのがシャーロットの言だがそれに対してアラタは自信を強くしてくれと頼んだ。

 また運よく生き残ったわけだが敵の自爆に巻き込まれていれば今頃死体になっていたことを分かっているのだ。

 そしてそんな敵を空高く蹴り上げた脚力、孤児院で働くには不必要なほど隆起した筋肉、一目見ただけで只者ではないとわかるオーラ、早いところ魔術も習得したかったアラタはデイブの命を助けた謝礼として教師役を頼んだわけである。


「でな、コスプレ修道服ゴリラと違ってこう何というかな、気品みたいなものがあって……あぁぁあああ! つぶれる! アタマ潰れる!」


「コスプレ修道服ゴリラって誰の事ですか? それ、ひょっとして私の事ですか?」


「違う違う! 違うから手を放して!」


 本物のゴリラの握力とまではいかずともおおよそ人間の握力では到底出せないような力がアラタの頭蓋を握りつぶそうとしている。

 万力のようにがっしりと固定された手はアラタを掴んで軽々と持ち上げていて離さない。


「ゴリラ、ヒモ、着いたぞ」


「ちょっとノエル!?」


「あー死ぬかと思った」


 三人の目の前には大きな敷地を有するセントラル・グエラ教会兼孤児院がある。

 広大な敷地だが柵などは少ない、ノエル、リーゼは一目見て子供たちの安全が心配になったが自分たちに出来ることと言えばせいぜいギルド経由のクエストで治安維持に協力することくらいである。

 開きっぱなしになっている門をくぐり敷地内に入ると外で遊んでいた子供たちの視線が一斉に注がれた。

 純粋な興味で見ているのか昨日の一件で少しナーバスになっているのか分からない子供の目はアラタ、と言うよりアラタの持っている手土産に注がれている。

 元々ここにいる子供たちのために持ってきたのだ、ここで広げてしまおうか、それとも大人を通して渡すべきかアラタが迷っていると両腕に小さい子供をぶら下げた偉丈夫が歩いてきてよく通る声で三人を呼んだ。


「おはよう! 早くいらっしゃい!」


「おはようございまーす! あの、差し入れ持ってきたんですけどどうすればいいですかー!」


「リリーに渡しておいてくれ! あんたらはこっち!」


 そう言うとシャーロットは孤児院の奥の方へと歩いていった。

 それと入れ違いになるようにパタパタと小走りで修道服姿の女性がやってくる。


「アラタさん、体調はどうですか?」


「ばっちりです。稽古で怪我したらお願いしますね」


「ふふ、クラーク様がいるというのに贅沢な人ですね。差し入れありがとうございます、子供たちもきっと喜ぶと思いますよ」


 そう言いつつ無言のアラタから差し入れのお菓子を受け取るとリリーはさっさと行ってしまった。

 アラタは名残惜しそうにしていたが何も言えず無言のままシャーロットの方へと歩き始めた。


「へぇー、アラタはああいう感じの方が好みなんですか?」


「ち、違いますけど。元の世界の彼女に少し似ているなーって思っただけだし」


「え、アラタ恋人いるんですか?」


「あんだよ、俺だって彼女くらいいるっつーの」


 アラタの思わぬ新情報が出たところで一番大きな建物裏にある殺風景な場所に到着する。

 こちらは石、それともレンガのようなしっかりとした壁があり誘拐犯なら避けるだろうなと思いを巡らせる。


「シャーロットさん、今日からご指導よろしくお願いします」


「こちらこそ。まあこれからはそんなにかしこまることないよ」


「そうですか。じゃあ早速稽古お願いします」


 軽く挨拶も済んだところでアラタは袋に入れて持ってきた木剣を取り出す。

 実はこれ、練習用の木剣なのだが武器屋で銀貨7枚もしたのだ。

 木製バットのように何回か使ってぽきんと折れましたということは避けたいが真剣を使う訳にもいかず泣く泣く購入した。


「その前に」


 逸るアラタを静止してシャーロットはノエルの方を見た。

 ノエルはシャーロットと初対面で面識もない、過去に何か粗相をしたのかと不安になるがその心当たりもなかった。


「あんたがシャノンの娘か。そっくりだね」


「父上を知っているのか?」


「知っているかと聞かれればまあそうさね、カナンに二つしかない公爵家の一角、知らない方がおかしいけどまあ、向こうも私のことは知っている、その程度の関係さ」


 公爵家、その発音と意味はアラタの脳内で一致しているが具体的に公爵家がどれくらい凄いのか彼の頭の中ではいまいち理解できていない。

 日本で公爵と会う機会など皆無だしほぼ勉強してこなかったアラタを責めるのは筋違いと言える。

 だがこれからシャーロットのする質問はノエル、リーゼ両名の置かれている状況に深く関わっており彼女たちと行動を共にする以上アラタにも避けて通ることのできない内容だった。


「アラタは何故私に稽古を頼んだ? 何故強くなりたい?」


「冒険者なんで、強くないと死んじゃいますから」


 シャーロットの問いに間髪入れず答えたアラタはその答えを自分の中でもう一度咀嚼した。

 冒険者しか今のところ俺の生きていく方法がない、それに借りもある、だから強くなりたい、それであっているはずだ。


「昨日も聞いたけどあんたはレイテ村の出身だろ? じゃあ村で安全に暮らせばよかったはずだ、どうして冒険者になった?」


「それは、2人に誘われて」


「村で普通に暮らせばよかったんじゃないかい?」


「それは、そう……ですけど」


 アラタは反応に困る。

 本当はあの村には俺の居場所はない。

 いや、エイダンやカーターさんのことだ、残って働かせてほしいと言えばそうさせてくれたかもしれない。

 じゃあなんで俺は今ここにいる?

 パーティーに半ば強引に加入させられたから?

 一緒に冒険者として活動したいと言われたから?

 護衛の増強を断られてしまった二人の境遇に同情したから?

 多分全部違う、俺は……

 アラタは答えに詰まる。


「命を賭ける冒険者が自らを死地に置く理由すらない、そんな危険なことはない。デイブを助けてくれたことには感謝しているわ。でもアラタ、あんたは今からでも冒険者をやめるべきだ」


「シャーロットさん、そんな言い方は」


「あんたらは黙っているんだ。これは私とこの子のやり取り、私が納得できる理由がなければ稽古はつけない」


「そんな…………アラタ」


 俺は、俺は、

『私はノエル! あなたは?』

『私たちとパーティーを組んでほしい』

 脳裏に蘇るのはこの世界に来てからの出来事、元の世界で何もかもどうでもよくなって、生まれて初めて何の目的もなく適当に生きていて、2人や村の皆に出会って何かが変わった気がした。

 止まっていた時間がもう一度動き始めた、詩的な気がするけどそんな気がした。

 俺は――


「俺には命より大事な動機なんてありません。ただ、俺は2人に命を救われた、生き方を教えてもらった、助けてもらった、一緒に冒険者をやらないかと誘ってもらえた。確かに怖いことも痛いこともある、むしろそんなことばかりです。でも俺の命の恩人で、俺のことを必要としてくれる人がいます。それが俺が冒険者を、その為に強くなりたい理由です」


 途中から何を言っているのか自分でもよく分からなくなってしまった。

 考えたことがまとまらないまま口から出ていく。

 ああ、これだから俺は。

 もっとわかりやすく理論立てて順序を守って話せって言われてきたのに。

 でもこれが嘘偽りない俺の本音だ、俺がここにいる理由だ。

 アラタは恐る恐るシャーロットの様子を窺う。

 堀の深い目は顔を下に向けているせいで見えない。

 この人からは明らかに堅気じゃない雰囲気がした、多分軍隊にいたとか冒険者とかだと思うんだけどな、だめだったら諦めるしか――


「合格」


「え?」


「一応合格だ。及第点ギリギリ、これからよろしくね」


 優しい目だった。

 顔を上げてそう言った彼女の目には確かな優しさがあった。

 それがどんな意味を含んでいたのかは誰も聞かない、ふわふわとしたアラタの答えのどこに納得する部分があったのかは知らない。

 ただ一つ、アラタは戦闘術の師を獲得した。


「これからよろしくお願いします!」

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