第4話 私は!

「ほら、隙だらけだ!」


「ちょ、痛っ! タイム! タイム!」


「ほらほら、まだまだ行くぞ?」


 唐突だが、今新は剣の稽古を受けている。

 何故そんなことになったのか、話は半日ほど前に遡る。


※※※※※※※※※※※※※※※


 目が覚めた時、新は普通に混乱した。

 1人暮らししている自分の家でもなく、実家でもなく、友達の家でもなく、テントでもなく、病院でもない。

 今まで宿泊したことのあるどの場所とも異なる光景にしばし固まる。

 彼は床に毛布を敷き、その上で寝て……寝かされていたようだ。


「ここ、どこ……?」


 俺は強盗に殴り掛かって、その後……ダメだ、何でか知らないけど思い出すことが出来ない。

 このまま思い出さない方がいい気がする。


 現代的に言えばコテージと言えばいいのか、目に付く建材は全て木製の部屋の中、新は木で出来た床から起き上がり、何故か痛む体を押さえながら部屋の外へ出た。

 廊下を歩き、奥に台所らしき一角が見えたが無視してそのまま外へ、この建物が誰かの家であることが確定した所で玄関扉から外に出た。

 裸足のまま外出し、地面の砂利が少し痛い。

 外には一面畑が広がっていた。

 しかし日本の地方みたいに見渡す限りの畑という訳ではない。

 彼が寝ていた家のような大きさ、見た目の家が点在していて、そのスペースを埋めるように耕された人工の大地が広がっている。

 家庭菜園の規模かと問われればそれはNO、新は土地には詳しくないが、少なくとも野球場より遥かに広く、整備された土地が広がっていて、自分たち以外の為、商業的に農作物を育てていることは分かる。

 田畑にはまだ何も植えていないのか、それとも丁度収穫を終えたのか、とにかく土しかない。

 新が自分が異世界に飛ばされた事実を受け止めていた、だからその上でここはどこなのか、それを聞こうと近くを通りかかった人に声を掛けようとした。

 しかし、彼が声をかけるより前に、逆に後ろから彼が声を掛けられた。


「目が覚めたんですね。良かったです」


 えぇっと、なんだっけ。

 巫女……じゃなくて、神官? 教会の人、シスター?


 新の貧弱な知識の引き出しでは答えは出なかったが、彼の目の前には修道女もどきが立っていた。

 もどきというのは、およそ健全な修道女の恰好をしていないことに起因する。

 通常のシスターが頭にかぶっているウィンプルは被っておらず、ウェーブを描いた金髪が流れていて、ローブのように着るはずのトゥニカは長さが足りず、しかも横が切れているのでスリットのようになっている。

 シスターのコスプレならそこから素足が見えるところなのだろうが、残念ながらタイト目のズボンとブーツを履いていた。

 この世界の修道服はこうなのだと言われればそれまでだが、決して露出が多いわけでもないのにどこがとは言わないが暴力的なまでの攻撃力を誇るスタイルの良さがアラタには不思議に感じられた。


 眼が緑、青かな、カラコンじゃないだろうし、どこの国の人だろう、不思議だなあ。

 しかも日本語で話しかけてきたし、やっぱり異世界じゃなくてここは……


「あの、どうしました?」


 余りにも沈黙が長かったのか、心配そうな表情で見つめてくる彼女に対して、取り敢えずアラタは日本語で会話を試みることにした。


「えっと……あまり覚えていないんですけど、多分助けてくれた人、ですよね? ありがとうございます」


 意味は伝わったようで、優しい笑みに転じた女性は新に自己紹介をする。


「いえいえ、お気になさらず。私たちがもっと早く対処していればあなたもこんな目に遭わなかったでしょうし。私、冒険者のリーゼと言います。よろしくお願いします、えっと」


「千葉新です。こちらこそよろしくお願いします」


 冒険者って何、そう思った新だが胸に手を当てながら自己紹介をしたリーゼにつられるようにお辞儀をしながら名乗った。

 それを見たリーゼは不思議そうな顔をして聞き返す。


「チバーラタさんですか。珍しい名前ですね」


「ぶっ、千葉、新です。千葉が苗字で新が名前、チバアラタです」


 今までにない間違い方をされた新は思わず吹き出しそうになるが、グッと堪え間違いを訂正する。


「苗字が前なんですね、珍しい。それにチバという家名も……」


 怪訝そうに見てくるリーゼの青い瞳は、考えていることを見透かされそうでアラタをドキッとさせる。

 苗字と名前の順番、早速日本との違いが出てきたわけだが、特に気にするほどの事でもないと新は話題を切り替えた。


「その、リーゼさん。確かもう1人女の子がいたと思うんですけど。その子は……」


「ああ、ノエルですね。多分その辺に……あっノエル! 助けてもらいに来た方が目を覚ましましたよ!」


「え」


 新は思わぬ呼び名で通っていることをツッコみたかったが、リーゼの視線の先にいた黒髪を後ろで束ねたポニーテールの少女、ノエルと呼ばれた人の方に視線が移る。

 彼女は名前を呼ばれると、彼らの方に走ってきた。


「目が覚めたのか! それは良かった! 私はノエル! あなたは?」


 いかにも元気いっぱいな女の子という印象の自己紹介に、新は多少押され気味になりながら2回目の名乗りとお礼を述べる。


「ア、アラタ・チバです。よろしくお願いします。先ほどは助けていただいてありがとうございました」


「困っている人を助けるのは当然だ! それにしてもアラタか、不思議な名前だな! チバという家名共々聞いたことが無い」


 そう言うとノエルは新のことをジッと見つめる。

 彼は何か粗相をしでかしたのだろうかと不安になる、何分異世界は初めてなのだ。

 どこか怪しいことや失礼なことがあったのだろうか。

 そんな気持ちの中少し無言の時間が流れると、リーゼが部屋に戻ろうと提案し、新たちは先ほどまで彼が寝ていた部屋に戻ることになった。

 部屋に戻ったところで、新は寝かされていた毛布を畳み、座布団代わりにして座ると、彼女たちの質問に答えることになった。


「さあアラタ、話を聞かせてくれ。あなたは何故あんな森のど真ん中にいたのだ? それになぜあそこまで消耗していたんだ? この村の人に聞いてもあなたの事を知っている人はいなかった。他にも色々聞きたいことはあるが、まずはそこから聞かせてほしい」


 だよな。

 そうなるよな。

 今にして思えば、あの時の俺は挙動不審の不審者そのものだ。


 急に森の茂みの中から飛び出してきて、急に座り込み、果てには山賊に泣きながら殴り掛かって返り討ちに遭った。

 ほとんどの人なら関わるのもごめんだと思うレベルの変質者である。


「あの、その、俺は一度死にかけて、神に転生させられたんです。でも行く当てもなくて、森を彷徨っていた所をあなたたちに出会ったんです」


 途切れ途切れの分かりにくい説明を聞き、彼女たちの表情が曇る。


「話がよく分からないですね。貴方はこの辺りの住人ではないのですか?」


「違います。自分がいたのは元々ここじゃないですし。スライムとか初めて見たし……」


 自信なさげに身の上話をする新を見て、2人は何かこそこそと内緒の話を始めた。

 内容は聞こえないが、新はどこかに連行されたりするんじゃないだろうか、そんなマイナスな妄想ばかりが捗り急に怖くなる。

 しかし結果はそうならなかった。

 最悪は免れたという所だろうか、しかし、特段良い結果だったわけでもない。

 リーゼから、新にとって好ましくない命令が下る。


「アラタさん。恐らく貴方は異世界人と呼ばれる存在です。本当は保護すべきなんですけど生憎今この村にそんな余裕はありません。単刀直入に言います。アラタさん、貴方には今から戦うための訓練を受けてもらいます、異論は認めません」


「え……いや、は? 訓練って、戦うって? 何と? 誰と、ですか?」


 先ほどまでの会話の内容とあまりにも乖離して脈絡のない展開に新は置いてけぼりになり混乱する。


「貴方も会ったでしょう。ゴブリンと山賊です。さあ、訓練を始めましょう」


 新の困惑する様子などまるで関係ないかのように、リーゼは頑なに迅速に彼に訓練を始めさせようとする。


「いや、待って待って。何で訓練なんすか? せめて理由位教えてくださいよ」


 リーゼはいかにも面倒くさそうな表情を見せる。


 そんな顔しなくても……。


 新の心に小ダメージが入った。

 やれやれと言った様子で説明を始めるリーゼの姿に、新は追加ダメージを受ける。

 それはそれとして、リーゼの話を要約すると次のようになった。

 まず、リーゼとノエルは冒険者としてゴブリン討伐のクエストを受け、この村にやってきた。

 ゴブリンとは群れを形成する魔物、この時点で新はいくつも質問したかったが、これ以上傷つくことが嫌だったので何も言わない。

 ゴブリンは大して強くないらしく、2人なら楽勝なクエストだったらしい。

 だったというのは、山賊達の乱入によってこのクエストに邪魔が入り、難易度が変わってしまったことに起因する。

 村を襲い、略奪を繰り返す、正確にはそれを試みる山賊達は当然ギルドの賞金首だったのだが、こいつらは所在が掴みにくい上にギルド内にいるとされている仲間を利用して討伐に来た冒険者たちを狩っていたそうだ。

 クエストの内容が変わり、ゴブリンより先に山賊を片付けようとしていた時、彼女たちは新と出会った。

 彼が気を失った後、その場にいた山賊達を一掃し、その上遭遇したゴブリンたちまで討伐してきたそうなのだが……


「それからですね」


「え、ちょっとタイム。ゴブリン? 倒した。山賊、倒した。なんで俺が訓練するんですか?」


 彼女の話しぶりから察するに、すでにクエストは完了していると新は判断した。

 後の手続きはどうなっているかは知らないが、少なくとも彼が訓練を受ける道理はない、無いと信じたかった。


「話を最後まで聞いてください。クエストはまだ終わっていないんです。ゴブリンも山賊も、中途半端に取り逃がして……」


「はぁ」


 この世界の、というよりどの世界でもゴブリンがどんなものなのか全く知らない新はそう言うほかない。

 しかし話を適当に聞いていると思ったのか、リーゼの視線に厳しさが増す。


「山賊とゴブリンが手を組んでいるとなると私たちの手に余ります。クエストの前提条件が変わっている以上私たちだけでは対処できません。かと言って逃げるわけにもいかず、じゃあどうするのか」


 ここまで言われたら、想像力皆無の俺でも分かる。


「あのー、それってもしかして」


「ご想像の通りかと思います。このレイテ村の住民の方々は既に私たちと戦う覚悟です。当然あなたにも戦ってもらいます」


「いやいや、そんないきなり言われても。俺の意志は無視? それは酷くない!?」


 手を横に振り無理ですとアピールする新だが、無情な宣告は続く。


「酷くありません。むしろあの場で助けたことを感謝してもらいたいです。それに、貴方だって立派な剣を持っているじゃないですか。すでに手配は済んでいますから、お願いしますね」


 そう言い残すとリーゼは退出し、その後を追うようにノエルも部屋から出ていった。

 嵐のような一幕に、新は呆気に取られて硬直している。

 が、徐々に自我を取り戻して来ると、あの理不尽な金髪巨乳に対して怒りが湧き上がってきた。


 なんなんあいつ。

 戦えって、俺の意志は関係なしかよ。

 あり得ねー、それはねーわ。

 滅茶苦茶面倒くさそうなことに巻き込まれた。

 リーゼさん、マジでない。


 彼が心の中で彼女に対する恨みつらみを吐き出していると、彼女たちと入れ替わりで彼と同年代くらいの青年が入ってきた。


「おっす、俺はこの家に住んでるエイダンだ。お2人からお前に剣の稽古をつけるように言われたんだけど……とにかくよろしく! えっと」


「……アラタ・チバです。以後よろしく」


 彼は既に疲れ切っていた。

 よく分からない状況、よく分からない人たちに全く見通しの立たない自分の明日。

 一言で言うと、不安だ。

 新は自分をこの世界に飛ばした神を自称する存在に思いを馳せる。


 もしあいつがこれを仕組んだなら、バランス調整ミスってんだろ。

 マジでクソゲーが過ぎるぞ。

 しかもあの女。

 こちとら異世界に転生してまだ右も左も分からない状況だってのに、どんだけ自己中心的で理不尽な奴なんだ。

 思い出しただけで腹が立つ。


 途中から別の女性への怒りにシフトチェンジしていたが、その女性は新のいる家を出ると、ほっと一息ついていた。


「ふー。これで何とかなりましたかね。ノエル、私どんな女でした?」


「あぁ、最高に嫌な女だった!」


 言い淀むことなくそう言い放つ妹分に対し、リーゼは予定通りなのか悲しいのかよくわからなくなっていたが、これも仕方のないことだと自分に言い聞かせる。


「でも、何であんな冷たくしたの? 普段のリーゼなら……」


「ノエル、彼は異世界人ですよ、イセカイジン。彼には絶対に我が国にいてもらわなければなりません。こんなクエストに巻き込まれて死ぬなんて論外です」


「それでもあんな言い方しなくても良くないか? 彼にとって私たちは命の恩人なんだから、優しく頼んだらきっということを聞いてくれたはずじゃないか?」


 どうやら彼女たちは腹に一物抱えているようで、新に対する冷たい態度には理由があるようだ。


「もしアラタさんがただの遭難者だった場合、ノエルはどうしますか?」


「助けて、その後は好きにさせる」


「じゃあ異世界人なら?」


「助けて、優しくする」


「みんなそうするでしょう。でも、彼が自分の価値に気付いた時、普通の人として接してくれる人、異世界人だからという色眼鏡で見る人、どちらを信用しますか?」


「どっちでもいいような」


「ノエルだって覚えがあるでしょう! とにかく! 今が窮地であることに変わりありません。彼にも最低限自分の身を護れるくらいには成長してもらわないと!」


「そう言うものなのか。じゃあ私が説明してこようか?」


「ノエルゥ! それじゃ意味ないでしょう! 余計なことしないでください。エイダンさんに頼んでおきましたから」


「さすがリーゼだな! 根回しは完璧だ!」


「ノエル……お願いですからこれ以上負担をかける行動は慎んでくださいね?」


 事態は新の知らない所で、彼の想像よりもかなり複雑に動いていた。


「まあこうなったもんはしょうがないじゃん? それよりも練習始めようぜ」


「…………はぁ。何すればいい?」


 リーゼさんが何を考えているのか、よく分からん。

 でも、多分、この村から逃げられないのは確定なんだろう。

 この村がピンチなのは変わらない、逃げられないのも。

 ならやることは決まっている。

 やるしかない、やるしかないんだ。


 新は手渡された木剣を手に取り、見よう見まねで構える。


「どうしてこうなったんだろう」


 そう呟くとエイダンとの稽古が始まり、やがて時間は冒頭に戻る。

 新は自分を取り巻く理解の追い付かない状況は一度忘れて、練習に集中することにした。

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