『カレーのか』

やましん(テンパー)

『カレーのか』


 人生のなかで、カレーを食べて良いのは、ひとり2回までと、食糧基本法の施行細則で決められているのです。


 ちなみに、牛のステーキは、1回だけ。


 さらに、まぐろ、うなぎ、キャビア、など、かなり多数の貴重資源は、当然、1回のみです。


 お米は、お茶碗小で、1日2食まで、小麦系のパンは、標準ロールパンで、1日3個まで。


 バターは、人生全部で、標準サイズ2本まで。


 ただし、パンは、疑似マーガリンのみ使用可。


 お菓子類は、ものにもよりますが、週に一回日曜日だけ、食べられます。


 まあ、その他、たくさん、細かい決まりごとや、例外規定があります。


 たとえば、一定以上の高額納税者は、緩くなる場合があります。 


 でも、そういう規定を、ぜんぶ、知ってる人は、少ないです。


 それらは、すべて、『国民の母』と呼ばれる、コンピュータさんが監視しています。


 食べて良いかどうかは、国民スマホで、確認できます。


 もちろん、人生で、2回は、カレーを頂く権利はあるわけです。

 

 もっとも、ぼくのような準高齢者以上は、法律が施行される前に、カレーを食べたことがある世代です。 


 だいたい、50 年より以前です。


 その人たちは、『カレー経験者』、カレけ、と、呼ばれます。


 それ以降の世代の多くは、カレー未経験者なので、カレみけ、と、呼ばれます。


 牛のステーキは、法律の対象になったのが、30年前からなので、もう少し、経験者がたくさんいるはずですが、実は、必ずしも、そうではありません。


 牛のステーキというものは、ものすごく、高価な食品になっていたので、食べられる人は、実際、少なかったのです。


 だから、まあ、カレーのかの字も知らない世代が、多くなっておりました。


 制限食品を頂くのは、何かと、めんどくさいことも、あります。


 そこまでして、カレーを食べようとは、多くのひとは、特に若者は、思わないようでした。


 その権利を行使する場合は、まず、自ら市町村役場に出向き、予約する必要が、あります。


 今は、個人管理チップが、体内にあるので、飲食の経歴データなども、すぐに判るようになりました。


 それでも、『カレー摂取申し込み書』の提出が必要です。


 また、原則事前に、食費も納入します。


 まあ、ぼくのような、『カレけ』、は、『カレー』の味がわかるので、まず、大丈夫なのですが、若い世代はカレー自体、見たことないものですから、また、刺激が強い食べ物ですから、いささか衝撃を受けるかもしれません。


 一種の、副作用とか、副反応とか呼ばれる症状です。


 そこで、カレーなど制限食品は、一般の食堂では食べられないのです。


 どこで食するのかといえば、市町村が指定する公共の建物において(まあ、だいたいは、市役所、役場、というあたりの中の場所ですが、会議室のこともありますし、役所付属の食堂の場合も多くあります。)ですが、そこには、飲食監理官と、武器を携行した警備官と、さらに、看護師立ち合いの下で、いただくことになります。


 経験者によれば、それはもう、緊張したそうです。


 ただし、料金はお安くて、200ドリムだそうです。


 もっとも、にんじんの切れ端とじゃがいもの欠片が、入っていた程度だそうですが。


 まあ、ぼくなどは、いまさら、そこまでして、カレー食べようとは思いません。


 この権利を放棄するのは、自由ですし。


 しかし、やはり、ダメと言われると、なおさら、懐かしさが倍増するものです。


 もう、あまり、残り時間がないし、生きてるうちに、もう一回、まともな、カレー食べたいなあ、と、思っても、そう不可思議ではありません。


 そんなとき、ある、知り合いの医師から、内緒の誘いがあったのです。


 『うちの病院の地下で、カレー・パーティーをするんだ。もちろん、違法だけどね。最近、あちこちで、秘かに、このカレー・パーティーが開催されている。検挙された例はまだない。このさい、いかが? いまのうちだよ。そのうち、厳しくなるだろうし。』


 『あらまあ、お医者様が、違法行為ですか。』


 『まあ、始めて食べるのならば、違法というより、無届けなくらいだな。お肉も入れますよ。調達に苦労はしたが、いっぱい、1000ドリムです。それでも、儲けはないですよ。』


 『お肉入りですかあ? 牛肉?』


 『さすがに、ポークですが。』


 それでも、大したものです。


 ポークは、なぜか、制限食品ではないのですが、ものすごく高価です。


 なんで、ポークが制限食品ではないのか、というと、首相さんが好きだからなんだそうです。


 


     🥄 ************** 🥄




 ぼくは、願望に、負けたのです。


 その晩、ぼくは診療終了後の病院に行き、秘かに買った、秘密チケットを受付けに提示しました。


 受付けには、奥様がいました。


 もちろん、『カレー券』、なんて、書いてはないです。


 『野村医院、音楽コンサート~~フルートの夕べ』


 と、なっています。


 院長さんは、アマチュアのフルート奏者ですから、間違いではないのです。


 実際に、演奏を聴きながら、カレーを頂こうというわけなのですから。


 まあ、その演奏に、1000ドリムの価値があるかどうかは、主観によるでしょう。


 でも、プログラム自体は、なかなか凝ったものです。


 前半は、ヘンデルの『ソナタ第1番』、ブラームスの『ヴァイオリン・ソナタ第1番』のフルート・ヴァージョン。後半は、親しみやすい、懐かしい小品が、並んでいます。


 グルックの『精霊の踊り』とか、ビゼーの『メヌエット』とかです。 


 ピアノは、奥様です。


 

 でも、多くの方の狙いは、もちろん、カレーです。



 予定の人たちが集まり、演奏会も開始になりました。


 まあ、先生の演奏には、ミスもあったけど、それは仕方ないです。


 一方、奥様は、音大出なので、さすが、なかなか上手です。


 で、盛大な拍手のあと、休憩時間になると、いよいよ、カレーが配られたのです。


 おお!


 なんという、懐かしい香り。


 香ばしい、スパイスの放つ、魅力的なそのメロディー。。。。。


 ぼくは、どきどきしながら、まずは、ここで処方された食前のお薬を飲みました。


 そうして、いざ! とばかりに、スプーンを取りあげたのです。



 そこに、突然、ばたばたと侵入してきた者たちがいました。:

 

 『げ! 機動隊だあ。』


 そうです、食品管理庁の専属機動隊です。


 『みな。動くな。検挙する。』


 隊長らしきが、威嚇射撃をしてきました。


 なんと、実弾です。



 『おごわ~~~~~~~!』


 『おぎょわ~~~~~~~~~~~~~!』



 客たちは、当初、混乱しましたが、院長が叫びました。

 

 『みなさん、落ち着いて。大丈夫、すべて、ぼくの責任だから。』


 それで、ぼくたちは、みな、席に戻りました。


 違法とばく場にいた、ギャンブラーみたいなものでしょう。


 機動隊は、総勢15人はいました。


 みな、銃を構えています。


 カレー用のスプーンと銃とでは、勝負になりませんから。


 


       ***************



 しかし、それから、意外な方向に、事態は進んだのです。


 隊長らしきと、院長先生が、しばらく話し合っていました。


 その後、機動隊員は、いつのまにか、全員、いなくなりました。


 『どうぞ、お召し上がりになって。せっかくだから。』


 奥様は、そう言ってから、そこからは、いなくなりました。


 院長さんも、すでに、そこにはいなかったのです。


 そこで、せっかくのお肉入りカレーを、食べないまま、帰った人もあったようです。


 ぼくは、いまさら、ごたごたしても、人生もう、終了間近ですから、しっかり、いただきましたあと、入口から、出てゆきましたが、機動隊の皆さんの姿は、やはり、どこにもなかったのです。


 後半のプログラムは、中止になりましたが。



           ****************



 それから、その病院は、しばらく休診となり、やがて、息子さんが後を継いで、再開しました。


 気になったぼくは、ちょっと風邪気味ということで診察に行き、あい変わらず、受付にいた、奥様に、そっと尋ねたのです。


 すると、奥様は、こうおっしゃいました。


 『ご心配いただいてすみませんでした。元気ですよ、あの人。まあ、あのとき、かなりたくさんお代わり分まで見込んで作ったので、十分足りましたのよ。ま、引退は余儀なくされましたが。本人は、これで、しっかり練習できるとか言ってます。いかがでしたか?』


 『いやあ。美味しかったです。はい。』



 それ以上の詳細は、尋ねませんでした。




          ***************


                      おしまい

 





       *****************  🍛

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