スメリアの手紙

荘園 友希

prologue

 その庭園は誰にも気づかれることもなく、誰も気にすることのない、秘密の園だった。

 行く人々が誰も気を留めることがない。そんな平凡なコンクリートの壁を介して、私たちは生きていた。要塞都市、スメリア。その軍事力は世界屈指である。スメリアに住む人々は巨大な壁に囲われて、比較的治安のよい街で暮らしていた。その平和な国を目指して毎日何人もが移民としてやってくる。貧困で困るもの、仕事を探すもの、四肢のそろわないもの。本当に様々な人が行き交い、その壁とは裏腹に貿易も盛んな街だった。古くから風を嫌うその土地は整然としていた。特性を生かして航空貿易が盛んであり、鉱石や石油などの取引が行われていた。自国だけでも賄えるだけの資源に恵まれていたが、世界恐慌の後、その資源の確保に追われ、今ではストックビジネスを生業としている。街には職人であふれ武器や兵器の生産に従事するものが国の半数以上だった。あとは兵役により若者は兵隊として従事しているのが特徴だろうか。この国では働かざる者は淘汰されていく。男性女性を問わず二十四時間常に誰かが働いている。男は昼間に鍛冶を行い。女は夜中に鉄の精錬を行う。学生の多くは夜警の仕事に励み、軍事力をより一層強化しようと国全体で務めていた。

 そんなことも知らず、私たちは平穏な日々を送っていた。キレイに刈られた芝は緑豊かに地表に広がっていて、ところどころには花が咲いている。中心には東屋があって、そこにはアジアンタムが元気に咲いている。コンクリートでできた東屋には机と椅子のセットが一つと最新式のタイプライターが置かれていた。子供たちはタイプライターをいじって楽しんでいる。たまにジャムるけど子供たちはお構いなしにキィを打鍵し続ける。マザーが来るとジャムっているのを見ては、子供たちを叱り直しているが子供たちは一向に遊ぶことを止めない。私はそんな姿を見ながら建物にくっつくように作られたカフェで一日を過ごしている。時々タイプをすることがあるけれど、古いながらに味の出たタイプライターを私は持っていた。東屋のタイプライターはキィが重くて仕方がない。十分もタイプしていると腱鞘炎になりそうなくらいにたちまち手首が痛くなる。それにジャムることが多いから版も傷んでいて、ちゃんと文字を打つことができない。自分で用意する必要はないがインクリボンも最新式は高いから一通の手紙を書くだけでも単価が高くなる。それに加え私のはオールドタイプだからどこに行ってもインクリボンが手に入るし、マザーに頼むとその日のうちに用意してくれるから重宝にしている。そんな平和な日々がいつまでも続くと私は信じていた。

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