先ほど喉を潤した飲み物、何か気付きませんでした? ウフフ、ナナの物語の扉が開きますよ

紅雲JiJi

第一章 就学前編

第一章 一話 セントラル大陸暦一五五五年 夏

(第一章十歳までは「ですます調」第二章から常体へ)


 七月七日が来るのが、わたしはとっても楽しみで仕方がありませんでした。


 今日のために誂えていただいたドレスを着て、食堂に入ります。ジョージお父様が中央奥にいらして、家族がみんな揃っていました。おしとやかに静々と進み、自分の席の前で止まります。

「ナナリーナ、五歳の誕生日おめでとう」

 銀色の髪をしたお父様が頬をほころばせわたしの顔を見て言います。

「ナナ、おめでとう」「誕生日、おめでとう」「おめでとう」

 茶色い髪のアメリアお母様に続けて、ちょっと偉そうな声と、優しい声でお祝いの言葉がかかります。四歳上の力強そうなハリーお兄様と二歳上の線の細げなノアお兄様です。

 いかめしい顔を崩しているオリバーおじい様とニッコリ顔のオリビアおばあ様もいます。

「ナナ、大きくなったな、おめでとう」

「本当に。赤ん坊だったナナが、いつの間にか大きくなって五歳、早いわね。おめでとう」

 二人の髪には白いものが見えます。銀色の髪のおじい様はそれほど目立ちませんが、おばあ様は赤色の髪なので前髪の一部にメッシュのように白が映え、とてもおしゃれに見えます。

 わたしはスカートの端を持ってお辞儀をします。

「ありがとうございます」

 ほほ笑んで顔を上げました。

 よくできました、とばかりにお父様とお母様の眉と目尻も一層下がります。おじい様もおばあ様もうんうんと頷いています。

「髪もカットされて、幼いながらキリッとした侯爵令嬢といったところかしら」

 おばあ様の言葉にお母様が応えます。

「カットした髪は三十センチほどでした。ナナ、皆さんにお見せして」

 そうです、昼間、わたしは生まれて初めて髪を切ってもらったのです。

 手に持っていた白い桐の箱を開けました。

 紫色の髪が五束入っています。みんなに見せます。

「わーキレイな髪、糸みたい。でもついさっきまで肩の下まであったのに勿体ない、元の長さに伸ばすのが大変だよ」

 と言ったのは赤茶色の髪が美しい次男のノアお兄様。

「これはナナのお守りになるから、いいんだよ」

 お父様と同じ銀色の髪をした長男のハリー兄様が説明します。

「ノアのも私のも初髪はきちんと管理され、いざという時に役に立つ」

「さあさあ、ナナ、初髪をしまってお座りしなさいな」

 オリビアおばあ様が促してくれます。

 わたしは箱を閉じ給仕に預けて、椅子に座ります。

「初髪は持っているだけで魔力を補充もしてくれ、大きな魔法も使える」

 さらにお父様が話してくれました。

「え、本当にそんなことが出来るのですか?」

 思わず、声を上げました。

 お母様がわたしを見て、

「布に初髪を織り込み、下着や服にすれば魔力の補充もできるのよ。でも魔法は十一歳からしか使えないからそれまでは待つのよ」

 と教えてくれました。

「それにね、もしナナがいなくなっても透明な聖珠に初髪をかざせば居場所を示してくるのよ、初髪だけができる魔法よ。初髪はその人自身の魔力を一番ピュアな状態で保持しているから、一本でもその人がどこにいるか分かるの」

 お母様がおっしゃる聖珠、うちにあるお正月にしか見ない大きな透明な球体、それを聖珠と言っていたように思います。あの大きさなら、良く分かりそうです。

「初髪も大切なものだけれど、聖珠はもっと大切で貴重なものなのよ」

 お母様がノアお兄様に目を移しました。

「去年、ノアがいなくなって大騒動になったことがあったの。ナナは覚えている?」

「……?」覚えていません。わたしは頭を傾げます。

「すわ! 誘拐か! と思ったわね」

 おばあ様が相づちを打ちます。

「初髪と聖珠で探したわ」

 ノアお兄様は本当に誘拐されたのでしょうか? 行方が気になり始めました。

「タンスの中で寝ていたのよ、この子は」

「だって、あの日お兄様が遊んでくれず、お父様と二人で出かけたんだもの」

「ごめんよ」

 ハリーお兄様はぶっきら棒に謝ります。

「あの日は遠出だったからちょっとノアには無理だったんだよ」

 とはお父様。

「でも無事で何よりだったな」

 おじい様は安堵の顔付きです。

「初髪は色の付いた聖珠ほど貴重ではないけどな」

 ハリーお兄様がボソッとつぶやきます。

 聖珠は透明以外の色の付いたモノもあるようです。


 その日の食事はわたしの好きなものが並んでいました。そして最後に滅多に食べられない、待ちに待ったケーキをいただいて、大満足です。

 お父様から銀の魔石が埋め込められた腕輪を贈られました。銀色は我がサンダー侯爵家の証でもあります。二人のお兄様が腕にしているのを見て、欲しくて仕方がなかったのです。その腕輪は、わたしの身を護ってくれるそうです。魔石は貴重で高価なものです。特に銀の色付きはめったにない物と聞いています。

 とてもとても幸せです。

「ナナ、よかったね。でもね、魔石って、色の付いた真珠やほとんどお目にかかれない聖珠ほど珍しくはないって聞いたよ」

 ノアお兄様は無邪気に知っていることを話してくれただけのようですが、せっかくいただいた腕輪の魔石よりもっとすごいものがあると教えられ、うれしさにほんの少し水が差された気がします。でも聖珠、真珠、魔石の順に価値が高いことが分かりました。


 その日の晩、天蓋付きのベッドで横になって、お母様と絵本を一緒に読もうと待っていました。お母様が部屋に入ってきてベッドに腰掛けます。

「今日は特別よ、絵本ではなくて、ナナとお話ししたいことがあるの。五歳の誕生日の特別な事なのよ」

「なーに、何をお話しするの」

 うふふとお母様が笑うと、わたしの胸からお腹をさすってくれます。

「こうやっていつもナナを撫でていたわね、背中とお腹、両腕と両足を毎日のようにさすっていたわね」

 そう言えば今日はさすってもらっていなかった。

「今日が最後になるのよ」

「そうなの」

「五歳でおしまい、明日からは朝の鍛錬にも参加するのよ」

「はい」

 家族みんなが朝一番でお外に出て、何かやっているのを知っていました。それをタンレンと言うのはノアお兄様から聞いていました。早くわたしも一緒にみんなとタンレンをしたかったからよかった。

「それでね、その前にね、ナナに訊きたいことがあるのよ、

 ゆっくりゆっくりと聞いてね、

 ナナのね、ずっと昔の思い出よ」

 お母様はわたしのお腹を柔らかく一定のリズムで撫でながら訊いてきます。

「落ち着いてね……

 大丈夫よ……

 ナナはお母さんのお腹から生まれたのよ……

 思い出してごらん……

 生まれてきた時のことを……

 思い出して……

 そうよ、生まれてきた時のことを……

 そう思い出して……」


 その声を朧げに聞いていました。


 わたしはお空の上にいました。ハリーお兄様とノアお兄様もいます。

「じゃ先に行くね」

 ハリーお兄様が突然いなくなりました。でもノアお兄様がいるので寂しくありません。しばらくすると、

「次は僕の番だ」

 と言ってノアお兄様がお空から下に向けて飛び立ちました。

 一人ぼっちになったようです。誰もいない、と周りを見ると、小さな子供たちが集まってきました。わたしを見つめる丸くて澄んだ瞳に口元がほころび、楽しくなります。

 遠くでお母様とお父様の話し声がします。二人のお兄様方、おじい様、おばあ様の声も聞こえます。

 今度はわたしが呼ばれているようです。

 お空から思いっ切り飛び降りました。紫紺の夜空の中を白く光る月を見ながらゆっくりと漂っていると遠くでキラキラと銀の筋が見えます。うっとり眺めていると、いつのまにか輝くものが消え、暗くなります。地面に到着していたようです。何も見えない、と手探りをすると、小さな炎の明かりが灯りました。足元の感触が、ごつごつした固い岩から柔い土へと変わります。進んでいくと草原にでました。風が心地よく感じられます。ふと気付くとせせらぎの音が聞こえます。音のする方向へ進んでいくと水の澄んだ小川がありました。水に触れると気持ちがいいです。そのまま身を委ねます。明るい光が差し込み、包み込まれながらゆらゆらしていると、いつの間にか狭いところいました。一生懸命、体を進ませます。何かに押し出されようとする力も加わります。そして、いきなりのまばゆい光に覆われます。


 お母様の顔が目の前にあります。周りは明るく、もう朝のようです。

「どんな夢を見ましたか?」

 わたしは今起こったことを、お母様に一生懸命話しました。

「ナナ、私の元に生まれてきてありがとう」

 お母様はわたしを抱きしめました。

 肌身離さず着けていたネックレスをお母様は外してくれます。中央にある九つの珠の色がそれぞれに違います。昨日までの色ではありません。最初に気付いた時は色付きの真珠のように思っていましたが、最近は確か端の黒い一珠を除きほとんど真っ白だったはずです。それが黒い真珠を除いて全てが透明化された上に色がついています。金色、銀色、銅色、赤色、水色、茶色、緑色、それに中央にひと際目立つ紫紺に猫の目の様に一筋白が入り輝く珠があります。八つは全て透明な珠、昨晩話していた聖珠なのでしょうか? いつの間にそのような貴重なモノへと変わったのでしょう。

 お母様は、黒い真珠と八色の聖珠と思われるネックレスを桐の箱に収めます。

「これは五歳までするものなので、次の赤ちゃんのためにしまっておきますね、代わりにこれを……」

 と言ったきり代わりの真っ白な真珠を持ったまま、お母様が思案顔になります。

「ちょっと待っていてね」

 お母様が真っ白な真珠を入れてあった箱にしまうと、部屋を出て行き、すぐに戻ってきました。

「こちらにしましょう」

 新たなネックレスを首にかけてくれました。色とりどりの真珠が中ほどに八珠、黒色の真珠はもうありません。

「この八つの真珠は家族以外に見せてはダメよ」

 前のネックレスの時も同じことを言われました。首にかけて見える部分は金のチェーンです。中央の八連の真珠はシャツの中に入れて誰にも見せないようにします。お風呂の時は外して入ります。侍女にだけは見られますが、信頼するラナーナなので、彼女は例外のようです。

「なぜダメなの?」

 その訳を知りたくてたずねました。

「この真珠にはね、ナナの魔力が反映されるのよ。昨日、初髪は魔力を補充してくれると言ったけど、同じことがこの真珠にも言えるの。特にナナのする真珠はナナの魔力に反応して、とても価値が上がるの。そうなるとね、人がとっても欲しがるのよ、かといって簡単にあげられるものではないの、だから見せないようにして秘密にしておいた方がいいのよ」

「分かりました」

 お母様の微笑みの表情の中に真剣な気持ちが感じられたので、しっかり守ろうと思いました。

「ありがとう」

 お母様がにっこりと優しい笑みを向けてくれました。

「さあ、着替えて、お待ちかねの鍛錬に行くわよ」


 わたしの着替えが終えるのを見計らったかのように、お兄様方が揃って部屋に入ってきました。

「どうだった」

「どんな夢を見たの」

 わたしに駆け寄ってきていきなり質問攻めです。

「もう終わりましたよ」

 お母様が代わりに答えます。

「えー、残念」

 次兄のノラのため息です。

「ナナなら覚えているかもしれない、どんな夢を見たんだ」

 長兄のハリーが問います。

「えっと……、

 あれ、思い出せない、今お母様にお話ししたのに……

 何故……、分からない、夢を見ていたのに……」

「やっぱりナナでも無理なの……」

「仕方がないな、もっと早起きすれば良かった、失敗した」

「生まれてきた時の記憶、胎内夢は、一度きり、話すと二度と思い出せないのよ、それは誰もが同じよ」

 お母様の説明に唖然としました。

「そうなの……不思議」

「十一歳になって魔法を習う時に、その話を聞ける。そうすれば魔法の適性が分かるんだ」

 ハリーお兄様が若干ドヤ顔です。


 お母様とお兄様方と庭に出ると、お父様とおじい様、おばあ様が待っていました。

「では始めよう、ナナはみんなの邪魔にならないように見ていなさい」

 お父様がそう言うと、みんなが目を瞑って別々の動きをしだしました。お父様は、両手を上げています。お母様は両手を広げています。ハリーお兄様は、両手を広げてゆっくりと回しています。ノアお兄様は両手を下ろし両手の指を絡めています。おばあ様は普通に立ち、自然体でとてもリラックスしておいでのようです。

 おじい様は片手を上げていました。わたしはおじい様の前に歩いていき、正面から見ます。おじい様の上げられた手のひらは太陽の方に向き、何かゆらゆらしている透明の空気の流れが見え、おじい様のかざした手のひらが、ゆらゆらもやもやしたものを吸い取っているかのようです。

 わたしはおじい様に集まる、空気の流れを見ていました。そして自分も出来るのかなあと思い、おじい様と同じように片手を上げてみました。何も感じません。目を瞑ってみても……同じです。手のひらを太陽に向けてみました。温かくなってきます。一瞬もわっとした何かが手のひらに感じられました。びっくりして目を開け、手のひらを見てみます。が、何も変わりはありませんし、その感覚はもうなくなっていました。


 みんなの方を見てみました。びっくりです。おじい様の後ろには銀色の光が集まっています。お父様もハリーお兄様も同じ銀色の光が集まっています。お父様の光はとても力強く、三人の中で一番濃く大きく見えます。

 ノアお兄様の光は髪の毛と同じ赤茶色です。四人の男の人の光の下の方には赤色、水色、茶色、緑色が集まっています。よく見るとハリーお兄様には赤茶色も混ざっているようです。お母様は、茶色がメインで中心に赤色、回りに水色と緑色の光を伴っています。おばあ様は全体が赤色で水色、緑色、茶色の筋が走り、金色がちりばめられキラキラしています。


 今まで動きのなかったお父様、お母様、おじい様、おばあ様が動き出しました。お兄様方もその動きをしだします。みんな目は開けているようです。腰を落として、ゆっくりとした動きです。片足立ちになったり、両手を天に突きあげたり、つま先で立ったり、様々なポーズをします。遂にはお父様とおじい様そしてハリーお兄様は逆立ちをし、そのまま前に腰を伸ばした状態で回転し、足からすくっと着地し立ちます。倒立からの前転というのでしょうか、とても美しかったです。ノアお兄様は頬を膨らませていますから、したくてもまだ無理なようです。女性陣は倒立を致しません。だって、はしたないですから、とでもお母様は仰りそうです。わたしはノアお兄様より早く美しい倒立からの前転をマスターしたいです。


 それから一週間、朝の鍛錬はお父様の開始の掛け声とともに「ナナは見学」と言われ続けました。わたしは毎朝みんなの集める光と動きを見ていました。鍛錬する前はみんなの光は薄い色をしています。鍛錬を始めるとどんどん濃くなります。動きだすと勢いが感じられるようです。お父様の力強く鋭い動き、お母様のなめらかで柔らかな動きがとても好きです。お父様とおじい様、そして二人のお兄様の光は、先の方が尖ったろうそくの炎の形をしています。おばあ様の光はまぁるいミカンのような形です。お母様の光はリンゴのような形をしています。中心はどうもお腹のちょっと下のようです。中心に集まってから広まっているようです。


 お昼寝の時間にお母様に、

「光の形はどうしてみんなちがうの?」

 と訊いてみました。

「何の光のこと?」

 逆に尋ねられました。

「お母様の周りには茶色と水色、赤色、緑色の光が見えるし、みんなにも異なる色の光がまとわっているの、でもどうしてそれぞれが少しずつ異なっているの?」

「ナナは後光が見えるのね」

「ごこう?」

「ほとんどの人はね、髪の毛と同じ色の光を中心に身にまとっているのよ、光のない人もいるわ、魔法の使えない人は光をまとっていないと言われているの。まとっている光を後光と言うのよ。光の色はその人が可能な魔法の種類を表しているの。大きさと濃さはその力を続ける長さと強さよ。でも後光を見える人は稀なの。ナナは見えるみたいね、でもその事は秘密よ、家族以外に言っちゃだめ。それを妬んでいじわるする人がいるから」

「分かりました」

 秘密にしないといけないことが多いようです。

「夜になると小さく見えるのは魔法の力が弱くなっているからなの?」

「そうよ、だから眠って回復させるの、朝の鍛錬は、普段の健康と同時に魔法の力を鍛える為でもあるのよ」

「そうなんだ、えっとね……、だったらもっと鍛錬の事を教えて、ナナも魔法の力を強くしたい」

「魔法は十一歳でないとできないけれど、強化する事とコントロールする事は可能よ。

 鍛錬には静と動、はじめは静かに動かないで深い呼吸をして魔力を身体に取り込むのよ。その後で十分溜まったら動きで強めていくの」

 わたしはうんうんと頷きました。

「静の状態は人それぞれ、自分にあったポーズを見つければいいのよ」

「お母様は両手を広げていた」

「そうね、その状態で鼻から息を大きく吸って、そっと口から息を吐きだすの、細ーく、細ーく、長ーく、長ーく、自分の身体の中で滞っているものを全部吐き出すつもりで行うのよ。

 でもナナは未だ幼くてピュアだし、滞っているもの自体がないと思うから、出来るだけ長く、鼻から息を吸って、口から出すだけで効果があるわ。

 そのうち、身体の中に何かが入って来る感覚があるのよ、それが身体中を廻ってお腹の中央、おへその下あたりに溜まっていくの。しばらく続けると、その感覚がつかめるわよ。

 動の内容はその深い呼吸、深呼吸が出来てから教えてあげるね」

「何かが入って来て身体を廻る感覚がつかめればいいのね、それが分かったら動のやり方も習いたい」

「廻ってからおへその下に溜めるのよ」

「分かりました」

 わたしは静も動も早くマスターしたかったのです。お母様はにっこり笑って教えてくれることを約束してくれました。


 翌日の朝の鍛錬から頑張りました。

 鼻から深く息を吸って、口から細くゆっくり息を吐きだします。気持ちがとても穏やかになります。

 毎朝、何も考えずに深い呼吸を意識していました。お腹を太陽に向けた姿勢より、背中を太陽に向けた方がポカポカします。目は瞑ったままです。


 雨の日は軒下で行います。太陽は雲で見えませんが、出ていると思われる方に向かってみんなと同じように深い呼吸を繰り返しました。みんなが動の鍛錬をしている時間でもわたしだけは深呼吸です。


 七月も半ばを過ぎ、暑さが厳しくなる下旬を迎えました。

 朝の鍛錬でお日様に向かって深い呼吸を繰り返していた時です。お母様と同じように両手を広げていると、スプーンを持つ手がおばあ様のフォークを持つ手と触れました。ピリッとしたものが皮膚に走ると、同時にモヤっとした何かが、手のひらに感じられます。息をゆっくりと鼻から吸います。スーッと何かが入ってきます、手のひらから腕へ、腕から背筋を通って足へ流れます、そのまま足先を廻って、股の下に上がりもう片方の足先へと向かいます、足先からずんずん上にあがってくるとフォークを持つ手の腕へ、そのまま手のひらから放出されます。わたしはお腹の下に溜めるはずだと、放出を止めようと意識します。すると、今度は流れが腕に戻ってきて、そのまま脇の下を通過し頭のてっぺんを、くるりと回り、背骨を伝って、おへその下に至りました。鼻からゆっくりと息を吸うと、どんどん溜まっていきます。

 カナカナ……カナカナ……カナカナ……

 朝のセミの声が聞こえます。

 どうやらお母様からの課題が達成できたようです。


 お昼寝の前にお母様に朝の話をします。

「今朝の鍛錬で静の感覚がつかめました。手からモワっとしたものが入ってきて身体中を廻っておへその下に溜まるようになったの。最初は片方の手から溢れそうになったけど、出ないようにしたら、ちゃんと、くるっと回ってくれたの」

「おめでとう、これで半人前よ。ひと月に満たない内に出来るなんて、とても早いわ、ナナは優秀ね」

 お母様に褒められました。

 お昼寝の後にお母様に動のポーズを二つ習いました。大開放のポーズとロウソクのポーズです。二つとも両足は肩幅に広げ、手は天を突くように上げて思いっきり身体中を伸ばし、そのまま身体を横に傾ける動作です。大開放のポーズの天に突きあげる手は万歳のように大きく広げます。ロウソクのポーズは手のひらを合わせます、さらに交差させるようになればなお良いそうです。傾けるのは横だけではなく捻るようにできればもっと良いそうです。慣れてきて、つま先立ちででき、片足で天を突けるようになれば、このポーズの完成のようです。

 動の型はたくさんあるようです。頑張ります。


 一週間に一つ新しい型を習っています。ポーズと言うより流れるような、ゆったりとした柔らかで滑らかな動きに変わってきました。一連の動きが、身体の基本を作り、体幹が鍛えられるようです。

「魔法と武道の要、少しずつ身に付いてくるわ、焦らずにね」

 と、おばあ様が仰ってくれました。

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