第36話 《彼の地エルメヌーム ナノマシン・ホムンクルス》

 その瞬間、手足に痺れを感じた。

 なんだろう?と思うそばから痺れは全身に拡がっていき、力が抜けていく。

 わたしは、横の看護用カートをすがるように掴んだ。しかし、もはや足に力は入らない。

 看護用カートを倒し、輸血パックや麻酔用の注射器などを床に撒き散らしなが、わたしはその場に崩れ落ちた。

 

 ☆

 

 そこからの一連の出来事は、ナノマシンのレムが記録してくれていた。

 

 わたしの脈がないことを診てとった香織かおりさんは、尋常ではない事が起きたものと判断し、わたしをタンカに乗せた。救護室のモニターに表示された、わたしを冷蔵状態に置くようにとのレムからのメッセージを見た香織かおりさんは、一縷の望みに託し、タンカの上のわたしを糧食用の簡易冷蔵倉庫へと運んだ。

 

 わたしを襲ったのは、連隊キャンプの近くに潜んでいたエルメヌーム帝国の術者たちだった。彼らは何らかの方法で、巨大土人形ラージアースを倒していく不可視機雷が、わたしの身体の中の何かとつながっていることを知ったのだろう。おそらくは水気の術式で、わたしの全身の血流が妨げられ、わたしの心臓は鼓動を止めた。ナノマシンの密度がなお高く保たれていた脳以外の部位では、水気の術式を止めることはできなかった。

 おそらくはそのままに術式が展開され続けていれば、やがて、わたしの脳も機能停止に追い込まれたことだろう。そうなる前に、水気の素子エレムを感知した和希かずき先輩が、術者たちを土帝ツチミカドの爆砕で吹き飛ばしてくれた。


「くそぅ……」

 あの時のわたしには、呻くような和希かずき先輩の声がなお聞こえていた。

 既に意識は混濁していたけれども、わたしは

(ごめんなさい)

 と、心の中で呟いた。

 

 ☆

 

 今の佐渡ヶ島は、小さな身体のルカ君が守ってくれている。ルカ君の中の夜魔王の魔素子が尽きてしまえば、佐渡ヶ島の連隊も香織かおりさんも和希かずき先輩も命を落とすことになる。それが島の現況だった。


 ルカ君の助けを借り、レムたちは平行世界に散らばるナノマシンの同胞たちのもとに、わたしの身体の構成情報を送った。

 各平行世界のナノマシンたちは、その構成情報をもとに、ナノマシン入りのホムンクルスを形作っていった。

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