肆 週末の体力測定

第23話 朝一の体力測定

 わたしは穂香ほのか(大)に揺すぶられ目を覚ました。

 穂香ほのか(大)は、早起きして既に着替えていたらしい。目を開けたばかりのわたしに、今日は体力測定をしてみよう、体重9kg増加分の秘密がなにかか分かるかもしれないしと言いだした。


 まぁ、週末ではあるし、わたしのパジャマは体力測定向きの凪沙野なぎさのジャージスタイルだ。 

「いいよん」とボソリと言いのたりと起き上がったわたしに、

 穂香ほのか(大)は

「気を取り直してイコ~っ」

 エイヤーっと手をあげて応えた。


 朝食は穂香ほのか(大)がスクランブルエッグなどを用意してくれていた。「週末くらいはわたしが作るよ」、と朝から、お姉ちゃんモードだ。


「思い起こして改めてビッくらポンポンだけれども、今やただの会社員のわたしら、レンジャー訓練に参加して、山ん中の渓谷をロープで渡ったりしてたんだもんね」


 まるで昨晩、中高生時代の辛くも充実した思い出を振り返り、ちょっと気持ちが若返った、といった風に、朝食中も穂香ほのか(大)は多弁だった。

 

 ……違う。最後の方、

「ほんと、あの頃のわたしら、自分の中になんにもなかったよね」

 と小声で言い、穂香ほのか(大)はすすり泣いていた。


 たぶん、気恥ずかしいのだろう。昨日は、わたしだって、穂香ほのか(大)と二階堂先輩の前で涙を流してしまっている……お互い様だし、穂香ほのか(大)のリカバリー・モードなハイテンションにお付き合いするわね。

 

 朝食後の穂香ほのか(大)は、握力計を持ってきた。身体強化施術を受けた隊員で希望する者に、エムデシリが配布しているデジタル握力計である。

 

 はじめに、お姉ちゃんのターンだと、穂香ほのか(大)が握力計を握る。

 測定値:右手が75㎏、左手が72㎏ほど。


「結構落ちてるねえ」

 たしかに、身体強化施術を受けた後のわたしらの握力は両手共に、80㎏を越えていた。エムデシリでは、体力面で劣る女性こそが積極的に身体強化施術を受けるべきという米軍流の考えを採用している。


 身体強化施術を受けレンジャー徽章を勝ち取ったエムデシリの女性隊員の先輩には130㎏を超える握力を誇る方もいらっしゃった。施術に加えて鍛錬を続けているからこそなのだろうが、そのまま樹上生活に移行できそうなレベルである。


 わたしの番が来た。


 右手にフンッと力を入れ握力計を握ると数値は30㎏を越えたくらいでピークを迎えた。強化施術を受けていない13歳女子な身体なわけだし、こんなくらいなのだろうか。そう思いつつも、もう少し頑張ろうと、ふんぬっと力をとしたところで、カッと腕の中で何かが働いた。握力計の数値は瞬時に250㎏を示した。その値が、身体強化施術者用のデジタル握力計の最大値だった。


 次いで、左手にフンッと力を入れ握力計を握ると数値は30㎏近いところくらいでいったんピークする。そのままに右手と同じようにふんぬうっと力を込め続けると、同じく腕の中のカッと何かが働き、握力計は同じく最大値の250㎏を示した。

 想像以上の計測値を示したわたしを、かける言葉が見当たらなかったのか、穂香ほのか(大)はポカンと見ていた。


 わたしも、理解できない力に戸惑っている。かなり力んだこともあってか、ちょっと涙目だ。


「うーんうーんっ、てけっこう頑張らないと、この激高握力モードにはならないようだから、日常生活は多分大丈夫だと思うよ。ただ、間違って、お姉ちゃんの手を握りつぶしたりしないように気をつけるね」

 イモウトモードで微笑みながら、わたしは穂香ほのか(大)の放心が止まるのを待つ。


「お~お~、流石は我がイモウトよ……と言って、流せない結果だねぇ」


 おそらくは、私の体重増をもたらしている何物かが、この力をもたらしているのだろう。私の両手の握力は、ボノボを上回り少なくともチンパンジーと同等だ。今は計測できないけれども、ひょっとしたらより大柄なゴリラ並みの握力なのかもしれない。


 大型の類人猿並みの握力をちっこいわたしに与えた存在は、わたしにいったい何をさせたいのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る