心の中の、やまない雨
Phantom Cat
1
今日も金沢は雨だった。梅雨の時期だから当たり前だ。だが、この地域は日本で一番日照時間が少ない。「弁当忘れても傘忘れるな」という言葉があるくらいだ。それだけ天気が悪い、ということなのだろう。特に冬は毎日鉛色の空が広がっている。
まるで僕のこれまでの人生のようだ、と思う。もう四半世紀以上、僕の人生には止むこと無く雨が降り続けていた。そしてそれは、これからもきっとそうなのだろう。
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僕の人生のピークは、小学生の頃だった。
「十で神童十五で才子二十すぎれば只の人」という諺があるが、まさにそれを地で行く感じだ。
小学生の頃は、すべての科目が5段階評価の5。しかも勉強なんかしたことがないのに、テストはいつも100点。天才の名を欲しいままにしていた。きっとこの時の僕の人生は、天気に例えれば快晴だろう。
だけど。
早くも中一の時に、小雨がパラパラと降り始めた。
「数学」が分からない。「算数」なら良かった。基本的に数値計算だけだからだ。だけど……代数や関数、図形といった抽象的な内容になると、手も足も出ない。全然理解できないのだ。いわゆる「中一ギャップ」というヤツに、僕はハマってしまったようだった。
一つつまずいてしまうと、そこから転落するのは早かった。
数学だけでなく、国語も英語も社会も理科も、どんどん分からなくなっていった。
勉強しなくては。そう思ったが、それまで勉強したことがなかった僕は、勉強の仕方が分からなかった。小学生の頃はただ教科書を読むだけで十分だった。だが、もはやそれではダメなのだ。
それでもまだ中学の頃はシトシト降りくらいの雨だったと言える。だが、高校に進学して、いよいよ本格的に僕は落ちこぼれた。それも決して偏差値が高い進学校じゃない。大学に進学する生徒なんか一握りの、1学年1クラスしかない田舎の公立高校なのに。
そして、僕の人生は一気に土砂降りとなった。
僕はいじめられるようになったのだ。
勉強ができず、自分に自信がない。そのくせ、小学生の頃に天才と言われ続けて形成されたプライドが、それを僕に認めさせようとしない。
その結果、僕は何もできないくせに異様に上から目線の、見るからに痛々しい奴になり果てていたのだ。いじめる側としてみれば、これほどのターゲットもないだろう。
いじめの内容は思い出したくもないが、忘れることもできない。
いじめの主犯格は田中という男だった。その手下が佐藤と鈴木。こいつらの行いは未だに夢に見る。
もちろん暴力的なものもあった。だが、むしろ奴らは僕に精神的なダメージを与えるやり方を選ぶことが多かった。皆の前で僕を押さえつけて無理やり下半身を曝したり、虫や動物の死骸をカバンに入れたり。
思い余って担任の先生に相談したこともある。だが、この先生は事なかれ主義だった。僕の相談は一応聞いたことにして、何も手立てを講じなかった。
結果、僕は不登校になり、そのまま退学することになった。
3年ほど引きこもり、20才になったのをきっかけに地元の能登を離れて金沢市に移り、一人暮らしを始めた。実家の近所に住む人たちの視線に、僕も家族も耐えられなくなったのだ。とは言え、高校中退、資格も何もない僕が、まともな仕事に就けるはずがない。それでもなんとかとある工場に正社員として就職出来た。
だが、半年も経たずに僕はそこを辞めた。
やはり人間関係が僕にとっては苦痛以外の何物でもなかったのだ。上司からの叱責に僕は耐えられなかった。今にして思えば、彼も僕をいじめる意図はなく、単に成長を促したいと思ったからこそそうしたのだろう。しかし、僕の精神は既にそのような言動に耐えられるようなものではなくなっていたのだ。
こうして正社員として働くのは無理だと悟った僕は、いわゆるフリーターとなった。それも、対人恐怖症気味の僕には営業、接客系の仕事はできない。もっぱら倉庫整理や警備、交通量調査といったアルバイトに明け暮れた。そして……気がつけば、20年が過ぎていた。
毎日毎日食べていくのがやっとだ。土日だって働くことはよくある。他に何かするにも金がかかるから、家で引きこもってネットをするくらいだ。家賃2万円台の築40年のオンボロアパートに住んでいるのに、貯金は一向に増えない。
友人も恋人もいない。近所づきあいもしていない。隣に誰が住んでいるのかも分からない。両親も亡くなり、唯一の肉親である弟とは完全に没交渉だ。お互い連絡を取ることもない。
このように、僕の人生の半分以上は常に心の中に冷たい雨が降っていて、それが止んだことは一度もないのだった。
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