昇級クエスト

「はい、こちらが今回の報酬となります……凄いですね、フリューゲルさん。最近のギルドは貴女の話題で持ちきりですよ?」


「いえ、そんな――」


 フリューゲルはクエストの報酬を受け取った後も受付と何やら話し込んでいる様子だった。俺はその様子をギルドの脇に設置されている休憩所から眺めている。


 あの日家族と話す為に一度フリューゲルは自分の家に帰った。そこで何があったか、俺は知らない。何を話したのかも。ただ、フリューゲルが夕飯の食材を持って俺の家に戻って来た時、一度出て行ってからそう時間は経っていなかった。


『大丈夫です。全部解決しました。私はこれからも冒険者を続けます。……あ、あの、お部屋、まだ借りていても良いですか?』


 あの日を境に、フリューゲルの何かが変わった。

 精神的な不安定さはほぼ無くなり、戦闘における判断速度が一段階上がった。苦手としていた俺以外との交流にも徐々に挑戦している。今こうして俺抜きで受付と話しているのがその証拠だ。


「……」


「何黄昏れてんだ、よっ」


「っ!……マーク」


「元気してた、オーウィン?」


「ベルもか……久しぶりだな」


 背後からいきなり肩を叩いたのは赤髪が特徴的な男、マークだった。隣には同じく赤髪のベルが笑みを浮かべている。二人の背後ではギルドの連中がざわついていた。


「さっき戻って来た。ようやく一息つけそうだ」


「あちこち飛び回るのって本当大変」


「まあ、金等級ともなればそうだろうさ」


 この二人はどちらもが金等級だ。金等級の場合、ここから遠く離れた区域への移動が続くのが当たり前になる。久しく顔を見なかったのはそれが理由だ。


「で、あれが噂のお前のお気に入りちゃんか?……可愛いな」


「マーク?」


「あ。す、すまん、ベル」


「……今はそう言われてるのかもしれないが、すぐに俺の名前は消えてなくなる」


「へえ、貴方がそこまで言うのね。……ねえオーウィン、足の調子はどうなの?」


「変わらん。相変わらずだ」


 この二人とは怪我をする前に時々組んでいた事がある。俺の事情を知ってる上、足を治す為に何か方法が無いか探ってくれている事もあって頭が上がらない。


「未踏区域の境界ギリギリらへんにどんな傷でも治っちまう薬草があるって話があるだろ?もうそれくらいしか思いつかねえな」


「白山の治癒士も意味無かったしねえ。高かったのに」


「いや、俺の事はもう良い。お前達はお前達で注力すべき事が――」


「良かねえな。しょぼくれたお前はもう飽きたぜ俺は」


「何か良い案が見つかったら伝えるわ」


「……すまん」


 この二人も未だに、過去の俺を見ている。他人に夢を託すと決めた今の俺じゃない。

 ……俺は。


「んじゃ、俺ら行くわ。幹部共に呼ばれてんだ。――オーウィン」


「なんだ」


「フェリエラに気をつけろ。どうもお気に入りちゃんが気に食わないらしい。アイツがお前に拘ってんのは知ってるだろ?」


「……分かった」


「じゃあな」


「またね」


 去って行く二人を見ながら、マークの言葉の意味を考える。フリューゲルが気に入らないとしてフェリエラが何をしてくるか。


 ……アイツが何を考えてるのか、俺には分からない。そもそも俺に執着する理由も目的が不明だ。どこまで本気なのかも。


「オーウィンさん」


「……話は終わったか?」


「はい」


 少し考え込んでいると、いつの間にかフリューゲルが俺の前に座っていた。その手には一枚の紙が握られている。


「あの、これ……」


「……昇級クエストか。妥当なタイミングだな」


 昇級させるべきだと判断され、昇級の意思を示した冒険者には昇級クエストが発行される。内容は冒険者や状況によるが、フリューゲルの場合は少し特殊だった。


「それに書いてある大規模クエストって何の事なんですか?」


「受付には聞かなかったのか?」


「あ、それは……えーと……」


「……少し安心したよ」


「……!」


「すまん」


 俺の言葉が心外だったのか、フリューゲルはもの言いたげな目で俺を見ていた。


 最近のフリューゲルの成長速度は少し怖いくらいだった。急速に力を付けていくのは良い事だが、今の俺には少し眩しい。こうしてまだ変わり切れていない部分を見ると、その眩しさが緩むような気がした。


「あー、大規模クエストは一言で言うなら――祭り

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る