三十一話

『はぁーーっ!』


視界を遮る土埃。その中で僕は鎌を振っている。


ザシュ


奴の腕を刈り取る。死期が見えるため、タイミングにズレは無い。


だがすぐに腕は再生した。


無数の剣が僕を貫く。必死にもがいた、あがいた。でも最後は首元に剣を突き刺され


終わった····







「っ!···夢か。」


最近はずっとこの夢ばかりだ。人の腕を刈り取る感触。そして体を無数の剣で刺される感触。まるでその場にいるかのような臨場感をいつも味わっている。


両隣には二人がいる。この狭いベットに三人、少し窮屈な気がする。


そう思いながら右隣に寝ているヴェルディの前髪をいじる。そしてそのまま頭を撫でた。


あの出来事から早一週間、ヴェルディの体調も今のところ問題ない。


その間に学園も再開し、少しずつ日常が戻り始めている。それだというのに···


僕の心の中は空っぽだった。今はもうあの力は使えない。そして何より、あの目も力を失ってしまっている。力を代償に命が助かったんだ。本当なら喜ぶべきなのかもしれないが僕の心は曇ったままだ。


そのままヴェルディの額にキスをする。こんな兄でも愛してくれるヴェルディには頭が上がらない。


不意に背中に柔らかい感触が伝う。そして首に手を回され、耳元で囁かれた。


「ガイ?」


「メリー、起きてたのか?」


「ガイ叫ぶから···大丈夫?」


「大丈夫だよ、気にしないで。」


だがメリーは僕をこちらに振り向かせた後、胸元に抱き寄せられた。


「ガイ私の胸、大好きだよね?元気になった?」


「メ、メリー?その···」


「今度は私がガイを支える。いや、私達が支えるから。」


そう言うメリーに僕は躊躇いもなしに甘えてしまう。そんなときまた背中に柔らかい感触がする。


「ガイ君?なんで口にしてくれないの?」


「ヴェルディ、起きてたのか?」


「だってガイ君が大きな声出すから···」


「···ごめんな。」


「ガイ?キス、してたの?私にも···して?」


「え?」


「あー!じゃあガイ君、メリーちゃんの次私ね!」


まだ日も昇っていないのに賑やかだ。なんだがそれが嬉しくもある一方で悔しくもある。


「「そんな顔しないで?」」


二人して慰めてくれるがそれが余計に苦しかった。僕はもうこの二人を守れる力がないことに···


「キスは譲るけど、本番は私からだからね!」


「···そういえば今日から遠征だったわね貴女。今日だけ特別。許して上げる。」


「わーい!メリーちゃん大好き!」


「あ、あの···?」


「ガイ?こっち向いて?」


そのままキスをされる僕。メリーとのキスは何度してもなれることはない。とても甘美でいつまでも貪りたくなる感触。


「じゃあガイ君、今度はこっち向いて?」


そしてヴェルディにもキスをされる。ヴェルディのキスはまだ初々しいが、それでも快楽に身を委ねるには十分すぎるものだった。


とても贅沢な身分。その上僕はまた力まで欲している。でも不思議と彼女たちと交わっているといつも思う。


――全てを彼女たちに捧げてしまってもいいのではないかと――





「もっと私達に身を委ねて、ガイ(君)♥」



___________________________________________




その日の昼、僕とユーテリアは校長室へ呼ばれていた。


「やあふたりとも、元気そうでなによりだね。」


「ええ、お陰様で。」


「俺の方もなんとかなりましたからね。」


「ふふ、そうか。ならまずガイノス君に伝えたいことがある。これを見てほしい。」


するとそこには僕が今まで使っていた漆黒の鎌があった。


「今は君との契約が破棄されこの場にある。」


「そう、なんですか。」


「君には大変な苦労をかけた。この場を借りて謝罪させてくれ。大変すまなかった。」


「え、いやそんな。頭を上げてください。」


「私も、まさかあそこまで君にかけられていた呪い、呪縛がここまでとは思わなかったんだ。そのせいで君を危険な目に合わせてしまったのは事実。申し訳ない。ただの言い訳でしかないけどね。」


力には代償が伴う。確かにあの出来事で学んだことだ。でも僕はまたあの漆黒の鎌を手にしたいという欲求があった。


「あ、あの···」


「この鎌のことだがもう君には扱えないよ。」


「っ!どうして?」


「それは君が一番分かってるんじゃないかな?」


確かにそんなのは僕が一番分かっている。でも力を欲さざるおえないのだ。あの頃の僕は自分のためだけに力を欲していた。でも今はあの二人を守れる力が欲しい。


「ガイノス君···」


「それとユーテリア君、君を呼んだ理由だが···」


すると校長はでかい地図を広げ始めた。


「帝国を中心とすると東に王国跡、北西には魔王領、そして西にはアッシロ連邦とそこに面している海がある。そこにある島国に“いるかもしれない”とのことだ。」


「っ!それは本当ですか!」


急に声を荒げるユーテリア。その表情はどこか鬼気迫るものだった。


「落ち着きたまえ。君はアッシロ連邦には指名手配されている。行くのは無謀だよ。確かに君に頼まれたことはやったがこれ以上は手伝いかねる。」


「なら俺一人で行きます。」


「それなら俺が止めないとな。」


ドアが開けられ、喋りながら男は入ってきた。その男は···


「···っ!?旦那様っ!な、何故こちらに?」


「確かに、君はシラユリ君に付きっ切りになるんじゃなかったのかい?ユート君?」


「あはは、まあそこらへんは···追々と。それと久しぶりだねユーテリア。後ガイノス君。君とも会えて良かった。」


「本当に、オメガさんなんですか?一体何が···」


「ふふ、まだその名を使っていたのかいユート君?まあ彼のことは君たち夫婦に任せるよ。後はなんとかしてくれるんだろ?」


「ええ、彼には何かと世話になっていますから。今我々夫婦が生きているのも彼のおかげでもあります。あとはお任せを。話はドア越しに、聞きましたから。」


「え、旦那様···?」


「それじゃ行こうかユーテリア君。」


二人はそのまま部屋をあとにした。


「ふふ、さぞ驚いただろう?彼は、オメガもといユート君はメリー君の父親だよ。そして君の師匠でもあった。」


「え···そう、なんですか?」


「おっと話がそれてしまったね。君に言いたいことは謝罪の他にもう一つあるんだ。」


何か重要なことを聞かされた気がするがひとまず置いておくことにした。


「メリー君、についてだ。今回の件で彼女はおそらく“漆黒の姫”として覚醒しただろう。」


「漆黒の姫って···それて確か」


「メリー君が魔王領いた頃に呼ばれていた名前。確かにそうだがそれには別に意味がある。」


「別の意味···」


「漆黒の姫とは強大な力をもつ者が漆黒の髪をしていたことからそう呼びれていた。そしてその力は後世へと受け継いでいくシステムだ。」


「力を受け渡した者は普通の少女に戻る。そうやってその力を受け継いだ者を漆黒の姫と呼んでいたんだ。」


「先代は彼女の母シラユリ君だ。きっと彼女がメリー君に力を受け渡していた、そう思っていたんだが···」


「違っていたと···?」


「いや、確かに力は受け渡していた。彼女が幼い頃に半分だけを···そして今全部をメリー君に受け渡すはずだった。しかし半分しかないのにもかかわらずまるで全部の力を継承したかのように覚醒した。」


「それは異常事態···メリーは危険な状態ということですか?」


最悪なシナリオが僕の頭を巡る。


「いや、むしろ絶好調なくらいだ。それよりもメリー君自身が世界の脅威になりかねない。何せ覚醒したとはいえ彼女はまだ“半分の力”でしかないのだ。」


あれで半分の力。僕からしてみればあれでも小国なら一晩で滅びる、そんな力だったのに。


「そして今日、シラユリ君は彼女に全てを受け渡した。」


「っ!だ、大丈夫なんですか。」


「私は止めたよ。自分の娘をどうするつもりなのかって···」


「いや、体は···」


「それなら問題ない、彼女は底なしだ。それよりも問題なのは彼女の力の使い方だ。」


「そんな、メリーが世界を壊すとでも?」


「···君にお願いされたらするだろうね。もしくは君を誰かに殺された日には、どうなるか想像がつかない。」


「もしかしてその忠告に?」


「忠告というよりお願いかな?絶対に彼女から離れてはいけない。君も同じくアッシロ連邦に狙われている。国一個滅ぶくらいならいいが規模は世界だ。」


「···」


「彼女に守ってもらい、そして“彼女を守るんだ”。いいかい?」


「わかり、ました。」


衝撃的な話だがメリーを守るとはどういうことなのだろうか。力のない僕に一体なにが···


「うふふ、ねぇ何してるの?」


突如校長の首元にナイフが突きつけられる。背後にはいなかったはずのメリーがいた。


「私のガイと同じ部屋で二人きり?何してたの?死にたい?」


「メ、メリー!」


「済まないメリー君。少々話が長くなってしまったね。もう話は終わったよ。二人で部屋を出るといい。」


「ふーん···なんだが素直。でもまた同じことしたら、生きてることを後悔させる。“私は”見逃すから。」


そう言うメリーの目にはずっと僕しか映っていなかった。


「行こガイ♥ヴェルディちゃんは明後日帰ってくるからそれまでにいっぱい私だけを見て、感じて、愛して♥」


強引に手を引かれながら部屋を出た。ただその後も校長の言っていたあの言葉が引っかかっていた。





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