マインドブレスレット ~ロストビジョン ライカ~

panpan

ライカ バンデス

 闇の大陸の中心国、ディアラット国。

そこには1人の天才役者が人々を、舞台と言う名の世界に人々を誘っていた。

彼の名はガウン バンデス。

彼は幼少期に両親と見た舞台に感銘を受け、トレック劇団に入団した。

整った顔立ちにさわやかな笑みを常に絶やさず、役者としての才能がありながらもハードな努力家である彼に老若男女問わず魅了された。

入団してからわずか1年で舞台の主演を務め、その後も様々な舞台で活躍していき、彼はたちまち期待のスーパースターに登り始めていた。



 そんな彼には、フウカと言う美しい妻がいた。

彼女は元々、奴隷として売られていた亜人(犬型)の女性であった。

亜人は昔から奴隷種族と虐げられ、人間達からひどいいじめを受けていた。

偶然、奴隷市場を通りかかったガウンが一目ぼれし、彼女を購入したのだ。

購入したばかりの頃のフウカは命令通りにしか動かないロボットのような女性で、だれに対しても心を閉ざしていた。

フウカに限らず、奴隷は主人の命令に忠実に動き、かつ脱走や抵抗を絶対に考えないように、奴隷商人によって、むごたらしい調教を受けている。

調教された奴隷は心が壊れ、感情すら表に出すことができなくなる。

そして、1度壊れた心は元に戻ることはない。

だがそれでも、ガウンはフウカに愛情持って接してきた。

文字の読み書きができなかれば、本を与え、自らが講師となって教える。

スプーンやフォーク等、物の使い方が分からなければ、自らが手本となる。

食器を落としてしまうミスを犯しても、怒鳴ったりせず、フウカの謝罪を受け入れて、共に後片付けを手伝う。

ガウンの温かな優しさがフウカの氷のような心を徐々に溶かしていき、フウカは感情を表に出すまでに、心を回復させていった。

そして、とある日……。


「フウカ。 僕と結婚してくれないか?」


「でっでも、私は奴隷で・・・」


「君は奴隷なんかじゃない! 僕の家族だ! だから僕は君を一生守る! いや・・・守らせてほしい!」


「・・・」


「もちろん、嫌なら断ってくれて構わないし、振られたからって君を追い出したりは絶対にしない」


「・・・わかりあました。 私でよければ、あなたの妻にしてください・・・そして、私もこの命尽きるまで、あなたに尽くします」


 こうしてガウンとフウカはめでたく夫婦となった。

ガウンの両親は当初、奴隷との結婚には断固として反対の意志を示していたが、ガウンが「彼女との結婚を認めてくださらないのなら、僕はお2人と縁を切ります!」と真っ向から対立したため、渋々結婚を受け入れた。

入籍はしたものの、結婚式自体は開かなかった。

奴隷と結婚したと周囲に知られたら、ガウンのイメージダウンにつながるとフウカは考え、反対にガウンは当時多くいた奴隷主義者の者達に何等かの危害を与えると、お互いに気遣って出した答えである。


 

 結婚から3年後、2人の間に愛娘であるライカが生まれた。

フウカの遺伝子を強く受け継いだ影響で、ライカにも犬耳としっぽがついていたが、ガウンとフウカには粗末なことだった。

そんなライカは物心ついた時から、父であるガウンの舞台を見にフウカと共に劇場に足を運んでいた。

周囲の目から守るために、犬耳は帽子でしっぽは特注のズボンで隠す変装が必要だったが、ガウンの素晴らしい舞台の前に、そんなことは小さな出来事でしかなかった。



「パパ! 今日の舞台もすごかったよ!」


「ハハハ! ありがとう。 ライカは本当に舞台が好きなんだね」


「うん! ライカね! おっきくなったらパパみたいな役者さんになる!!」


「フフフ・・・それは楽しみね、あなた」


「あぁ。 ライカがどんな役者になるのか、今から楽しみだよ!」


 身分に差はあるものの、絵に描いたような幸せを3人は感じていた。

いつまでもこの幸せが続くと信じて疑わなかった。


・・・ところがその想いも幸せもある出来事で、もろくも崩れさった。



「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・なっなんだ!・・・むっ胸が苦しい」


 ある日、ガウンは普段通りに公演間近の劇の練習をしていた。

ところがその練習中、突然ガウンの呼吸が異常なほど上がり、肺を締め付けられるような感覚に襲われた。

意識も朦朧として、心配して声を掛けてくる役者仲間の声も聞こえない。

いわゆるパニック障害の症状だ。


「一体・・・何が・・・」


 自分に何が起きたのかわからず、ガウンは意識を失い倒れた。

ガウンはすぐさま病院に連れて行かれ、医者の診察を受けるが、結果は問題なし。

当時、精神障害という言葉すら存在しなかったため、誰もガウンがパニック障害とは気づかなかった。

疲労が蓄積していたのだろうという結果になり、しばらく休養を取って様子を見ることになった。


 だが、そんなことで治る訳がない。

その3週間後、再び舞台に立ったガウンが全く同じパニック症状で倒れてしまった。

再度病院に行っても問題なしと告げられるだけ。

そして再度休養を取った後、舞台に立って症状を起こす。

ループするかのように同じことを繰り返し、とうとうトレック劇団の団長がガウンを呼び出した。


「ガウン君。 突然で申し訳ないが、君には退団してもらう」


「なっなぜです!?」


「原因不明である君の症状だが、団員たちの間で、『未知の細菌に感染している】だの【何等かの呪いに掛かっている】等と悪い噂が立っていてな? 団員達が君を怖がって、劇に集中できないと訴えているんだ」


「そっそんな・・・病院の検査では問題ないと・・・」


「それは知っている。 だが舞台に立つことができないのは事実だろう?

言い方は悪いが、今の君はこの劇団にとって膿でしかないんだ。

君だって、この劇団で共に舞台を盛り上げた役者だ。

わかってくれるね?」


「そっそれだけは! 退団だけは勘弁してください! 僕にできることはあるのなら何でもしますから!」


「私達は君に十分な時間を与えてきたんだ。 これ以上、迷惑を掛けないでくれ」


 団長の冷淡な言葉に、ガウンは目の前が真っ暗になった。


 退団を言い渡されたガウンは役者を諦めきれずに、ほかの劇団に入団しようと試みる。

だが、入団テストの必須である演技試験でパニック発作を起こし、全て落ちてしまった。

さらには、【見損なった】、【ピエロ野郎】と街中で周囲の人間から誹謗中傷の言葉を浴びせられ、ガウンの精神は大きく削られていった。

働き口がなく、両親に援助を求めたが、「くだらんことで役者を捨ておって!」、「あなたはバンデス家の恥よ!」と役者と言う大きな看板を、あやふやな理由でやめさせられたガウンに愛想を尽かし、一方的に絶縁された。


「僕が・・・僕が何をしたと言うんだ・・・」


 精神的に追い詰められたガウンは家に引きこもり、呪文のように同じ言葉を繰り返す毎日を送る。

フウカはそんな状態でも決してガウンを見捨てず、自ら働きに出て、お金を稼ぎに行く。

だが、亜人であるフウカを雇ってくれる所などほとんどなく、唯一雇ってくれた職場は女性の身には厳しいハードな肉体労働である。

その上、職場の人間達は亜人であるフウカを見下し、ちょっとでもミスを犯せば、「こんなこともできないのか! クズめ!」と暴言を吐かれ、疲労で思わず休んでしまえば、「さっさと働け! ゴミ女!」と頬を殴られる。

そんな過酷な労働環境でもフウカはすがりつくしなかなった。



 ガウンがトレック劇団を退団して2年後、ガウンは役者でなくなった自分を受け入れられず、酒に逃げるようになった。


「おい、フウカ。 酒がないぞ!」


「お酒なんでもうありません」


「何!?だったら買ってこいよ! 気が利かねぇな!!」


「今そんなお金はありませんよ! あなたもお酒ばかり飲んでいないで、働き口を見つける努力をしてください」


「なんだと!? 奴隷女が!! 誰に向かって口をきいている!?」


バチンッ!


「きゃっ!」


「次に舐めたこと言ったら、殺すぞ!!」


 退団の事実と多量の酒によって、ガウンの心は完全に壊れてしまった。

妻に対するありがたみや愛情を失い、フウカが少しでも口答えするとと、暴言を浴びせて暴力まで振るう。

日に日にそれはひどくなり……。


「金がないのはお前のせいだ! もっと仕事して稼げよ!役立たず!!」


「誰がお前みたいな汚くて臭い奴隷を拾ってやったと思ってるんだ!?」


 暴言は彼女の尊厳を大きく傷つけるものんばかりになり、暴力もフウカが抵抗できないように馬乗りになって顔や頭を殴るなどの卑劣な行為にまで発展していった。


「やめてよパパ!! ママをいじめないでよ!!」


 ガウンのDVを受けるフウカを唯一庇うのは、愛娘のライカであった。

変貌したガウンに怯え、体はブルブルを震え、涙を流してしるが、目は真っすぐにガウンの目を見ている。


「どうしてママをいじめるの!? そんなパパだいっきらい!!」


「生意気言ってんじゃねぇよ! クソガキ!!」


ボカッ!


「あぐっ!」


「ライカ!!」


「親に罵声を浴びせるとはな・・・調教してやるよ!!」


ボカッ! ゴキュ!!


 まだ幼い我が子に対し、ガウンは馬乗りになって頭や顔、胸や腹等を何度も殴った。 


「痛い!! 痛い!! パパ!! やめてよ!!」


「あなたお願い! やめてぇぇぇ!!」


 ライカに対する暴力は1時間以上続き、ガウンが眠って解放された時には、ライカは血塗れて意識を失っていた。

この日から、ガウンはライカに対してもフウカと同じようにひどく扱い始めた。


「おいガキ! 酒を買ってこい!」


「むっ無理だよ・・・お酒なんて・・・」


「いいから買ってこいって言ってんだよ!」


ボカッ! ボカッ!


「痛い! パパ!やめて! お酒買うから」


 だが、未成年のライカに酒など返るはずもなく、そのことをガウンに伝えたら「役立たず!」と殴られる。

こういった家庭内暴力は彼らの住んでいる国でも罰することはできる。

だが、それはあくまで”人間同士”の場合。

フウカは元奴隷の亜人で、ライカは人間と亜人のハーフ。

1度だけ、フウカが騎士団(警察のような組織)に相談しに行ったことがある。


「申し訳ありませんが、人間が亜人に暴力をふるってはいけないと言う法律はありません」


 耳を疑うような言葉で、フウカは追い返されてしまった。

このことが原因で、フウカが誰かに頼ったり相談するようなことは一切しなくなった。


そんな生活が2年以上続いたある日。

ライカがガウンの寝ている間に、フウカに離婚の提案を持ち出す。


「ママ・・・もうパパと暮らすのいや。 ママと2人で暮らしたい・・・」


「・・・ごめんなさいライカ。 毎日つらい思いをさせてしまって・・・でもね、ライカ。

ママはパパと離れようとは考えていないわ」


「どっどうして!?」


「結婚するときにパパに約束したの。 ”命尽きるまであなたに尽くす”って。

どんなに変わっても、パパはパパだから。 ママは見捨てることはできないわ」


「でっでも・・・」


「ごめん、ライカ。 もしもパパから逃げようと思っているのなら、1人で逃げてほしいの。

もちろん、逃げる場所の当てはあるから」


「いっ嫌だよ! ライカ、ママとお別れしたくない!」


「本当にごめんなさい・・。わがままなママで・・・」


 思わず涙を流すフウカ。

自分がどれほど愚かな選択しているのかは自分でも理解はしている。

だがそれでも、天涯孤独となったガウンを見捨てることはフウカにはできなかった。

ライカの方も、すでに愛情等ないガウンとは今すぐにでも離れたいが、愛する母であるフウカを1人残したら、ガウンが何をしでかすかわからない。


 結局2人はそのままガウンと生活を共にすることになった。

だがその生活は突然終わりと告げた。


「うっ!」


 作業中のフウカが突然倒れ、そのまま意識を失ってしまった。

周囲はサボっているのだとまた暴力をふるうが、一向に目を覚まさないフウカ。


「おいっ! 息してねぇぞ! 死んだんじゃ・・・」


「ほっとけば? どうせ亜人だし」


「それもそうだな」


 亜人と言う理由だけで、職場に人間達は心肺停止したフウカを放置した上、邪魔だからと外に放り出した。

しばらくして、職場の前を巡回していた騎士団がフウカを発見し、病院に連れて行ったが、、フウカはすでに息を引き取っていた。


 騎士団からそのことを聞いたガウンとライカはすぐに病院に駆けつけた。

ベッドで横たわるフウカの顔は、ライカが今まで見たことがないほど無の感情に支配されていた。


「ママ? 起きてよ・・・ママ?」


 何度揺さぶっても目を開けないフウカ。

肌は多少冷たく感じるが、まだほんのりとしたぬくもりが残っていた。


幼いライカには死を理解するのに時間が掛かってしまった。


「ママ?・・・」


 死を理解したライカの目から涙があふれた。

胸にこみ上げてくるたとえようのない痛みは、これまで受けたガウンの暴力より何倍もつらく苦しいものだった。


「ママ・・・ママァァァ!!」


 泣き叫ぶライカとは対象的に、ガウンは亡きフウカに悪態をつく。


「この奴隷女がっ! 満足に働くこともできないのかよ!」


 愛する妻の死を悲しむどころか、怒りを露わにするガウン。

口から出るのは、金と酒の心配事だけ。

そばにいるフウカの担当医も、このガウンの態度には理解ができない。


「・・・そうだ!」


 頭を抱えていたガウンはふと何かを思いついたかのように、目を見開き、フウカの死を嘆いているライカの腕を握る。


「ガキ! 来い! お前みたいな何のとりえのないガキでも、奴隷商人に売れば高く買ってくれるはずだ!」


「いやっ! 離して!!」


「このガキ! 今まで育ててやった恩を忘れたのか!?」


 力づくで連れて行こうとするガウンだが、ライカはフウカが寝ているベッドの足にしがみつき、必死に抵抗する。


「やめなさい!!」


 そんなライカを救ったのは、フウカの担当医であった。

彼はガウンを突き飛ばし、ライカを背に隠す。


「奥さんが亡くなったばかりだと言うのに、悲しみもせず、あろうことか我が子を売ろうとするなんて、それでもお家族を支える父親ですか!? 恥を知りなさい!!」


「なんだテメェ!! 部外者が口出しすんじゃねぇよ!!」


 頭に血が上ったガウンはライカを守る担当医に殴る蹴る等の暴力をふるい、歯を折る等の重傷を負わせるが、騒ぎを聞きつけたほかの医師や看護師たちに取り押さえられ、駆け付けた騎士団によって連行されていった。


 その後、ガウンは暴行罪で有罪判決を受け、刑務所に服役することになった。

さらに、騎士団の調査によって、心肺停止の状態のフウカを見捨てた職場の人間達も逮捕された。


 1人残されたライカは、身を寄せる所がなく、”ホーム”という施設に預けられることになった。

そこはフウカが生前、ホームの施設長であるゴウマ ウィルテットに、ひそかにコンタクトを取っており、「私に何かあれば、娘をお願いします」とライカを託すための手続きを済ませていた。

愛する母を失い、絶望するライカにさらなる追い打ちを掛ける出来事が起きる。


「うっ!・・・何?・・・耳が変・・・」


 ホームに預けられて間もなく、ライカは耳にひどい金切り音が聞こえるようになり、聴力も人間並みに落ちていた(本来は犬並み)。

医師の診察の結果、ライカは度重なるガウンの暴力によって耳を傷め、聴覚障害になってしまったのだ。


「(全部あの男のせいだ! 刑務所から出てきたら殺してやる!)」


 母も聴覚も奪われたライカは、ガウンへの復讐を決意するが、彼は服役してわずか半年でこの世を去った。

原因はアルコールによる中毒死と言う皮肉な死であった。



 復讐の機会すら失ったライカは、自暴自棄になり、全ての人間が憎く思えた。

母を死に追いやったガウン、母の訴えを聞かなかった騎士団、倒れた母を助けなかった職場の人間達、

 

「人間なんて、大っ嫌い!! 他人なんて大っ嫌い!!」


 ライカの心には、人間に対する憎しみだけが残った。

そして、ライカが16歳になったある日、ゴウマから呼び出しを受けた。


「ライカ バンデス君。 君をアストとして迎え入れたい」


 アストとは、この世界で殺人を繰り返す謎の組織”影”と戦う戦闘集団のことである。

ライカはそれに選ばれたのだ。

最初は断ろうと思っていたが、ふと思い直して、アストに入ることを了承する。


「(アストと言う建前があれば、憎い人間を戦闘の巻き添えと言う形で殺すことができるかもしれないわ。 このままみじめに生きていくくらなら、あたしとママを見下した人間達を1人でも多く殺してやる!!)」


 こうして、 ライカ バンデスは自らの人生を歩き出したのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マインドブレスレット ~ロストビジョン ライカ~ panpan @027

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ