第36話 遠い国の味方
「航海というのは存外ヒマだよね」
「そらお前に仕事がねえからだろ。ほらきちっと周りを見やがれ、間抜けな海賊どもはえっちらおっちら働いて回ってんぞ」
「……私も何か手伝おうか?」
「えぇ!? いらねえ! いらねえ! ジョーに頼んだらまた、やり直しだ! 大人しく座っとけ!」
アランの言い方にムッとして帆を結ぶ紐を弄っていた海賊へ声をかける。
ぞんざいに返されて、ただただ肩を落とした。
流石に落ち込む。
どうにも航海での仕事は山積みなのだが私がそれをこなすには、腕力も経験も足りていなかった。
何もできないのは心苦しいけれど、ここは大人しくプロに任せるのが得策なんだろう。
「ハン、役立たずめ」
「そういうお前も何もしてないように見えるけど?」
「俺は座標の確認を毎時間してんだよ、バーカ」
「今はちょうどビラーディから半島を抜けて、ヴァイト自治領の西方にいるぜ」と鼻で笑われる。
見渡す限り青が広がり、目印になるものは一つも見えない。
衛星での座標確認ってこと……!?
異世界なのに!?
そんなウソだろ……、サイボーグだからってそんな高機能が……?
ふと、甲板を見渡す。
ぼーっと立っているだけなのは私だけだ。同じくぼーっとしているように見えるアランは何とか座標の確認なんてしているらしい……。
まさか……仕事してないの私だけ?
「で、ディヴィス〜、私にも何か手伝えることある?」
「ねえな」
「じょ、ジョン……」
「ないねぇ」
とりつく島もない返事にまた肩を落とす。
すごすごと自室にも戻り、ビラーディで買った手鏡を持ち上げる。
「やあ、ラウルス元気?」
【暇なのか?】
「……そういう君は忙しそうだ」
【仮にも皇太子だ】
ですよね〜! と顔を覆う。
鏡に映ったラウルスはアカデミーの制服ではなく、式典用の礼装に身を包んでいる。
この時期にある行事は騎士の叙任式か。
皇帝陛下と皇后陛下、そして皇太子であるラウルスが一同に会する割と大きな式典である。
【そうだ、ちょうどいいから報せてやろう。皇帝が大陸全土にそなたの捜索命令を出した】
ラウルスの言葉を理解するのに一瞬の間を要した。
「大陸? 帝国全土でなく? 大陸全土と……?」
【そなたの捜索の指揮に当たるのは龍殺しの異名を持つドラモンド卿だ。良くも悪くも一筋縄で行く相手ではあるまい】
ドラモンド卿、だと……。
口が悪けりゃ態度も悪いドラモンド卿だが実力は帝国の騎士でも随一なのだ。
そんな実力者に指揮を任すとはガチじゃんか。皇帝、ガチで私のこと捕まえる気じゃん。
「知らせてくれてありがとう。ラウルス」
礼を告げればラウルスの手のひらが鏡に触れる。
【構わん。そなたはそなたの思うように。せいぜい気をつけろ】
ニヤッとラウルスの口の端が持ち上がった。
笑い慣れていない下手くそな笑い方だ。
決して仲のいい夫婦ではなかったけれど、ラウルスは私の味方になってくれるんだと、胸の奥が熱くなる。
「邪魔するぜーー!!」
バンッ!
乱暴に開かれた部屋の扉に咄嗟に魔術を中断した。
鏡に映っていたラウルスの姿は掻き消えて、またかと手鏡をベッドの下に隠す。
「海賊のクソガキ船長が呼んでる」
「え、なんだろう」
「まあ、予想は出来っけどな」
目を逸らすアランとともにディヴィスの元へ向かった。
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