第35話 当たり前に知らないこと
ビラーディ共和国の横を通る水路を抜けた。
水路といってもかなりの広さがあり、定員数十名に満たない小型の船のなら楽々と通り抜けられる。
ディヴィスの海賊船のことだ。
名前を持たないその水路は誰がいつ作ったのかも分からないという古代の運河で、例の魔物が現れる川と同様にアフラ大陸では海運の要地であるそうだ。
それってスエズ運河では?
それをジョンから聞いたとき、いつだかネットニュースを騒がせていたエジプト近くにあるらしい運河の名前が浮かんだ。
古代……?
歴史に詳しいわけじゃないけど、これはなんだか重要なことである気がする。
水路を抜けて、ようやく広い海に出るのかと思いきやまだしばらくは陸地に挟まれての航海になるのだそう。
確かによくよく目を凝らせば陸地が見える。
航海に詳しいというディヴィスが言うなら間違いないのだろう。
「次の停泊はここから東にあるヴァイト自治領だ、陸から行くと山やら熱帯林やらで相当苦労するらしいが、俺らにゃ関係ねえ。
そこで物資を補給して、さらにまっすぐ東に向いてえところだが、一旦東南の島へ残念だがあそこら辺は治安が悪いからよぉ」
「といっても海賊にとっては、だ。少々海軍の強力な国があるからね。海賊としては避けたいのさ」
「キ皇国だろ?」
「おーまあな。テメェも知ってんのか」
「別に聞いたことがあるだけだ」
「まあ東側じゃそこそこ名の知れた国だしな」
おや、と思った。
キ皇国は確かアランの祖国ではなかっただろうか。
どうやらディヴィスたちには隠したいらしく、私にも意味のありそうな視線を送ってきている。
そしてキ皇国は海軍が強い国だそうだ。
東側の文化についてはもう想像も出来ない。ビラーディが古代エジプト風の文化を作っていたことを考えると……日本ならやはり武士、だろうか。
着物、町娘、お侍さんみたいな?
江戸っぽいイメージだ。
少し気になるが、海賊的に避けて通りたい国なら仕方ない。
この船の船長はディヴィスで私はたまたま乗り合わせているだけなんだからね。
アランに小声で声をかける。
「国に帰りたいとかは思わないの?」
「思わねえよ。思うわけねえだろ。国にいるのが嫌で国を出て来てるんだ」
そういうものか?
なんて思いつつ、自分に当て嵌めたら少しだけ理解が出来た。
国が嫌で、なんてそこまでではないけれど、私も自ら国を出た身だからだろうか。
国に会いたい人たちを残して来たけど、それでも出来れば帰りたくない。
また婚約者にされたら堪らない。
もっともとっくに他の婚約者が見つかっていると思うけど。
皇太子の婚約者なんてなりたい令嬢も狙う家門も数え切れないくらいあるものだ。
……あとで時間を見つけて、またラウルスと話してみようかな。
それともこの世界でもやっぱり時差とかはあるのだろうか。
「キ皇国ってどんなとこ?」
「どうもしねえよ。キ皇が頭で当たり前に人間がいて、社会がある」
「私が聞きたいのは、そういうことじゃないんだけど……」
「じゃあ聞くがよ、ゼノ帝国ってどんなところだよ」
「……、身分制のある皇帝の治める国?」
「お前も大した説明できねえんじゃねえか。育った国についてなんて、そんなもんだろ」
アランはどこか遠い目をしてそういった。
出会ってから猫被り中以外で初めてアランとまともな会話が出来た気がした。
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