第2話 魔王の誕生②

「これはこれは、『神都』より緊急連絡が入ったので急いで見に来てみれば……本当に大騎士ガランド様がいらしているではありませんか!」


「レリオよ! 如何に『司祭』であろうと、人の家にずかずかと踏み込んでくるのは礼儀がなっとらんぞ! 大騎士様がいると分かっていたなら尚更じゃ!」


「おっと、これは失礼をいたしました。……しかし私の事情も酌んでいただきたいものですなあ。神のご加護を誰よりも受けているはずの、ましてや忠実なる神のしもべたる騎士の頂点におわす方が、教会の許可なく長期に不在となっては困るのですよ!」


「――国王の許しは得ているはずですが……信じられなければ国王に確認してもらって構わないですよ」


 その言葉を聞いた司祭レリオは立ち眩みでもしたかのように手を額に当てながら天井を仰ぐ。それからゆっくりと視線をガランドに戻し、大げさなため息をつきながら説教じみた口調でくどくどとまくし立てるのだった。


「そもそも……騎士というのは国王の推薦に基づき“教会が任命”するものなのです! よいですか、あなた様は王国に仕える一介の兵士ではありません。あくまで神に仕える神の尖兵なのだと自覚すべきです! このことを分かっていないから長期休暇などという前例のない事態を引き起こしてしまうのです。

 ――幸い、大騎士の一角が不在になっていることはまだ国内で表沙汰になっておりません。若き大騎士はそれだけ国民の注目を集めるのですから、今回は大人しく王都へお戻りいただき、今後はこうした勝手な振る舞いは厳に慎んでいただきたいものですな!」


 長々と淀みなく言葉を並べる司祭のその様子に、ふたりは一瞬顔を見合わせ、やれやれと言わんばかりに軽く肩をすくめる。


「――そうですね、確かに司祭がおっしゃる通り、教会に対する配慮が足りていなかったようです。 ……では司祭、改めてあなたを通じて私の休暇取得について申請したい。教会に取次ぎをお願いできますか?」


「なっ、何を……! 私の話を聞いていなかったのですか!? 大騎士の休暇など前代未聞だと言っているのです! これ以上教会を軽んじるような発言をすれば、この場で――」


「分かった、分かった、もう沢山じゃ! お主では埒が明かん。何か言いかけておったようだが、そもそも司祭であるお主は裁きを下す権限を持っておるまい。まずは『司教』に判断を仰ぐのが筋であろう! ――さあさあ、行った行った!」


 そう言って村長は相手の反論に耳を傾けることなく、強引に司祭を家から追い出してしまう。



「まったく、これだから辺境は……」


 司祭は苦々しい表情でしばらくの間村長の家を睨みつけていたが、やがて集まった村人たちを掻き分けるようにして来た道を戻っていくのであった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


「ありがとうございます村長、お手数を掛けてしまいました」


「なあに、気にするな。都会と違って、田舎は神への信仰が“ゆるやか”なのだ。

 司祭の一人や二人ぞんざいに扱ったところで大した問題にもならんわい」


「痛み入ります。――色々と積もる話もありますが、司祭の様子を見る限りあまり長い時間はないようです。本題に入ってもよろしいですか?」


 司祭が“乱入”して来る前にガランドが言いかけた言葉――恐らくそれについて聞いてもガランドは答えてくれないだろう。

 村長は続きを聞きたい気持ちをぐっと堪え、努めて明るく返事をする。


「うむ、何でも話しなさい。さっき言っておった“調べもの”の件かのう?」


「はい、実は……今回私は『死の谷』に用があって帰ってきたのです。――単刀直入に申し上げます、私に立ち入りの許可をいただけないでしょうか」



「死の谷じゃと!? この村で生まれ育ったお主に、今さらあそこがどういう場所か説明したりはせんが……いったい何を調べに行くというのだ」


 思ってもみなかった言葉に動揺する村長とは対照的に、ガランドは水面みなものような静けさを湛えたままゆっくりと口を開き、詩の一節を口ずさむのだった。


「『神が命を賭して放った最期の一撃は巨大な山脈を割り、悪魔の盟主を地の底で絶命させた』――子供の頃はただのおとぎ話だと思っていましたが、王都で騎士の勉強をするにつれ、それが現実にあった事なのだと学びました」


「うむ、いまだ彼の地に色濃く闇の力がはびこっておるのがその証拠じゃ。地の底には闇の力を孕んだ『瘴気』が溜まっておる……我らラバナの民は古来より『防人さきもり』と呼ばれ、死の谷の門番としての役割を担ってきた。――それゆえ例えお主であっても、おいそれと通すわけにはいかんというのは分かるじゃろう?」


「はい。ですが私には、どうしても成したい事があるのです……! もちろん私個人にとっても必要なことですが、同時に王国にとっても大事なことだと断言できます。詳しくお話しできないのが心苦しいですが、どうか、どうか立ち入りの許可を……!」


 そう言って真っ直ぐ村長の目を見据えるガランドの青色の瞳には、見る者を引き込むような力強い光が宿っている。その様子を見た村長は、何かを思い出したかのように一瞬眉をピクリとさせ、やがてため息まじりに口を開いた。


「――やれやれ、そうだったわい。昔から“その目”をしたお主はテコでも動かんかったのう。……そこまで言うなら良かろう」


「あ、ありがとうございます! 村長から許可をいただくのは“長期戦”を覚悟していましたが、本当に助かります! ――何というか、この性分で良かったと思えたのは初めてかもしれません」


「よく言うわい!――とはいえ表立って許可は出せんから、そうじゃな……今日の日没から5分だけ門の警備に隙間ができるようにしておこう。急な話ではあるが、レリオの動きを考えると決行は早い方がよいじゃろう……その間に出発できるか?」


「はい!それで十分です。本当に感謝しかありません……このご恩は必ずお返しいたします」

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