“ともしび ”の勇者と刻印の悪魔 ~追憶~

芥子田摩周

第1章

第1話 実験

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西暦2248年 ―ロンドン郊外―



「教授! ついにこの時が来ましたね……!」


そう言って満面の笑みを浮かべながらこちらを見るのは、私の頼れる助手グレースだ。


父が提唱した〈時空間制御理論〉――

これを元に私が構築した時空転移装置の試運転が今日……ついに行われる。



「ふふ、私ってあまり感情の起伏がない気がしていたけど、それは勘違いだったわ。こんなに胸が高鳴るなんて初めての経験よ……!」


「子供の頃から見てますけど、教授のそんな様子初めて見ましたよ! 何といっても、今回の実験は亡きお父様の悲願でもありますもんね!――ずっと不遇だった理論を教授がここまで形にしたんです……私も興奮を抑えきれません」


「私は大したことはしていないわ。理論も、資金も、研究所も、グレースを始めとする優秀な助手も……全てお父様が遺してくれたんだもの。――だからこそ、今日の実験を何としても成功させないとね……!」


「教授はまだうら若き10代ですからね! その若さと小柄な体で教授にまで上り詰め、時空転移装置をここまで形にしたんです! 誰がどう言っても“大したこと”を成し遂げてらっしゃいますよ!」


「あら、何だか今日はグレースも饒舌ね。身長は脳の働きとは関係ないんだから!――ふふ、楽しいお喋りはここまでにして、そろそろ始めましょうか」



助手たちに装置の起動を指示し、私とグレースは隣の部屋から強化ガラス越しに実験の様子を見守る。


ゴウン――という地響きを伴った音とともに装置が起動し、徐々に出力が上がっていく。 装置の中心に設置された二つの箱……その片方に入れてある時計を持ったぬいぐるみがもう片方に転移され、時間にズレが生じていれば実験は成功となる。



全員の視線がぬいぐるみに集まる中、順調に実験フェーズは進んで行き、ついに箱の内部に“ゆらぎ”のようなものが発生する。


「きました!時空の歪みです……! 装置の稼働状況は全て異常なし、このまま出力を最大にします!!」



耳がキーンとなるような装置の音――

ビリビリと振動が伝わり、時空のひずみが広がっていく。


その直後、バツンという大きな音と共にぬいぐるみが消失し、数秒後……隣に置かれた箱に出現する。

――ぬいぐるみに破損はなく、時計の文字は数秒前の時間を刻んでいる。



「成功です――! やりましたよ教授!!」


「――うん。……何だかホッとした気分だわ。さあ、装置を停止して!」



装置の出力が少しずつ下げられ、助手たちがガラスの向こうへと入っていく。ずっと張っていた緊張の糸が緩み、私の身体を温かい血液が通い始めるような感覚が包んでいった。



――?

――何かがおかしい。


「ちょっと待って! 皆……一旦戻って!!!」


私は装置のある部屋へ続くドアを開け、大きな声で叫ぶ。

想定より装置の出力が下がっていかない事に気付いたからだ――



「緊急事態発生!! 時空間の制御に問題が起きています! 直ちに装置から離れて下さい!!」



その放送を聞きながら装置の周辺に視線を移すと……そこには再び時空の歪みが発生していた――すでに装置の制御を外れ、時空間のひずみが拡大し始めている。



「失敗――!? どうして……どこが足りなかったの? 何を間違えたの……?」


「教授!!! ここは危険です!早く逃げましょう!」


グレースが決死の形相で私の手を引いて避難を促してくる。

その声に我に返った私は小さく頷き、避難しようと振り返る――



その時――バキンッという何かが折れるような音が鳴り響き、背後からゾッとするような気配が迫ってきた。


まるで時間が圧縮されたような刹那の意識の中で、ヒビが入って崩れ落ちそうな空間が視界の端に映り込む――



「だめ――――」



そう言葉を発した瞬間、私の視界は真っ暗な世界に引き込まれ、そこで意識が途切れるのだった。

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