Vacation! 2. 大乱闘はお約束


 初めのきっかけなんて些細なものだったのかもしれない。

 興奮と熱中のあまり肘が当たったとか肩をぶつけたとか、そんな程度のだったのかもしれない。

 だが、それがVRMMOの【FAO】では致命的だったのだろう。

 

 だって、現実じゃないんだぜ?

 これがお祭り騒ぎってなれば、みんな参加しちゃうだろ?

 大規模PvPバトルゲームだし。


 ――――で、この有様だった。


 店内は屈強な軍人達の大乱闘スマッシュ的会場に発展し、やられた人間が窓や扉から場外へと吹き飛ばされるエンターテイメントとなっていた。

 ちなみにおれは熱唱が終わってから異常事態に気付き、すぐバーカウンターの後ろへと退避したので巻き込まれていない。


 が、その代償に脱出の機会を失っていた。

 なのでそーっと顔を出して戦況を確認すれば、誰よりも目立つ活躍をする白金色の髪をはためかせたリディア大佐が目に飛び込んでくる。

 彼女のインプラント左義手左義足は常人以上の怪力を誇るので、無造作に放たれた左ストレートの重量級破壊力が屈強な海兵隊員を場外に吹き飛ばしていた。


「つぎにこれ左拳を飲みたいやつはいるか?」


 なにその台詞、男前すぎて惚れるじゃん。

 もちろん他のスヴェート航空実験部隊員も負けてはいなかったが、馬力においてはリディア大佐に並ぶ者はいない。

 例外として唐瞳タントン邵景シァオジン功夫クンフーで相手を叩きのめし、その実力を見せ付けていた。

 他はまあ、うまいこと乱闘を避け、飲みながら観戦している。

 ビターとコハルは互いの肩に手を回して唐瞳タントンを応援し、ハニーとカオはなんとこの状況で談笑しながらグラスを傾けるほど豪胆な様を見せ付けていた(多分、この二人はただの酒好きなのだろう)。


「そうこなくっちゃあ!」

「俺様の拳が光って唸る。敵を倒せと輝き叫ぶ!!」


 以外に乱闘を楽しむやつもいるようで、金髪ポニーのミルドレッドは嬉々として邪神ばりのドロップキックを放ち、リーゼントのチョッパーは意味不明に叫びバックドロップを豪快に決め……、おい拳でいくんじゃなかったのか?


『あらあら、大変な騒ぎになっちゃったわね』

「うお、いたのか」


 カウンター裏まで逃げた時に一緒に持ってきていたタブレット画面に人工頭脳SBDのリリィが出現、背景を同じようなバーに設定して本人もグラスを傾けながら観戦を楽しんでいる模様。


「なんでこうなったか分かる?」

『そうねぇ、防犯カメラだと突き飛ばされた人がきっかけだわ』

「誰だよそんな場の空気を乱すやつは」

『その人はあんたに野次飛ばしてどつかれたみたいね』

「野次くらいで怒るなよ、いいよ、別におれは熱唱して気付かなかったし」

『まあ、どついた人はリディア大佐って言うんだけど』

「きっかけは身内だった!?」


 なんて仲間想いのリディア大佐だ。

 よし、存分に暴れていいぞみんな!


 いやそうじゃない、今は事態を収拾する方法を模索しなければ。

 いつおれが巻き込まれるものか分かったものじゃない。

 

 痛覚再現性の高い【FAO】で顔面パンチもらったら確実に痛いからね!


「この大規模PvPイベントのクリア条件は?」

『今から90秒以内に全員倒す』

「無理じゃん! おれパイロット! 近接格闘CQB不得意!!」

『じゃあ逃げるしかないわね』

「収まるのを待つのはダメ?」

『その場合は警察に拘束されて24~72時間は拘置所で過ごす羽目になるわ。凄く退屈するけど身体を休めるという意味では悪くない選択肢だけど』

「くそみたいな選択肢だよ!!」


 なにのこ茶目っ気たっぷりに言う人工頭脳SBD、最近ナビゲート下手すぎ。

 しかもちゃんと警察が機能してるとかそのリアルいらないし。


 ――――ここは、


 逃げる一択しかない!


 おれはタブレットを放り投げてカウンターを飛び越え一言。


「逃げるぞ!!!」


 殴る音、割れる音、引っくり返す音、収まる気配が微塵もなく騒々しいバー内でもおれの声を拾ったスヴェート航空実験部隊員達はすかさず反応してくれた。


「ミル!」

「オーケー!!」


 ユリアナ飛行隊の二人、チョッパーとミルが入口までの退路を塞ぐ軍人達をタックルで薙ぎ倒していく。

 更に功夫クンフー姉妹が追い打ちをかけ、ビターとコハルが笑いながら後へ続いた。


「おまえらっ、酔っぱらってないで、来いって……」


 全然、動く気配もなくグラスを離そうとしないハニーとカオの手を引っ張り、おれも退路へと進む。


「おう、アゼル! 美人を二人も連れて良い身分だなおい!」

「うるせぇ! ちげえよ、酔っぱらいの介抱だksg」


 このチョッパーの煽るスタイル、なんか人工頭脳SBDと似ててうざいんだが。

 とにかく素面のこっちはからまれたくない。

 こんなスコアにも影響しないクソイベントバトルなんてゴメンだ。


「ちょっと私もエスコートしなさい!」

「えっ!? ちょっ、ミルドレッドさん??」


 背中から抱きつかれた瞬間、鼻腔を刺激するアルコール臭。

 完全にキメてやがる…………。


「わたしたちも引くぞ」


 乱闘の発端をつくったリディア大佐が一番冷静で、を担ぐのを手伝ってくれた。

 おかげでバーを無事脱出、チョッパーも頃合いを見計らって外へと転がりだしてから、真顔で一言。


「乱闘騒ぎとは無関係に装え」


 通りから警察車輌が何台か通るが、その瞬間だけはみんな背筋を伸ばして真顔になる。

 バーの入口で停車し、中に突入する警察官達を見送った後、


「よし、ずらかるぜ!!」


 と、脱兎の如く走り出すチョッパーだった。

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