MISSION 59. どこまで本気?


「アゼル、聞こえるか?」


 目を覚ます――――、というか回線復帰した途端、目の前に心配そうにこちらを覗き込む灰色の瞳があった。


「リ、リディア大佐さん!?」


 瞬時に覚醒した意識が事態の異常さを認知させる。

 おれの尻が落ち着いている場所は操縦席。

 だが、内部には潮の匂いと海風が進入し、リディア大佐の白金の髪を眩い陽光が照らしていた。

 辺りを見回せば水平線からすっかり日が昇っており、後方では抜けてきたばかりであろうか、巨大な積乱雲が光を一杯に受けて白くそびえ立っている。

 透き通るように青い夏の空が、世界を鮮明に際立たせていた。


「良かった。意識を取り戻したようだな」


 開いたキャノピーから身を乗り出していたリディア大佐がほっと胸を撫で下ろす。

 どうやら愛機は低空を滑るように飛行していて、それに並走する機体からこちらに飛び移ってきた様子である。


「…………またか」


 ふーやれやれだぜ、なんて無茶な行動だ。

 状況がどうなったか分からないが、前回の遊びと違うのはな相手がいるかもしれないというのに。

 失速ぎりぎりの低速低高度飛行なので、もし敵襲があれば一溜まりもない。


 ――――まあ、多分、いなさそうだけど。


「わざわざ目の前まで来なくても……」

「きみの心配をして何が悪いんだ」


 即座に言葉が返ってきた。

 それも、少し怒ったかのように顔を顰めている。


「えー、これ、おれが悪いのか?」


 自分の台詞のどこがリディア大佐の琴線を触れたのか、まるで分からない。

 顔中にくえすちょんまーくを浮かべたおれに、大佐は長い吐息を付いた。


「まあ、とにかく安心した。命に別状はないようだな」

「……ちなみに、おれどうなってたの?」

「きみはのリッチハート大尉に敵性戦闘機扱いをされて追い回されていたんだ。ハリケーンの中を低高度で入っていった時は肝を冷やしたぞ」

「ああ、そっか……」


 最後の波乗り空戦機動マニューバの連続で意識喪失回線切断したんだ。

 

「状況は把握していた。いくらなんでもやり過ぎだと盛大に抗議したぞ。本来なら共同戦線を張っていてもおかしくない作戦だったのに」

「もしかしてリディア……、リンはわざわざ引き返してきたのか?」

「ああ。このままでは予定給油ポイントまで届かないからな。給油機も連れてきて補給を終えたばかりだよ」


 そう言ってリディア大佐はキャノピーを離れる。

 軽快な足取りで自機に戻る姿は、まるで空中散歩に慣れきっている風で恐怖心の欠片も伺えない。

 

 鳥かなんかなの?? リディア大佐???


 自分の機体へと戻った後は、エンジン出力を上げ一気に高度を上げていく。

 キャノピーが自動で閉まり360°フルスクリーンが起動後、おれもそれに続いてぐんぐんと高度を上げる。


 嵐の後だ。

 澄み切った蒼穹がどこまでも続いている。

 真夏の景観をのんびり堪能できる遊覧飛行も一興だ。

 しばらく上昇を続け、酸素マスクを装着した頃に、人工頭脳SBDから声を掛かった。


『もう大変だったわよ。あんた失神してるのに操縦桿から手を離さないで波乗りしてたんだから。あれでよく空の藻屑にならなかたったわね』

「知るか。回線切断中のアバターに言ってくれ」


 ちなみに、そうなる前に通信機から発せられた声はリディア大佐のものだと分かっていたので、すぐ近くまで来ていたのかもしれない。

 

『消耗しているところ悪いけど、基地まであと数千キロよ? まだいけるかしら?』

「もうミッションないなら問題ないけど」

『だからこそよ。操縦はあたしに任せればゆっくり休めるわ』


 ふむ、確かにさっきの追いかけっこドッグファイトで割と消耗している。

 

「わたしのリモートコントロールでも構わない。今回のミッションにおいてきみの果たした役割は非常に大きい。労いも当然だと思うが……」


 人工頭脳SBDとの会話に入ってくるリディア大佐も休養を進めてくる。

 

「いやいや年寄り扱いすんなし。余裕だし」

「そうなのか? すまない、こういう時の仲間のケア方法を知らないんだ」

「違う違う! 大丈夫、俺超元気だから! ホント助けてくれ心から感謝してる!」


 リディア大佐があからさまに意気消沈した声になったので焦りに焦ったおれの言語が半ば崩壊していた。

 こういう時の女子のケア方法なんておれも知らないんじゃが!?


「そうか。それなら良いんだが…………」


 うん、正直、先のドッグファイトより疲れた。

 急な好感度爆上げのフラグイベント対処法なんて先に攻略情報見ないと分からんわ。

 気の利いた台詞が言えればおれは陰キャミリオタになんてなっていない。


『んーでもそうねー、あんたには確実に睡眠が必要なのよね』

「いや、いらないだろ」


 すでにリアルで睡眠欲求は満たした。

 ログインしてまでプレイ時間を削られる『寝落ち』するとかアホだろ。


『まあ、そう言わないで。例えば大きな雲を思い浮かべてちょうだい。曇って白いし大きいし不思議よね。あたしはすじ雲が好きだわ。名称は巻雲けんうんと言うのかしら? 出現分布は15000フィートから30000フィートであたしたちがしょっちゅう見る雲よね。うろこ雲とかさば雲いわし雲っていう俗称も良いわね、まるで海の中を例えているように付けた俗称もロマンチックよねひつじ雲わた雲なんて言うのも動物やたべものに例えているけどどれも人間の食文化に通じる面白さがあるわ』


 人工頭脳SBDは何の脈絡もない会話を続け、

 いずれオチがあるのだろう、と口を、

 挟まないでいたら、

 何だか  気持ち   が、

 良く   なっ    てき    た。


『心配しないで。酸素マスクから亜酸化窒素を流しただけだから』


 そ  れって  レシプ ロ用    の   ?


『まあむか~しの出力増加装置で使ってわね。でもこれの別名は笑気ガスよ。麻酔用だから本来は眠ることはなけど、ほら、もう低酸素症でしょ? きっとすぐ眠れるわ』

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