MISSION 44. 敵はAI?


 世界がいっぱいの光に包まれた夏の青空。


 遠くともその巨体を水平線に横たえる積乱雲が眩しいくらいに視界を奪う。


 鮮烈で透明な南太平洋の空からは、どこからか甘いココナツの香りを運んでくるように錯覚してしまうほどに待ち侘びた美しい大陸があった。


「ああ、UNASUR南米諸国連合軍基地。やっとここまで来たかー」


 二国間の思惑が蔓延った南極海を抜け、最後の補給ポイントとなる空軍基地までようやく辿り着いたのだ。


 そろそろちゃんと一息ついてログアウトしたいと思っていたので、露骨にほっとするおれちゃん。


『言っておくけど本番はここからなんだから、だらけないでくれる?』

「わーってるよ、ハッキングされたポンコツが偉そうに喋るな」

『あら、喧嘩売ってるの? ベイルアウトさせるわよ? 心配しないで、ここは南極海と違って遊泳に適した海水温度だから。サメはいるけど。喰われて死ねば?』

「……さらりと恐いこと言わないでくれる?」


 人工頭脳SBDのリリィはバイザー上でにっこり微笑みながら辛辣な言葉を投げつけてくる。


『確かにあたしはハッキング受けたわ。初めての衝撃、っていうのはああいう時に使う表現かしらね。人間で例えるなら顎に一発貰って意識を失う、みたいな?』

「機械が意識失うとか文学的表現おつかれっす」

『茶化さないでよ。あたしの場合は敢えて意識を失ったの。一種の防御反応みたいなもんよ。を維持してたらシステムの書き換えを阻止出来ないわ』

「ってことはプラージャとレジヴィは……」

『あの子達にはできっこないし、リディア大佐の遠隔モードも切った状態だったからあっという間に掌握されたのね』


 なるほど、わからん。


 いや、わかるのは、あの時の警告は何かしらのハッカー集団から身を守る為に自分を閉じ、なおかつパイロット生存は正しくパイロットに委ねたアナログモードにすることによって墜落を避けたというところか。


 邵景シァオジンが最初に指摘してたのはそのことであり、しかし、その不測の事態は当然あるとして、戦闘機を操縦する上での最低限の要素は残ってたいうことになる。


 それを考えると、この戦闘機は単純に人工頭脳SBDを搭載したというわけでなく、しっかりとしたパイロット生存設計思想に基づく改良を加えていたということだ。


 つまり、これはシステム対システムの現代航空戦においても、パイロットの存在を認めているという証拠になる。


 だけども、航空戦の主流になるのは間違いなく無人機だ。


 先の南極海沖会戦(勝手に名付ける)でも有人機はおれたちスヴェート航空実験部隊のみで、他は全部無人だ。


 ――――いや、まった。


 だからこそ、パイロットは重要なのか?


 大中華ソビエトの核ミサイルを発射を阻止出来たのは、おれたちみたいな超優秀パイロットがいてこその戦果に他ならない。


『良い目をするようになったわね。多分、あんたが考えていることは、真理を追究する上では欠かせない思考整理よ』

「いや、おまえ人の心読むな。しかも機械らしくもない抽象的かつ哲学的表現を駆使するな。ちゃんと機械語を喋れ」

『簡単なことよ。あんたの脳からα波が検出されてるから。そこから過去のパターンと照合すると特定の視点位置時とα波に相関が認められる。前後の会話記録から推測すればおそらく、無人機の限界を予測したとされる。どう? 正解でしょ?』


 ぐぬぬ、悔しいが人工頭脳SBDの指摘は当たっている。


 このフルダイブ型VRマシンHMDローシュのせいでおれの考えが丸裸にされるようだ。


『一連の現象からあんたの症状にという固有名詞を付けたわ』

「それ違うから! 本屋に行った時にう○こしたくなる現象だから!!」

『人間って面白いわよね。書店に行っただけでそうなるなんて興味深いわ。本格的に研究したいもの。解明されていないメカニズムに挑むのってロマンよね?』

「…………もっと戦闘機らしい謎に挑めよ」


 おれはやれやれだぜっと言わんばかりにバイザーを上げて視界から人工頭脳SBDを追い出した。


 現在の愛機はアナログモード、つまり360°フルスクリーンではなく完全な有視界にしているので、ツインテールがうざくなったらこうしてやることにした。


 まあ、音声は普通に生きてるから意味ないんだけどね。


『なによ。着陸まで退屈そうだから面白おかしくウィットに富んだお喋りを共有してあげてるいるのにつまらない人間ね。だからモテないのよ』

「ウゼーーーーーーーーー!」


 太平洋沿岸にあるUNASUR南米諸国連合空軍基地には、事前にスヴェート航空実験部隊の機材と人員も運び込まれているらしい。


 兵装に機体整備も万全な態勢で行われるということで一安心だ。


 滑走路に着陸する順番は唐瞳タントン邵景シァオジン、ハニーとビターで次におれ、リディア大佐と無人機だった。


 これは単純に航続距離の問題もあるし、スヴェート航空実験部隊に途中から加わった4機、おれを含む元々の4機の編隊飛行による差もあった。


 Sシステムのよる戦闘機同期で寸分狂いなく編隊を維持できるものだから、先頭の機体からの翼端渦流で上昇流が生じ燃費効率があがったのだろう。


「さっきの話に戻るけどさ、軍用機にハッキングってそう簡単に出来ないだろ? 色んなネットワーク使ってても重要な部分は切り離されてるはずじゃね?」

『切り離されてるけども、いまあんたが言った通り、各ネットワークを共有してしまう部分もあるのよ。そこから浸入されてエンジン出力の書き換えとか簡単にされちゃうわ』

「勘弁してくれ。ユーザーインターフェースとしてしっかりユーザー守れっての」

『それは大丈夫よ。今回はレアケースだから』

「レアケース?」

『この戦闘機にはそもそもの軍用システムが組み込まれているのよ。で、あたしのほうは初めに言った通り、ただのパイロット補助システムなの。軍用システムのアクセス権限持ってるから戦闘機も操れるし、仮に持ってなくても解錠アクセスのコツを掴んだから楽勝よ』

「おいやめろ犯罪者」


 何やら急に物騒なこと言い出しやがったぞこのポンコツ。


『失礼ね。パイロットのあんたを守るのに必要なのよ』

「犯罪者はみんな同じことを言うんだよ」

『否定はしないわ。この長距離飛行で色んなとこハックしたから』

「なにこのクソ物騒なポンコツ。世に放っちゃダメなやつじゃん」


 まあ、あくまでゲーム内設定の話だし、好きなだけやれと思うが。


『今回はね、軍用システムではなくて、あたし人工頭脳を狙ったものなの』

「…………詳しく」

『秘匿行動中に軍事衛星使って情報収集してたのよ、あたしが。軍用システムのデータリンクを使わずね』

「もうちゃっと分かりやすく」

自身がネットワークに潜ったことよ』


 ふむ…………。


 つまり電脳世界を舞台にした公安の9課みたいなやつか?


 なにそれロマンじゃん。


「あー、なるほど。それで意識を閉ざしたってことか」

『そうよ。まさかこんなことしてくるとは思わなかったけど』

「心当たりある感じ?」

『ええ。あたし自身を攻撃出来るのは同じ人工頭脳SBDだけよ』


 基地の滑走路へ着陸していく僚機を眺めている場合ではない。


 これはひょっとしてあれか?


 ゲーム設定における敵の正体が分かったってことになるのか?


 ネタバレじゃね?


「まさかと思うけど、国籍不明機を操っているのって…………?」

『だから同じ人工頭脳SBDよ。スタニスワラ研究所で生まれた、まあ、あたしの姉妹機というか、近い存在なのは確かね』

「黒幕?」

『多分ね』

「おまえ以外に知ってる人は?」

『Ops.SXの一部や、リディア大佐もなんとなく見当付いているようよ。でも部隊内で勘付いているのは少ないわね。当然、各国の軍部なんて知る由もないわ』


 なるほど、どうやらこれからのミッション進行はその人工頭脳SBDとの戦いになるのか、いいんじゃないか、おらわくわくしてきたぞ。

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