MISSION 41. ハッキングで核


 一瞬、何が起きたか分からなかった。

 だが、突然のブラックアウトが示す事実はただ一つ。


 ネットワーク切断――――


「ここでそりゃないだろ!」


 流石にミッション中のこれは腹が立つものだ。

 せっかく良い感じに遂行出来ると思っていたのに水を差された気分になる。


「大丈夫か、アゼル!」

「え…………?」


 回線切断中になぜリディア大佐の声が聞こえる?


 頭が不思議一杯に満たされている中、頭上から徐々に光が漏れてきた。

 

 いや、これは――――


 キャノピーを覆っていた装甲が巻き取られていき、視界が灰色の空に変化する。


 コックピット内も無骨な計器類を覆っていたカバーのようなものが引っ込んでいき、通常の戦闘機の座席に変貌していった。


「え、あのスクリーン画像って、さっきのカバーで再現されてたの??」


 どうやらあのブラックアウトは回線切断などではなく、単純にコックピット内の360°スクリーンの不具合で暗くなってしまっただけのようだった。


「現在、わたしたちはハッキング受けている! わたしの機とプラージャ、レジヴィ両機の遠隔操作に乱れが生じた!」

「うそ! なにそれ? そんな要素あんの?」


 兎にも角にも確保された視界によって機体を安定させるも、いつものHUD便利機能が消失していること気付いた。


 ユーザーに分かりやすいカーソルやマーカーが表示されてない。

 なくても困らないがあったほうが判断がしやすいのに不便極まりない。


「こちら邵景シァオジン、レーザー誘導爆弾の照射装置がやられました」


 冷静に報告する邵景シァオジンだ。

 見ればレジヴィが邵景シァオジンの前方で何かしている。


「どういうことだ邵景シァオジン?」


 唐瞳タントン無人機即席近接防御火器システムDCIWSを撃ち墜としながら邵景シァオジンの機へと近付く。


「デビルスリーからの光波妨害装置だ。誘導システムが完全に沈黙している」

「何だって?」


 部隊に動揺が奔る。

 友軍機、というより同部隊機による妨害攻撃とは穏やかではない。

 そんな中でもハニーとビターは任務を継続しているが、すぐに悲鳴が上がった。

 

「クソッ! 電波妨害なしだときついぞ!」

「全然、近寄れないよ!」


 空中に密集する無人機ドローンを引き離そうにも、かなり接近しないと付いてこなく、また接近し過ぎると榴弾の有効範囲に入るやいなや炸裂するというハードモードになっている。


 そのせいでビターの射撃も遠目になり、なかなか撃ち墜とせない。


「くっ、こっちもレーザー誘導装置がやられた」


 唐瞳タントンが苦しそうに言った。

 プラージャの光波妨害装置から逃れようとシザーズ機動を繰り返していたようだが、相手の指向性赤外線妨害装置から逃れられなかったらしい。

 

「おいおい、何がどうなってんだよ。リリィ、返事しろ」


 おれはコントロールパネルを突っつくも、人工頭脳SBDのリリィからいつもの反応がなく、完全に沈黙している。

 

「リン! さっきハッキングされてるって言ってたけど、もしかしてそれが原因?」

「……ぐ、そうだ。わたしも、コントロールを奪われないようにしているが、プラージャとレジヴィを守るので精一杯だ……」


 何か、多分、向こうは向こうで電子的な激しい攻防戦を展開しているようで、電子作戦機エスコートジャマーの支援は一切、期待できないらしい。


 だからといってミッション遂行断念は受け入れられない。

 この程度の事態でランキングを落としてたまるかっての。


唐瞳タントン邵景シァオジン、もともとの近接通常爆撃に戻っただけだ。おれとビター、ハニーで血路を開く」

「いいだろう、唐瞳タントン了解」

邵景シァオジン了解。覚悟はしていた」


 精密誘導がない時点での近接通常爆撃は命中率を上げるためにかなりの危険を伴う。


 第一に対空射撃による防空だが、これはないから考える必要はない。


 しかし、水平爆撃などは論外だ。


 降下角度のきつい急降下爆撃で確実に叩き込まなければならない。


 多分、このミッションにやり直しはないだろうから。


「貧乏クジは露払いのほうだよ!」

「やるしかないよハニー」


 語調から察するにハニーは相当に切れているようだ。

 それを宥めるビターも慣れているよう。


「すまない。わたしは自機の操縦系統と無人機を抑えるのに精一杯だ。後は頼む」

「了解、リン。と言いたいとこだけど、こっの人工頭脳SBDはどうなっているかわかるか? まったく返事がないんだが」

「おそらく自閉モードに入ったんだろう」

「なにそれ?」

「突発的外部要因に対する自衛手段だ。今は本来あるシステムに切り替えてマンマシンユーザーインターフェースシステムへのダメージを抑制しているはず」

「何か不具合デバフある?」

「……で操縦して問題ないか?」

「今のところ自覚なし」


 そう答えつつもおれは既に6機の無人機ドローンを撃墜している。


 目標は小さいが、何たってほぼに等しいのだ。

 こんな静止目標みたいなのは2000メートル離れていても当てられるぞ。


「なら大丈夫だ。流石はわたしたちのエースパイロットだ」

「この程度でエースって呼ばれてもねえ……」


 これは別に謙遜しているのではなく、本当にそう思っているから出た言葉だ。


 だって相手は歴戦のエースパイロットでなく、おまけに制空戦闘機でもなく、ただの小さな無人機でまったく張り合いのない相手だから。


 無人機即席近接防御火器システムDCIWSは確かに脅威だが、時速50キロと戦闘機に比べたら遅すぎる。


 この速度では、おれの先回りはできない。

 ビターとハニーの2機も速度を生かした陽動で、密な防空に綻びが見えてくる。


 刹那、自動車運搬船に近付けるルートが空いた。

 考える間もなく操縦桿が勝手に動く。

 また人工頭脳SBDが勝手にと思ったが現在沈黙中なはず。


 ――――ニューラテクトパイロットスーツNTPSか。


 どうやらこれは戦闘機システムとは切り離されているらしい。

 おかげで超人的反応速度も健在のようで、おれは榴弾防空網を抜けた。


「っておれが抜けても意味ねーっつーの」


 が、神経がざわついた。


 反射的に操縦桿を倒し回避運動。

 眼前の自動車運搬船の甲板にある防水カバーが一気に巻き取られ、


「うそじゃん!?」


 と絶叫するおれ。


 横目で追尾してくる曳航弾の軌跡に戦慄しながら視界に捉えたのは、旧ソビエト連邦の対空戦車【シルカ】の4輌だった。

 

「ここにきて骨董品のってありかよ」


 市街戦において対空砲の水平射撃が対人戦に有効なことから、現在の対空砲を備える車両は大体そんな任務に投入され、挽肉製造器ミートチョッパーと揶揄される。


 が、ここでは本来の任務、近接防御に存分に働いてしまう。

 これではうまく榴弾防空網を突破しても、進入ルートに照準を合わせられてしまえばシルカの餌食だ。


 おまけに自分自身も23mm砲4門×4輌の16門の弾幕から逃れたいのだが、突破してきた防空網はすでに塞がれており、離脱しようにも位置エネルギーを消失しているので厳しい状況に置かれていた。


 そして、悪いことは重なるものである。


 突然、バイザーにあと5分というカウントダウンが表示された。


「なんだこれ? ミッション制限時間?」


 よくある時間制限の表示で、まあとりあえず5分以内にクリアしないとミッション失敗って感じのやつだろうか。


潜水艦発射弾道ミサイルSLBMだ」

「王中佐の任務は空軍の任務失敗時に備えた焼却。我々に残された時間は5分を切ったっということ」


 息ぴったりの唐瞳タントン邵景シァオジンだった。


 なるほど、だからあそこに原子力潜水艦がいたのか。


 わざわざ燃料補給目的に派遣とかしないもんな。


「って、そうじゃねえよ! 核攻撃って、なにそれ聞いてねーぞ!?」

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