MISSION 36. 素直な子


 さて、どうしたのもか。


「お前! いい加減に謝れ! 他国の将校に暴力を振るうなんて国際問題だぞ!」

「暴力? 違うな、こんなのはただの挨拶だ」


 あの怒鳴っている黒髪ショートヘアの女の子が唐瞳タントン少尉だろう。


 きりっとした黒い大きな目が射貫くようにリディア大佐に向けられているが、その程度の眼光をものともしないと言わんばかりに涼しい顔をしていた。


「即刻、その威圧的行為を中止しろと何度も言ってるのが聞こえないのか!」

「先に銃口を向けてきたのはそっちだろ! まずは悪魔ちゃんに謝れ!」


 唐瞳タントン少尉の武装解除要請に激しく噛み付いているのは、アドラことビターマンだ。こちらも険しい表情を浮かべて一歩も退かない態度でリディア大佐の隣に立っている。


 曇天の南極、ちらつく白い結晶が微風で舞う中、リディア勢の陣容は大佐を筆頭にビターマンのみ。


 対する大中華ソビエト共和国は唸るように歯軋りする唐瞳タントン少尉以下、戦意喪失の潜水艦乗組員数十名と、その足下にぶっ倒れているクソ艦長。


 一応、担架に乗せられているようで、軍医っぽい人が介護をしている。

 状況は頭数で言えばリディア勢は劣勢のように見えるが、


 その背後のがやう゛ぁい。


 我らがスヴェート航空実験部隊の誇る概念実証機の3機+1機愛機(おまえもかよ!?)が搭載機関砲の照準を完全に合わせていて威圧感が半端ない。


 しかもその威力を遺憾なく発揮した様子が潜水艦周りに穿たれた穴でわかる。


 アンチマテリアルライフルよりこえーよ。


「うーん…………、あんなん、おれに止められるのか?」


 自慢だけど喧嘩を仲裁した経験はゼロだ。

 そもそもこういったトラブルに巻き込まれたことがない。

 

 ぼっちだったという理由もあるのだが、


 一番の理由はを知られていないのかレベルでシカトされていたってことかな!

 

 という自虐は置いておいて、よくよく観察すると両陣営白熱していると思いきや、幾人かの乗組員はせっせと機材や設備を用意している。


 どうやらスウィートハニーや邵景シァオジン中尉のように冷静な人はいるようで、規定の行動をしっかりこなしているようみえる。


 まあきっとNPCの副艦長あたりがミッション進行に備えているのだろう。


 でも多分、両陣営の睨み合いはおれが止めないといけない空気だ。


 くるりと後ろを振り返れば、両美人がテントから顔を出してこちらを見ている。

 なんとなく二人の表情に悪戯っぽさが浮かんでいる。


 それは決して気のせいではないかもしれないが、これもイベントフラグか何かだろう。

 

 腹を括るしかない。


「三人とも落ち着いて!」


 おれは両者の間にすっと入って静止を求めた。

 一瞬、三人は口論を止めて、まじまじとこちら顔を見る。


「アゼル、大丈夫なのか? 平気か? 痛いところはないか?」

「悪魔ちゃん、もう起きて大丈夫なの?」


 すぐさまリディア大佐が反応しておれの頭から顔を撫でるように触り、ビターマンも心配そうな顔を浮かべておれを覗き見る。


「ああー、まー、無事は無事なんだけど……」


 すぐそこで戦闘不能になっている潜水艦艦長の王中佐を見る。


「あれ……、リンがやったの?」

「そうだ。だが、まだ腹の虫が治まらん。互いに協調関係であるから今回の作戦において協力要請をしたが、まさかこんな無礼をしてくるとは思わなかった」


 鋭い灰色の眼差しと押し殺した声が、言葉通りの感情を表していた。


「私もかっとなってさ、大佐がぶん殴って倒れたところに蹴り入れやったよ」

「おまえもやったんかーい」


 目線をゆるめないビターマンも未だに臨戦態勢を解除していないようだった。


 一旦は停戦合意に漕ぎ着けたが、相手の返答次第ではまた開戦になるのは明白だ。


 おれがゆっくりと視線を唐瞳タントン少尉に移動させると、


「起きたか、アゼル。私は唐瞳タントン少尉だ。以後、よろしく。お前さえいれば他はいらない。さあ、こっちへ」

「あ、ああ、よろしくーーーー?」


 いきなりの自己紹介と共に強引に握手をされ、そのまま手を握られて引っ張られる。


「待て、貴様! アゼルをどこに連れていくつもりだ!」

「そうだよ! っていうかまず悪魔ちゃんに謝罪が先だろ!」


 慌てたようにリディア大佐とビターマンがもう片方の手を引っ張る。


 え?

 なにこれ?

 どうい状況??


「おい、その手を離せ。私はアゼルだけに用がある」

「貴様、本当に死にたいようだな?」


 いよいよもってリディア大佐の苛立ちが頂点に差し掛かった。


 後方に待機している3機の戦闘機が、排気ノズルを振るわせて絶妙な距離をもって配置を完成させる。


 この陣形は、完全なる十字砲火。


 一兵たりとも逃さない構えだ。


「我が軍はオペレーション・シエラ・エクスレイに協力した。今度はそちらが我々に協力する番だ。我が軍にアゼルを編入させる。他は必要ない」


 それでも退く様子がない唐瞳タントン少尉もなかなか度胸が据わっている。

 

 ふーむ。


 この超長距離爆撃を行うにあたって、各方面から協力を得ているのは分かっていたが、どうやらそれが『オペレーション・シエラ・エクスレイ』という作戦コードを運用しているらしい。


 発音からしてNATOフォネティックコードっぽい。

 なんだそれはと言われれば、NATO北大西洋条約機構が決めた共通単語といったところかな。


 でもリディア大佐はロシア軍所属なのに、なんでNATOコード使っているのか謎だし、インド軍はともかくとして人民解放軍まで使用しているのはどういうこっちゃ。

 

 ――――いかん、ゲームとリアルを混同してしまった。

 

 まあ、とにかく、それがどういう状況で発動されるのかさっぱりわからないが、インドミタブル共和国軍と大中華ソビエト共和国軍が『オペレーション・シエラ・エクスレイ』で協力or部隊抽出していることだけは理解することにしよう。


「ちょ、まてよ」


 つい変な言い方で唐瞳タントン少尉を止めるおれ。


「もしかして、燃料補給の協力の見返りが欲しいからなの?」

「その通りだ」


 なるほど、だからか。


 端から見れば可愛い女の子に両手を引っ張られているだけのいちゃらぶとしか映らないかもしれないが、唐瞳タントン少尉はが必要だと言った。


 つまり、ランキング一位の腕が必要であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。


 イベントフラグによる緊急ミッションだなこれは!

 

 そもそも何の取り柄もない陰キャ引き籠もりが急にモテるわけがないし。


 うるせえ!


「リン、一旦落ち着いて話を聞こう」

「いや、だめだ。わたしの怒りが全然、収まらないんだ」

「いやいや、殴られたのはおれだし、リンが怒ることでも……」

「だからこそだ! わたしはきみが傷つけられたことが何より許せない。断じてだ」


 リディア大佐の瞳にも声にも、殺気が籠もっていた。


「そう言って貰えるのは大変嬉しいのですが、何も他人のことで怒りを継続させるなんて馬鹿らしいったらないぞ?」

「他人じゃない。きみだからこその怒りなんだ」


 その純粋な怒りは、すべてはおれの為を想っての爆発だったらしい。


 いつも冷静なリディア大佐が感情を露わにすることなんて珍しいと思っていたが……

 

 ――――何かこう、


 誰かに本気で想われているっていうのは、


 いいな。


唐瞳タントン少尉!」

「なんだ?」

「ここは謝ろう!」


 これはもうリディア大佐の気持ちを汲み取らねばなるまい。


 ただ、これだけ揉めていたのだ。


 状況から察するにそう簡単に唐瞳タントン少尉も謝らないだろう。


「すまん、悪かった。軍を代表して正式に謝罪する」


 ほらね、全然あやまる――――


「謝るのはや! って、えーーー? なんで??」


 おれの混乱を露知らず、極めて真面目な顔でキリッっと謝る唐瞳タントン少尉だ。


 こんな簡単に謝れるんだったら、今までのいざこざは何だったんだ。


 ほらもーリディア大佐が無表情を通り越して虚無な顔になってるし、ビターマンなんて目が点になってるよ。

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