MISSION 30. コールサイン


 人工頭脳SBDがどこからか拾ってくる全方位レーダーを確認すれば背後には13の敵機が追従してくる。


 別にこの数自体はたいしたことはない。

 究極に言えばベストの位置で背後を取れるのはたったの1機だ。


 他の機体、後ろの機体、その後ろの機体は味方が邪魔して有利な射撃ポジションは取れない。

 こんなのは第二次世界大戦、いや、太平洋戦争時のエースパイロットが証明していた。


 ――とはいえだ


「しんどいしんどいしんどい! いちいちNPCとのドッグファイトがしんどい!」


 おれは叫びながら簡単に撃墜できる【地形】を探している。


 あらゆる戦術機動マニューバを駆使すれば団子状態の敵機の背後を取ることは簡単(こいつらおれ一機だけを忠実に追っていて僚機をカバーするという概念がない。まさにNPCそのもの)だけど、


 はあ、旋回旋回旋回せんっかぃせんっかぃせんっかいわ、あなたが思うよりしんどいです。


「もうあの湾口部に近い高層ビル群破壊してもいいよね?」


 構造物を使った曲芸飛行ならびに破壊活動を利用すれば簡単に瞬殺できる!


『民間人の避難が済んでいないわ。彼等を巻き込んだらスコアマイナスね』

「げ、マジかよ。ほとんど加点されないってこと?」

『加点どころか、今のスコアから減算されるわ』

「えー、うそじゃん、厳しくない?」

『パイロットの腕で墜とすからこそのスコアよ? 民間人の犠牲で墜としたとか格好悪いじゃない』


 もっともな指摘に脱力するしかないのだが、その時、通信機からリディア大佐以外の声が流れた。


「そこの前進翼機。今から貴君をスウィートハニーとビターマンが援護する」

「…………誰??」


 急な助力宣言。


 すると素早くバイザーに二人の情報が映し出される。


 真っ黒でさらさらな髪は短く健康そうな小麦色の肌に女の子。


 TACネームはビターマンで現在十五才、『FAO』ランキング7位と上位ランカー。


 これは新作『FAO』にログインしてから初めて他のPCに会うってことだよな?


 おまけに上位ランカーで、

 

 めちゃくちゃかわええ…………


 それにもう一人。

 流れるような金髪の一房が鼻にかかる白い肌の女性。


 TACネームはスウィートハニー、二十七才。

 ビターマンの僚機で『FAO』ランキングは12位と上々の腕。


 彼女も上位ランカーとえるだろうが、

 

 ちょっと目付きはきついが、もの凄く大人の色気を放つ女教師のような美人だ……


 というか、


 こんな可愛い子と金髪美人がランキング上位って。


 いや、決して男女差別とかではなく、純粋にこういうゲームに女子が興味を持つのが信じられないからだ。

 

 これは――――


 なんかそういうラノベっぽいヒロインズがやっと登場したということか!


『あら? 何かしらこのバイタル反応』

「突然の味方に動揺してるだけだが?」

『そうなの? でもこのパターン、リディア大佐の時に稀に反応するのと似てるわよ?』

「この新型耐Gスーツに悪い影響が出ないようにノイズとして処理してくれ」

『うーん、そうね、あまり前触れのない反応をフィードバックさせてもエラー要素になりかねないわね。今後は似たようの出てもノイズとして処理しましょう』


 ふう、あぶねえ、たかが機械におれの内面を暴かれてたまるか。


「でさ、当たり前の質問なんだけど、おれのフォローで敵機撃墜はおれのスコアにも多少加点されたよな?」

『勿論よ』


 おれは労力とスコアのバランスを考える。


 現在、上空3000フィート。

 空域全体でドッグファイトをしていたせいか、ほぼ全ての機は高度が下がっている。


「ちょっと聞こえてるの?」

「あ、はい……、えっと、とりあえず、離れないで下さい」

「なんだとっ!」


 おれの言葉にバイザー上の金髪美人、スウィートハニーが険しい顔になる。


 まあ、これ、言い換えると、付いてこれるかな? になるからだ。


「ねえ、ハニー。あれもしかして『FAO』で万年首位の悪魔ちゃんじゃない? あの白い塗装……、絶対そうだよ」

「知るか! 知ってるけど、そんな場合じゃないだろ!!」


 ビターマンは激高するスウィートハニーを諫めるようにしている。


 人工頭脳SBDは彼女たちの通信を拾って流してくれるのだが、悪魔ちゃんって言うのは心臓に悪いから止めて、厨二病全開の『白い悪魔』呼び名は黒歴史にしたいから。


「援護感謝する。これよりデビルツー、スリー、フォーもデビルワンをカバーする」

「え、マジ? それ乗っかるの?」


 ちゃっかりリディア大佐がおれのコールサインを決めてしまっている。


 まあ、確かに今までTACネームなんて設定してなかったしね、ボッチだったし。


 あ、TACネーム=コールサインって戦闘機パイロットの渾名みたいものね。


「リン、プラージャ、レジヴィ、ビターマン、スウィートハニーの5機ね……」


 おれは眼下を確認する。

 湾口から対岸の沿岸都市に続く吊り橋を視界に捉える。


 操縦桿を前に倒しスロットルレバーを徐々に上げ、後方に敵機が同じ挙動をしているか確かめる。


 降下と共に速度を上げているので、海面がみるみる迫ってくる。

 このフルスクリーンでの臨場感は半端ない。

 機体が震えだし、重たい空気を切る音が聞こえ出す。


 降下角度六〇度。


 愛機はアップデートを経て機体構造が頑丈になっているが、敵機のほうはそうはいかない。無人仕様にできるモジュールポッドを搭載しただけの、中には近代化改修もしていない戦闘機も含まれているらしい。


『国籍不明機の大半はモスボールしていた機体が使用されているそうよ』


 交戦前に人工頭脳が表示させた情報に、各国で保管されていた軍事用の航空機紛失事例の報告書を見た。


 ちなみにモスボールとは旧式化した戦闘機等を解体せずに保管すること。

 たまーに現役復帰させることもあり、航空機に限らず戦艦や空母も割とある。

 

 というわけで、


「この速度での引き起こしは自爆だぜ!」


 おれは迫る海面から出力全開、一気に機体を持ち上げ排気ノズルが爆発的な水飛沫を上げる。背後にぴったりと付けていた1機はまんまと強烈な水飛沫に被弾、コントロールを失い海水に叩き付けられた。


 更に操縦桿を傾け吊り橋に向けて急激なバレルロール。メインケーブルすれすれに瞬時に切り返し、吊り橋の下を潜る。背後ではそのままバレルロールの回転が止まらず失速して海面に叩き付けられる敵機MiG-21もいた。


「まずは2機……っていうか、なんだこの痛み!?」

『NTPSの本領発揮よ』


 つまり耐Gスーツのように下半身の締め付けのように、爪先から太股、腹筋から胸襟あたりが順々に筋肉が刺激膨張される感覚。


 強いて言うならお腹を下したときの筋肉運動が下から上へと駆け上がるような、内側からぎゅっと絞られる感じ。


「なにこれ、通電して筋肉がびりびりなんだけど、電気マッサージの強烈なやつ!?」

『まあ元々、医療用からきてるしね、このパイロットスーツ』


 この会話中も吊り橋二度目のバレルロールとみせかけて二本のケーブルの間に入り主塔を通過後、即反転しまた下を潜り間際にフレアも放出。ケーブルに接触してコントロールを失った機体がまたも海面に墜ち、曲芸飛行中にフレアの目眩ましで素直に海へとダイブする機体、吊り橋に衝突する機体、そして空中分解する機体等々。


「民間人とか車両なかったから良いよね!」

『まあ構造物破壊だけど、人死にがなさそうだから減点なしね』


 この空戦機動?ポストストールマニューバで早くも7機撃墜し、上空で呆気に取られているビターマンとスウィートハニーのことなんてまったく頭になく、徐々にスロットルレバーを絞って速度を落としていた最後の総仕上げ。


 三度目のバレルロール後に吊り橋主塔にぴったり背面上昇でエアブレーキを効かせる。

 当然、敵機も合わせようとするが、失速性能が違う。


 愛機の失速ぎりぎりでそのまま器用に吊り橋を支えるケーブルの間に入るという変態飛行にはさすがの無人機たちも追従出来ずに上昇していく。


 僅かに機首を動かし上昇する1機をワンショットワンキルで撃墜するも、残りは運動エネルギーを失った愛機では照準を合わせられない。


「なので、あとは任せた」


 位置エネルギーが増加し運動エネルギーが低下した戦闘機がどうなるか。


 基本中の基本だ。


 すぐさまリディア大佐が敵機を捕捉して撃墜、次いでプラージャとレジヴィもあっさり敵機を屠る。


 当然、ちょい上空にいたビターマンとスウィートハニーも赤外線短距離ミサイルを放ち、残りの敵機に命中させていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る