MISSION 29. リリィさん憤慨
その前進翼の戦闘機は向かってくる2機に対して擦れ違う進路で相対する。
ヘッドオンで取り逃がせば空母までの障害はないし、例え急旋回したとしても追いつく頃には空母は被弾しているだろう。
――だが
擦れ違う刹那、2機は被弾し白い筋を引きながら海中へと没していた。
「何だ? 何が起こった!?」
目を疑ったスウィートハニーは通信機に怒鳴る。
それに反応したのは彼女の背後にいた敵機もだった。
「ハニー、流れが変わるかも」
スウィートハニーとビターマンの追尾機はすっと離れ、現在注目度抜群の前進翼機に向かったようだ。
フライトリーダーとその僚機を相手にしていた敵機も戦域を離れていく。
どうやら当該セクターの航空優勢が逆転したらしく、これでようやく艦隊の防空へと専念できる。
「――こちらスヴェート航空実験部隊。部隊コード89915101、これより管制を引き継ぐ。南セクターの担当機は空母に迫る敵機の対処に回れ」
「……フライトリーダー了解。各機転身」
いつの間にか通信障害が回復していたのか、謎の所属部隊から指示が飛んで来て、フライトリーダーは数秒の沈黙の後に素直に従った。
聞き慣れない言葉にビターマンとスウィートハニーは首を傾げる。
「どこの所属もわからない機がうちらの指揮系統を横取り?」
「実験部隊……? いや、まさか、ちょっと待てビター」
不満を口にするビターマンを余所にスウィートハニーは胸元から手帳を取り出した。
片手で器用にページを捲り、目当ての箇所へと目を走らせる。
するとスウィートハニーは目を見開き、通信機に再度怒鳴り散らす。
「フライトリーダー! これよりオペレーション・シエラ・エクスレイの元に原隊から離脱し、スヴェート部隊へ合流します!」
「…………許可する」
「今までありがとうございました! 行くよ、ビター!」
「え!? なになに? どういうこと?」
「いいから付いてきなさい」
訳の分からないままビターマンはスウィートハニーに追従する。
おそらくあの前進翼機の援護へと向かうのであろうが、さっきから状況がまったく飲み込めない。
――というか、あの機体に援護が必要なのだろうか?
スウィートハニーからは確認できなかったようだが、あの機体は擦れ違いざまのヘッドオン時、機首だけを水平に動かし『流し撃ち』をしたのだ。
多分、これをどのパイロットに言っても誰も信じないだろう。
――あり得ない腕だ。
理屈の上ではわかる。
2機に対して真っ正面の相手にしかガン射撃が出来ない。
それだけでは例え命中させても1機逃してしまう。
でも、だからといって機体を『斜め』に前後を飛ぶ敵機に正確無比に当てるなんて。
計算でやったのではない。
類い希なセンスがそうさせているのだ。
自分だってエースの名を頂戴している身だ。
ビターマンは俄然、そのパイロットに興味を持った。
ところが件のパイロットは別の意味でそれどころではなかった。
「ちょっと質問がある人工頭脳のリリィさん!」
『あらなあに?』
「このスクリーンに表示されている敵機の数がすべておれに向かっているのは気のせいではない件について」
ついラノベのタイトルみたいな言い方になってしまった少年の気持ちを汲み取った
『ヘイトコントロールよ。無人機の周波数を解析してあたしたちがもっとも脅威って認識させたの。これで航空母艦は安全ね』
「おれが安全じゃねえよ!!」
片目を瞑って万事解決みたい表情の人工頭脳を殴ってやりたい衝動に駆られる少年だ。
スクリーンに表示される敵機はすべて少年の機に向かい包囲網が敷かれている。
ここはユリアナでのように高々度からの一撃離脱の戦場ではない。
純粋なドッグファイト、近接格闘戦を強いられる戦場だ。
「こういうのが一番しんどいんだよね!」
背後についた1機をスクリーンの端で捉えながら湾口部へと突入する。
一応『優秀』な人工頭脳が敵機を引きつけてくれたおかげで航空優勢は味方が掌握し、艦載機は対艦ミサイル装備の機体迎撃に集中できる。
だが、少年の背後には続々と敵機が群がっていた。
それでも正面から迫る敵機を適時撃墜し、スコアを伸ばしている。
「こいつら、本当に無人なんだな……」
少年は擦れ違う度に敵機のコックピットを見ていた。
そのすべての操縦席には、パイロットの姿はない。
円柱形のポッドのような金属が備えられていた。
『S規格の現行機搭載用モジュールポッドよ。どんな機種でもお手軽に自立型無人機に変更可能であらゆる戦術飛行にも対応するわ』
最初の攻撃機を撃ち落とした時の違和感に気付いていた。
どの機体も
『あんた目がいいのね』
「いやパイロットって普通、目が良くなきゃいけないだろ?」
少年の答えに人工頭脳のリリィは何も言わなかったが、相対速度がマッハを超える最中に『認識』できるのは目が良いというレベルではない。
軽く人間の規格を凌駕している水準だった。
「ミサイルロックオン!」
『光波妨害装置作動、脅威2、軌道修正確認』
少年が叫ぶと同時にロックオンの警報音が鳴り機体が急旋回、追尾してくる赤外線誘導のミサイルがすべて明後日の方向へと逸れていく。
「なに今の!?」
『何ってウェポンベイに搭載している指向性赤外線妨害装置で赤外線ミサイルのシーカーを惑わせただけよ』
「違う! ロックオンされたのが警報音が鳴る前に分かって操縦桿が勝手に傾いたぞ?」
『ああ、それね』
『テイルコーンからの脅威情報と同時にNTPSがあんたの事象関連電位を元に作動したのよ。操縦桿が勝手に動いたんじゃなくて、NTPSが身体の電気信号より早くあなたがするであろう動作を先にさせたの』
「……痛いって話じゃなかったか?」
『痛くしてほしかったの?』
「ちげえよ!」
『自覚ないようだけどあなたが大量の敵機という認識した時点でネフレトピン、つまりアドレナリンが血流に放出されて血管拡張、筋肉内に大量の酸素が行き渡って身体能力向上、脳にも大量の酸素が到達して注意力向上、及び脳内にアドレナリン到達してエンドルフィンが放出されて痛覚軽減が発生したってわけ』
「…………なにそのラノベみたいな能力」
確かに少年は事前にそういった説明を受けていたのだが、具体的に経験して思わずそう呟いてしまった。
『あたしの少ないサブカル知識で言うけど、チート
「おいもうやめてやれ。陰キャのおれでさえ傷付くぞ」
なぜかヒートアップしてマジレスする人工頭脳を宥める少年。
そんな軍事知識はミリオタしか知らないわけで、異世界好きな人が分かるわけないだろうに、と言おうとした瞬間、通信機が別の声を拾った。
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