フライングエースオンライン【Flying Ace Online】

ケイ/長瀬敬

PREFACE. これガチのゲームじゃん


 多機能ディスプレイ上の敵味方識別信号IFFは味方機よりも多い敵機を映し出していた。


『現在高度一五〇〇〇フィートを維持。ユリアナ飛行隊の残存数二、目下敵地上攻撃機の直掩機と交戦中。スペシャルフォース機、残り十五。同じく直掩機との交戦中』


 ヘッドマウントディスプレイのバイザーには必要とされる情報が次々と投影される。

 戦術データリンクによる優先順位が、パイロット補助システムプログラムであるユーザーインターフェースによって自動的に表示されていた。


「スペシャルフォースって、おれと同じ上位ランキングプレイヤーだろ? 何であっさりやられてるんだ?」


 まだ幼さを残す声が疑問を投げかけた先は、バイザー上に投影された疑似人格を持つシンパシィブレイン、いわゆる人工頭脳SBDで、インターフェース名をリリィという。


『個々の近接格闘戦技量の高さは評価に値しますが、僚機と共に行動する戦術を失念しているのが要因と思わます』


 パイロット補助システムはあらゆる煩雑な作業を代行し、音声出力によって現在の状況も説明してくれる優れたものであるが、的確な質問を投げないと望む答えが返ってこないようだった。


「スペシャルフォースが撃墜された状況を細かく教えてくれよ」

無人攻撃機ドローンの背後を取れば、護衛している直掩機の高位からのミサイル及びガン射撃で攻撃されます。航空戦術の基礎さえ理解出来てれば容易に回避可能な事態です』

「目の前の楽勝な得物に釣られたってことか……」

 

 簡単な手に引っ掛かったものだ。

 使い古された古典的な空中機動マニューバであるワゴンホイールだろう。

 通常は数機の編隊で輪を描いて一機が囮役を演じる。

 そしてその囮を追尾する敵機の後方に回り込む機動なのだが、囮を無人攻撃機ドローンとしているところが面白い。


 狙われた無人攻撃機ドローンの背後、高々度に位置取る友軍機による即座の攻撃で、ランキング上位で占められたスペシャルフォース達は手玉に取られるように墜とされている状況だった。


 現代空戦では通用しない戦術機動だというのに勉強不足にも程がある。

 本当に彼らがPvP上位ランキングにいるプレイヤーなのかと頭を疑いたくなる。

 この戦術データリンクがあれば敵機が潜んでいることくらい丸わかりではないか。

 それとも実際にある戦術データリンクというものを知らなくて活用できない間抜けな奴なのだろうか。


 戦術データリンクは空軍作戦機、早期警戒管制機、地上レーダー部隊、洋上に展開する海軍のフリゲート艦や航空母艦、陸軍の地対空ミサイル部隊など他軍種の部隊との情報共有を実現した多機能情報伝達システムで、実際に各国軍が使用している優れものだ。


 おまけにパイロットを補助するユーザーインターフェースを使えば戦況を楽に把握出来るはずなのに――――


「いくら新しいゲームだろうと今までの【FAO】と操作性なんて変わらないのに、マジで他のプレイヤーが雑魚すぎる。足引っ張ってこっちが介護しなきゃいけない状況とか勘弁してほしいぜ」

『戦闘管制が充分に行われていないのもその要因となります。現状況に応じた最適行動が取れず、効果的な反撃も封じられている状態です』

「それを含めてプレイヤースキルが低いって言ってんだよ」


 いくら優秀な機能があっても、所詮は操るプレイヤーの資質次第ということだろう。

 そのあまりのプレイヤースキルの低さに、同情すらしない。

 同じ上位ランカーなんて思われたくもないと心底思った。


『高度二五〇〇〇フィート。パイロットのバイタル低下を確認。低酸素症進行上昇、至急酸素マスクの着用をお願いします。加圧呼吸装置の始動中』


 リリィの警告が耳に入るが、少年は酸素マスクを取らなかった。

 これはVRMMOフライトシューティングオンラインゲームの中の話だ。


 リアル世界で被るHMD《ローシユ》は、コックピット内で被っているものと同じ外観で、疑似脳波による入出力でプレイヤーを仮想世界へと導いてくれる。


 最近の流行と言えば流行だが、大抵は架空世界の冒険RPGなのに対して、こっちは現代航空戦バトルを主軸においたフライトシューティング――


【フライングエースオンライン】


 通称【FAO】というオンラインゲームだ。

 典型的なアクション系でプレイヤー自身が強くなるには、ただ単純にプレイヤースキルを磨くのみだった。


 そんなゲームだからこそ、緻密に作られた仮想世界においての低酸素をどこまで再現しているのか気になってしまったのだ。


『直ちに酸素マスクの着用をお願いします。現在の高度は三〇〇〇〇フィート、低酸素症が続けば命の危険に晒されます。直ちに酸素マスクを――』

 

 大体、高度一万メートルってところだろう。

 もし酸素マスクがなければ、約一分三十秒で意識混濁が始まり、数十秒と立たずに失神するかもしれない。


 飛行中の失神は墜落事故を招き、すなわち死を意味するのだろうが、仮想世界ではどうなるか試してみたい。


『バイタルサイン急低下、パイロット強制保護システムを――』


 女性の合成音であるリリィの声が遠くに聞こえた。

 多機能ディスプレイの光点が減っている。


 それが敵なのか、味方なのか――――


 空は、


 灰色に染まった。

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