最弱魔導士の冒険記〜最弱魔導士と失われし魔導書〜

如月二十一

第一部 冒険の始まり、ナーナ村

第1話

 崖に立つ風車に放し飼いにされた牛。川辺では子どもたちが遊んでおり、桑を持った村人たちが地べたに座り食事を囲んでいる。

 

 ここは帝国ルミアの外れにある村ナーナ。決して規模が大きいわけではないが、村人達が活気よく暮らしている、のどかな村である。近場の森からは様々な果実が採取でき、子どもたちの遊び場にもなっているこの村は、最近ある悩みを抱えていた。

 

 

「村長、また出ました!」

「本当か? それで、怪我人はいるのか!?」

「幸いな事にいません。ジョーさんが狩りに行ったときに見かけて、慌てて帰ってきたんです」

「そうか。しかしなんとかして追い払わなければいずれは……」

「しかし、どうするんですか?」

「……やむを得ん、帝都で魔導士を雇おう」

「ですが、報酬金を出せるほど村は豊かではありませんよ!?」

「大丈夫だ、私が全額払う。村に負担をかける訳にはいかん」

「それでは村長が……」

「良いのだよ。老いぼれに金の使い道などないからな。それに、魔獣は魔導士でなければ倒せん」

「村長……」

「この村の為だ」

 

 

 魔獣。この世界に存在する"魔素"を取り込みすぎた野生生物が突然変異したものを"魔獣"と呼ぶ。体が変異し特異体質と化す為、魔獣退治に最も効果的なものは魔導のみとなる。故にこの村は帝都から魔導士を呼ぼうとしていた。しかし魔導士を雇うとなると契約金は莫大なものとなり、ナーナ村の財政は辛いものとなる。

 

 

 

 まさに今、ナーナ村は絶体絶命のさなかにいた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 遠くで雷が鳴っている。雨でぬかるんだ土に足を取られながらも走り続ける。

 息は上がりきって、肺が痛む。鉛のような足を引き摺るように走っていると、背後から唸り声が聞こえてきた。

 

「くぅっ……!」

 

 必死に足を動かすも速度は上がらない。

 

「うわっ……!?」

 

 視界がひっくり返り、泥の中を転がるようにコケる。石に足を躓いたらしい。立ち上がり再び走り出そうとする頃には、唸り声の主が目の前にいた。

 

 2mはあるであろう巨大な体を持ち、焦げ茶色の毛皮からは緑色の光が漏れ出している。両足の爪は人など簡単に引き裂く事ができるであろう鋭さを持っており、その瞳は毛皮から放たれている光と同じ色をしていた。

 熊のようでありながら、体から漏れ出す光と異様に発達した爪、その瞳の色が違うものである事を証明していた。

 

「くそっ!」

 

 腰の剣を抜き、構える。異形の獣は息を荒げ、その姿勢を段々と屈めて来ている。飛び掛って来るつもりだ。

 

「やってやるさ……!」

 

 つばを脇の下に当てて、剣先を異形に向ける。震える手に力を入れて無理やり震えを抑える。

 

 怯えるな……怯えるな!

 

 獣が吼える。

 

「っ……あぁぁぁぁぁ!」

 

 突進してきた獣に対して剣を突き出す。剣は肉を抉るも刺さることなく、俺は突進してきた獣の上を転がり、剣は手元から弾き飛んでいった。

 痛みに怯んだ獣が悲鳴をあげながら木にぶつかり、耳障りな音を立てて木が折れていく。

 

「あっ、がっ、ぁ……」

 

 全身が痛い。肺が空気を求め呼吸が早くなり、目の前が暗くなっていく。駄目だ、ここで気絶したら駄目だ!

 

 がりっ、という音のあとに口の中が鉄臭くなる。血を吐き捨て痛む体を起こす。剣を拾い、獣へと駆け寄って振るう。

 切る度に獣が悲鳴を上げる。振り抜きざまに殴りつけて来た腕を紙一重で避け、腹部に剣を突き刺す。

 両手で柄を握りしめ、思い切り横に振りぬく。切り裂いた腹部から赤い血が滝のように流れ出し、内臓が顔を出す。

 

「流石に死んだだろっ!?」

 

 手応えを感じるも再び振るわれた獣の豪腕に反応できず吹き飛ばされ地面を転がる。剣を杖代わりになんとか体を起こし獣を見る。

 獣の全身から漏れ出していた光が強くなっている。地面にこぼれ落ちた血が緑色に光り始め、粒子状になっていき切り裂いた腹部へと集まっていき、俺が切った所から流れた血が同様に傷口へと集まっていく。

 獣が吠えた瞬間光が一際強くなる。獣の傷口は完全に塞がり、傷を付ける前に戻っていた。

 

「嘘だろ……?」

 

 親父の言葉を思い出す。

 

『魔獣は魔導士にしか倒せない』

 

 なるほど、確かにその通りだ。剣じゃ殺せない。半信半疑だったが、身を持って実感したよ親父。

 

 

 

 

 

 これは、無理だ。

 

 

 

 

 

 魔獣が突進してくる。

 

 

 

 

 

 剣を置き、目を閉じてその瞬間を待つ。

 

 

 

 

 

 どこかから、雷が落ちる音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?」

 

 いつまでもやって来ない痛みに違和感を感じ、目を開ける。

 

 最初に飛び込んできたのは、白。

 

 

 

 

 

 真っ白なローブを靡かせ、片手に青色の本を携えた少女が、そこにはいた。

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