お題から貰ったやつ

旧多鐚

幽霊とパンケーキ+トークの上手い警官+作家

中学生の頃から好きだった作家が、昨日殺された。

ニュースを見た時、意外とショックを受けることも無く落ち込むこともなかった。

ずっと前から予約していたオシャレカワイイパンケーキ屋に行く事も全くためらわなかった。

でも何故か、その作家の本を持って出かけたくて。......無意識に先生は死んでいない、死んでたら私は平気な顔で本を持ってパンケーキ食いに行かないぞ、と自分に言い聞かせたかったのかもしれない。


翌日、私は何食わぬ顔で乙女ひしめくパンケーキ屋に入り、名も知らぬ男(警察官だと言っている)とパンケーキを食べている。

無論、私が誘ったのではない。この男、私がテーブルに置いた本を見て、勝手に相席してきたのである。


「この作家が好きだなんて、君はセンスがいいね!」

「はあ...」


パンケーキを無作法につっつく事で納得がいかない、という感情を表してみたが、この男には通用しないようだった。

元来、誰にでも陽気に喋りかける人間は嫌いなのだ。心地よい日陰から引っ張り出された気がして。とにかくこいつはなんだか、ものすごくうさんくさい男である。


「この作家に関しては不幸だったけど......悲しみ、苦しみは人生の花だ!君も、もっと良い作家に出会うといいね!」


「...バカにしないでよ」


傷心の人間に対して言う言葉じゃない、と文句を言おうとしたが、ふと気づいて、止めた。こんなところでパンケーキを食っている私は傷心の人間なんかじゃないのだ。

イライラして、山盛りのホイップクリームにフォークを突き刺してやった。

そんな私の様子を見て、男はうーんとつぶやき 、何かを考え始めた。先刻からベラベラ喋っていたのが急に黙り込んだので気になってしまい、


「何よ」


と声をかけてしまった。私から喋りかけないでおこうと、思っていたのに。


男は私を、それからテーブルの上の本を一瞥して、口を開いた。


「明日、作家殺しの犯人は捕まるだろう」


「は?」


バカじゃないの、と口から出かけたが存外男の顔が真剣だったので、黙っておいた。

シン......とした空気が流れた。店内の喧騒も、遥か彼方へ、遠のいてしまったかのように思えた。

この雰囲気はなんだろう。ピリッとした、まるで文豪を前にした編集者の気分だ。(私はよく例えが奇妙だとからかわれる)


「じゃあ僕はもう行くよ」


男が去った後、私は本を開いた。

ああ、この文章だ。中学の頃から大好きで、よく目に馴染んでくる、この文章だ。

自然と、涙がこぼれてパンケーキに落ちた。最悪だ。パンケーキ屋で泣きながら本を読んでる女なんて。



男の予言通り、犯人は捕まった。

テレビに映った犯人はすっかり陰気になって、例の『文豪』の風格も消え失せていたけれど、間違いなく、パンケーキ屋で相席したあの男だった。

なんと殺人を犯したあとの丸一日、何かに取りつかれたかのように記憶がなく、気づいたら自首していたらしい。


そんなニュースが流れても、私は特に驚くことも無く、好きな作家の本を読んでいた。


そういえば、あの先生、あとがきで『一日自由になるのなら、オシャレな店でパンケーキを食べたい』と言っていたことがあったな、と考えながら。


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お題から貰ったやつ 旧多鐚 @bita_huruta

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