第12話

 あれから数日後、今日が約束の日だった。

 コンコンと扉から音が聞こえて顔を上げる。僕が言う前に、先輩がどうぞと言った。

「おじゃましまぁす……」

 半ば消え入りそうな声で、首をのぞかせたのは、間違いなく間藤だった。僕と目が合うとほっと息を吐き出して、中に入ってきた。

「まあ、そこのソファにでも座って」

 机を挟んで目の前にあるソファを指さす。恐る恐るという風にゆっくりと間藤は腰を下ろした。

「我がエンターテイメント研究部へようこそ、間藤霧さん。私は、天童神寺、この部活の部長をやらせてもらっている」

 先輩に気がついていなかったのか、いきなり響いてきた声に、間藤は肩をビクッとさせた。奥のデスクから歩いてきて、僕の隣に先輩は座る。そして、先輩は何も言わずにしばらく、間藤の目を見つめ続けた。ちらっと間藤は僕に目配せしてきたけど、僕は首を軽く横に振っただけだった。かつて、僕も先輩と初対面の時に同じ目に遭った。

 ようやく、ふーっと息を吐いてソファに背を預けると、私のコーヒーと間藤さんにストレートの紅茶をと僕の顔を見る。念のため、間藤にストレートの紅茶でいいか確認すると、少し目を見開いて、軽く頷いた。

 紅茶には注文通り何も入れないが、コーヒーには角砂糖を五個入れる。ここにきて、一番に習ったのは、先輩のコーヒーには角砂糖を五個入れるということだった。

 コーヒーと紅茶をテーブルに置くと、一口飲んで、先輩はやっと口を開いた。

「不躾な真似してすまなかったね。ところで、間藤さん、私のことは知ってるかな?」

「すみません。見覚えないです。もしかして、面識あります?」

 いやいいんだ、むしろ知らない方がいい、と独り言のように先輩はごちる。特に説明する気はないようなので、代わりに僕が口を開いた。

「一応、こんなんだけど、先輩は今期の生徒会長だからね。だいたいの生徒は知ってるんじゃないかな」

「へー、そうなんですか……。私、自分と直接かかわりのない人は覚えられないたちで……」

 今度は、間藤の方が物珍しそうにじろじろと先輩を見る。それには頓着せず、また先輩は話し始めた。

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