第10話

 よくモーゼの海割りのように人が横によけて道ができるという表現があるけど、まさか僕が学校の廊下でそんな体験をするとは、と思いつつ早歩きで顔を軽く下げて廊下を通る。

 とりあえず、ここから抜け出すことを考えて足元を見ながら歩き続けた。途中、いやおうなく生徒の声が聞こえて来る。

「ええっ、あれが、川岸さんの?」

「誰だよあいつ、なんでだよ……、川岸さん……」

「川岸さんを泣かせるのなんて、信じらんないー」

 嫌だ、いやだ。普段でさえ聞こえて来る声が、直接耳に届く。我慢していたけど、胃液がせりあがってきて、仕方なく立ち止まる。そんな一挙手一投足にも周りがざわつく。

 立ち止まっていると、視界に生徒の靴が入ってくる。顔を上げずにいると、上から声が降ってきた。

「桜木さん」

 聞き覚えのある声に、ハッと顔を上げるとそこにあったのは目を潤ませて弱弱しく笑いかけてくる間藤霧の姿だった。

「いこ」

 それだけ言って、僕が何も言わないのに、少女は僕の手を取って、歩き出す。僕にはもう周りの声は聞こえなかった。ただ、ほんのりと優しく温かい少女の手の触感だけが頭を占めた。

 気がつくと廊下も生徒玄関も校門も抜け、校舎のすぐ外の道を少女と歩いていた。

「もう大丈夫ですか?」

 僕の顔を覗き込む少女に、大丈夫とかすれる声で答えて、少女の手を離した。

「それにしても災難というか大変でしたね」

「ほんとにね。あーあ、なんでなんだろうねー」

 はいっ?と首をかしげる少女に続きを話す。

「どうしてみんな自分にしか興味がないくせに、他人に干渉するのか……」

 あーなるほどそういうことですかと、何度か少女が頷く。

「どうでもいいから、相手のことなんか考えないじゃないんですかねえ」

 今度は、こちらがあーなるほどという番だった。

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