本気《まじ》ならいいってもんじゃない

nemu

春の陽気に誘われて?

第1話:某高校とは

 入学式。

 この行事に望む1年生たちの感情は様々である。

 期待に胸を膨らませる者、緊張する者、めんどくさがっている者、妄想して楽しくなっている者、特に何も考えていない者……生徒の数だけ感情があると言っていい。

 そんなことを知ってか知らずか、式を仕切る教員たちは皆歓迎ムードである。舞台に立ち、拳を握りしめて弁舌を振るう校長ともなれば、この場の誰よりもその気持ちは強い。

「キミたちは今、某高校なにがしこうこうの一員となった!そのことを、とても嬉しく思う!」

 大柄・筋肉質・スキンヘッドの男が力強く語っているのを見ると、軍隊に入ったような錯覚を感じさせる。

 佐山一矢さやまかずやは整然と並んだ講堂の椅子にもたれ、校長というより大尉と呼ぶのが相応しそうな、彼の演説をぼんやりと聞いていた。

 ちなみに、彼の入学した高校は某高校なにがしこうこうである。これは決して「とある高校」という意味ではない。本当に某高校という名前なのである。

 一矢も入試の直前まで信じられなかった。しかしWebで調べても学校案内を見ても願書を見ても「某高校」なのである。新手の詐欺に巻き込まれたのではないかとすら思ったが、今日この日を迎え、ようやく「一般的な学校なのだ」ということを理解し始めていた。

 するとどうしても浮かび上がる。何故「某高校」なのか。

「キミたちの中には、今なお本校の名前に疑問を覚える者もいるだろう。いやはや、それは良くない。懸念を払しょくできてこそ、日々の勉強、行事に向き合えるのだ。したがってその説明と共に挨拶を締めよう」

 ちょうど気になっていたことを聞ける。一矢は少し前のめりになる。彼だけでなく、他の生徒たち……いやこの場にいる1年生全員が目の色を変える。それも当然だろう。自分の高校が何の理由もなく「あの高校」という名前では困る。

「何故、某高校なのか。それを君たちへの激励としよう」

 1年生たちの様子を見た校長はニヤリと笑い、両手で演説台を叩いた。

「いいか!有意義な学校生活を送るためには“自分自身が高校を背負っている”という自覚を生徒が持たねばならない!だがしかしキミたちにはキミたちの個性がある!それを高校が塗りつぶしてしまうなど言語道断っ!だから“某高校”!!決まった形などない、キミたち一人一人が高校なのだ!!そのための設備、人材はすべて整っている!!君たちの成長を、心から期待する!!以上!!」

 校長の声が講堂の中で反響する。

 それ以外何も聞こえない、しんとした静寂。

 ……ぱち。

 どこからか、拍手が聞こえた。

 ……ぱち、ぱちぱちぱち。

 それが水面を打つように広がっていく。一人が立ち上がり、二人が立ち上がり、十人が立ち上がる。

 ぱちぱちぱちぱち。

「素晴らしい……!」

 誰かがそう呟いた瞬間、講堂内に割れんばかりの大歓声が爆発した。

「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

「校長!」

「校長!」

「校長先生!」

「大尉!!」

 何かが混じっていた気がするが、とにかく入学式会場は校長に対する賛辞で溢れていた。

「うっ、うっ……そうですわ……私たちは私たち!祠堂菜々羽しどうななはは祠堂菜々羽!それを侵害する権利は誰にもない……!!」

 一矢の右隣に座っていた女子も立ち上がり、嗚咽を上げ鼻水を流しながら涙していた。

「(……いやわからん!!)」

 席に座って呆然と盛り上がりを見ていた一矢は、心の中でそう叫んだ。

 自分自身が高校を背負う自覚が必要なのはわかる。生徒の個性を大切にしようとするポリシーにも賛成する。

 だからって「某高校」はない!もうちょっと何かあるだろう!

 しかしそれを考えているのは一矢だけなのか、他の生徒たちは右隣の祠堂とかいう女子と同じように泣いていたり、歓声を上げていたりしていた。

 その様子を見ていた校長は、うんうんと頷き、目じりを親指の腹で拭った。

「キミたちの先輩も、同じように拍手をしてくれたよ」

「そうだったのか!?」

 という一矢のツッコミが埋もれて聞こえないくらい、再びの大歓声が会場内を埋め尽くした。

 少しでも普通だと思った自分が馬鹿だった。

 一矢は目を細めて天井を見上げた。

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