第7章ー1
【 7 】
春は過ぎ、夏が近づいてきた。
すべての経験は過去のものへと変わっていく。いちいち立ちどまって
それはこういう『事件』だった。西池袋で居酒屋をやってる男(その会社では
当初、蓮實淳は父親から「どうしようもない息子をなんとかできないものか」という
「もうこれまでのようにしていては駄目だと思いますよ。あなたはなんだかんだ言われても息子さんを
ただ、これは実に馬鹿げたことになった。父親秘蔵の掛け軸より息子の用意した物が高額だったのだ。徹を
そういう『事件』を解決(というかなんというか)するたび蓮實淳はこう思う。――っていうか、これって占い師の仕事じゃないだろ。しかし、カンナの
まあ、このようにして春は過ぎていった。ごくたまに彼は自らの〈能力〉に限界を感じたけど、相談者はそんなのを待ってくれない。見えた映像をなんとか
「あなたは心苦しく思ってますね。その感情はお父様へたいしてのものだ。
相談者(見てるだけで心配になるくらい
「はい。ほんとうにその通りだと。ありがとうございます。そう言われて気持ちが整理できました」
彼らの仕事には常に
あるとき、床を
「それにしたって、いろんな問題があるものよね。それをまたいろんな人が
蓮實淳はバステト神像を横にさせ、組み体操ばりに上へ重ねようとしていた。ガラス戸の外は街灯に照らされ、
「ま、それは俺も同じだな。こんな商売してるけど、誰かに相談しようとは思わない。きっと俺も幸せ者なんだろう」
そりゃそうでしょうよ。でなきゃ、そんなアホっぽいことしてないでしょうから。カンナは唇をすぼめた。――あ、でも、お家になにかあったって言ってたな。あんときは
「ねえ、あなたのお家ってどんなだったの?」
ちり取りを使いながら、カンナはそう訊いてみた。
「は?」
「ほら、
「ああ、言ったかもな。でも、たいしたことじゃないんだよ。それに、もう終わったことだしな」
「終わったこと? 家族の問題って終わらないものじゃない? 私だってそう思ってるのよ」
彼は視線を
「まあ、そうだろうけど、どこかで終わりにしなきゃならない場合もあるんだよ。過去に引っ張られすぎると前進する気力が鈍る。ここに来てる人たちだって、ほんとはそう思ってるはずなんだ。ある意味では過去を断ち切りたいって思ってるから相談しに来てんだろ」
「そうなのかなぁ」
ちらちらと
「そうだって。ほら、俺も君も家から離れたわけだろ? 理由は違くても、そうやってこれ以上自らが
「ま、それは当たってるけど」
「だろ? 君の過去を見たとき思ったんだ。俺たちには似たとこがあるってね。同じ
同じ匂いがする? いやだ、変なこと言わないで。カンナはガラス戸の外を見た。顔を見られたくなかったのだ。――でも、確かにそうなのかもしれない。私たちは不穏さから逃げてきたんだ。そして、ここで
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