【Roster No.25@ウランバナ島北東部】

 携帯情報端末を見る。シエラの死因は、爆撃によるものと断定されていた。正しくはクロスボウによるものだ。窓際に立ってしまったのが運の尽きだった。


 本当の死因が知られては困る何らかの事情があるのか、はたまたシステム上のバグか。


 そもそも論として、追加されたルールにより25はずだ。シエラに狙いを定めた瞬間に、即座に対応されなくてはおかしい。となれば、考えられる可能性として――


『クマ、オレもそのうち殺されるんじゃ……』


 真っ青になって部屋に戻ってきた真柄レンを、ベアーは「心配するな」と勇気づけた。周囲で殺し合いが行われている中で信頼する元担任がそばにいるという事実が、真柄レンにとって唯一といっても過言ではないほどの心の支えとなっていた。


「内藤クン、りんごちゃん、聞こえるかな」


 ベアーはトランシーバーを使用してチームメンバーに話しかける。


『んだよ』

『どうしました?』


 二人の反応はほぼ同時に返ってきた。この表示を信じるのなら『ウランバナ島のデスゲーム』の参加者で、なおかつ生存しているのは残り4人。内訳はベアー、ナイトハルト、姫りんご、と、敵チームが1人。決着の時は近い。だからこそ、より慎重に、事実を伝える必要がある。


「聞いてほしい。この島にはこの殺し合いに巻き込まれた一般市民がいる」

『はあ?』


 もし真柄レンが何の考えもなしに建物の外へ出てしまったら、ナイトハルトや姫りんご、あるいは敵チームの1人からと見なされて集中砲火を受けるだろう。今大会において、真柄レンが参加者ではないという真実は、見た目だけでは判断できない。輸送機に乗り込む前まで「この島には大会の参加者しかいない」と、参加者一同には伝えられていたのだ。真っ赤な嘘である。


「わたしがプレイゾーンの外に、彼を連れて行く。それから、最後の1人を探そう」


 プレイゾーンの外、禁止エリアに立ち入った参加者は"失格"となるが、裏を返せば参加者ではない真柄レンにとっては誰からも命を狙われることのない『安全地帯』となる。生存者はもう北東部エリアにしかいないはずなのだから。先ほどまでは爆撃もあったが、今なら安全に移動できる。


『待ってください! 今、ベアーさんはどこにいらっしゃるんですか?』


 姫りんごの言葉に、トランシーバーを肩と耳で挟んで携帯情報端末を取り出し、地図上をタップしてピンを立てた。これで、他のチームメンバーにそのピンの位置が共有される。すぐに確認できる。


『向かいます!』


 姫りんごはバギーに乗り込む。そのかたわらの死体は野ざらしのまま、真柄レンとベアーの現在地に向かって、


 バギーの助手席で携帯情報端末を落下させ紛失してしまっているナイトハルトには位置が伝わらないため、ナイトハルトは『おい! どこだよ! 口で言えよ口でよ!』とトランシーバー越しにベアーを怒鳴りつける。


「内藤クンは地図が読めないのかな」

『読めねぇんじゃない! 持ってねぇんだよ!』

「最初に配られたスマホみたいな機械で見られる」

姫りんごアイツの運転が荒すぎて落としたんだよ! わりぃかよ!』


 ベアーはトランシーバーから耳を離した。ナイトハルトの声で耳がおかしくなりそうだ。そんなに声を荒げなくとも伝わる。むしろ伝わりにくいまである。


「あー、っと。内藤クンの現在地からは」


 ナイトハルトは学校を模した建物を出ている。今は、爆撃が始まる前までベアーが真柄レンの〝家〟を監視していた丘の上にいるようだ。チームメンバーの居場所は地図上に表示される――25番チームは、その仕様となっている。他のチームに優勝させるつもりのない運営の思惑が反映されて、他のチームの携帯情報端末では自分の現在地しか表示させていなかった――ので「窓から手でも出せばいいかな?」と、ベアーは窓を開けて、上体を外に出した。


 すると、そこに三台のドローンが弧を描きながら飛んでくる。


「んん?」


 ナイトハルトがベアーの姿を視認し、さらにベアーに近付いていくドローンに「なんだアレ?」と首を傾げた。


『サヨナラ、


 一台のドローンから音声が流れて、その頭に対してミサイルが発射される。身を引っ込めても遅い。


 <<ベアー が プレイゾーン外 で 死亡しました>>


 携帯情報端末を持っていないナイトハルトには確認できないが、死亡ログはそう流れていた。無論、ここはプレイゾーンである。


「はぁ!?」


 丘を駆け下りる。ベアーには、特別何かの感情があるわけでもないが、これでも仲間意識が、微かにはあった。指の先ほどの微量ではあっても。一時的にとして戦った仲間だ。そのに飛び込み、階段を駆け上がって、頭部のなくなった死体に泣きつく真柄レン少年の鼻先にHK416の銃口を突きつけた。


「てめぇ、何しやがった!」


 唐突に現れた軍装の美少女――しかも、つい先ほど画面の向こう側に見た顔――にアサルトライフルを向けられ、ただでさえも恩師クマの死に混乱している真柄レンは「え、ああ、ああああ!?」と喚くばかり。


『絶対に撃たないでくださいよ! いいですね!』


 トランシーバーからは姫りんごの指示が飛んでくる。


「おいチビ、どういう意味だよそれ」

『さっきベアーさんがって言ってたじゃないですか! 3歩進むと忘れちゃう人なんですか!?』

「馬鹿にすんじゃねー!」


 ナイトハルトは、このウランバナ島で生き残っている参加者は自分を含めてあと3人という事実に気付いていない。真柄レンを殺しても勝利には近づかない。倒すべき敵は【Roster No.7 3rd ClassB StarS】のナカハラ。彼を見つけ出して、殺しさえすればこの大会は【Roster No.25 クマクマランドのべアーズ】の優勝で幕を閉じ、ナイトハルトと姫りんごの2人で賞金を分け合うこととなる。


(やばい、やばい、やばい……!)


 真柄レンは震えていた。この現状をどう打開すればいいのか。ちょっとでも怪しい動きをしようものなら、目の前の美少女にトリガーを引かれておしまい。


(クマ……助けてくれよ……!)


 もっと話がしたかった。念じても起き上がらない。こんな大会に巻き込まれていなければ、と悔やむ一方で「どうして僕がこんな目に?」という疑問が延々と頭の中を駆け巡っている。誰も答えを教えてくれないのだ。クマもシエラさんも「どうしてこの僕がこんなところにいるのか」についてはなんにも教えてくれない。二人とも、目の前で死んでしまった。


(ほんとにコイツが熊ヤローの言ってた“一般市民”ってヤツか?)


 対するナイトハルトは逡巡するも、何者かがこの部屋に向かってくる足音がして振り向く。真柄レンコイツの味方が来たのかもしれない。見たところ、真柄レンコイツは武器を持っていないので、先に処理すべきはあとからやってきた敵のほうだ。


「なんだ、チビかよ」


 しかし来訪者の姿がちらりと見え、緊張がゆるんだ。敵ではない、と認識したその瞬間、そちらの方角から音もなく矢が飛んできて、その矢はナイトハルトの左肩を貫通した。


「ッ!?」


 クロスボウを握りしめた姫りんごは「あーあ」と落胆した表情を浮かべながら、ゆっくりと一段一段を踏みしめながら階段を上ってくる。ナイトハルトは真柄レンからターゲットを逸らし、アサルトライフルを階下に向けた。脂汗で手が滑って、落としそうになりながら。


騎士ナイトが王子を殺そうとすんじゃねぇよ」


 油断していた。甘い考えだった。『コイツなら信頼できるかもしれない』という淡い期待は、この島のどこかで唾棄すべきだった。などという耳触りのいい言葉のおかげで幻想を抱いてしまっていた。結局は1人だった。わかりきっていたことなのに、騙されてしまった。いつかが、そうだったように、今回もそうだった、という単純明快な罠に引っかかってしまった。信じられるのは、ナイトハルトだけなのだ。他の何者かを信じてはならない。


「てめぇの事情なんか知るかよ……!」

「あなたがわたしの事情を知らなくとも、わたしはあなたの事情を知ってますよ!」

「なら、なんで」


 オレを勝たせようとしてくれないのか。


「あなたの大事な〝ねえさん〟は死にました」


 ……。

 ……。


「あなたが頑張る必要は、ないんです。あの世で〝ねえさん〟と仲良くしてください」


 ああ。

 そうかよ。


「おまえら姉妹の御涙頂戴の物語に、今ごろあちら側で見ている皆様は感動で画面が見えなくなっていることでしょう! よかったですね!」


 そして、姫りんごは、真柄レンの姿を見るなり、まるで別人のような満面の笑みに表情を切り替える。朗らかに「お久しぶりです!」と挨拶した。床に広がるかつての仲間の血でスニーカーを濡らしながら真柄レンに歩み寄ってくる。


「姫乃リンです! ……覚えてませんか?」


 真柄レンが目を丸くしているのを見て、クロスボウをポイっと放り投げた姫りんご改め姫乃リンが真柄レンに問いかける。覚えているかどうかを問われればまったく覚えていない真柄レンは首を左右にぶんぶんと振った。


「そうですかぁ、残念です。……でも! これからたくさん思い出を作っていきましょうねっ!」

「え……?」


 手振りを大袈裟に交えながら、姫乃リンは「わたしの頼れる仲間たちがわたしを王子の元へ導いてくれました!」と熱く語り始める。


「これはわたしたちに課せられた愛の試練なんです! わかりますか? 99人の哀れな参加者の皆様の、尊い犠牲の先に、わたしたちは結ばれるのです!」

「つまり、僕が、ここに連れてこられたのは、君のせいってこと……?」

「そうですよ! 姫乃秀康おじいさまが、わたしに用意してくれた晴れ舞台です! 一億の賞金は、わたしたちの未来のためにあります!」


 あまりにもさらりと答えてくれた。

 到底、受け入れられるものではない。


「そんな……めちゃくちゃすぎる……」


 真柄レンは震えながら、後退りして、姫乃リンと物理的な距離を取る。背中がテレビ台に当たって、フォトフレームが床に落下した。姫乃リンは笑顔のまま、そのフォトフレームをつまみあげると、真柄レンににじりよる。それから「ここに写っているのがわたしです!」と人差し指で、写真の一点を指し示した。


 集合写真の端、他の同級生とは離れた位置にいる髪の長い少女。カメラ目線ではなく、中心に座らされている真柄レンのほうを見ている。今、真柄レンのそばにいる少女姿


「てめぇの事情なんか、知るかよ」


 ナイトハルトは、最後の力を振り絞って、ゆらりと立ち上がる。それから上着の内側に隠し持っていたSAAを姫乃リンの背中に向かって発砲した。


「姫を、襲うなァ!」


 姫乃リンもポケットからデリンジャーを取り出し、振り向きながら撃つ。SAAの二発目が、今度は姫乃リンの左胸をえぐって、二人とも仰向けに倒れていった。


 <<姫りんご は デリンジャー で ナイトハルト を キルしました>>

 <<ナイトハルト は SAA で 姫りんご を キルしました>>



【生存 1(+1)】【チーム 1】

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