Phase0 『名も知らぬ誰かの戦場と何も知らぬ選手たちの現状』
【Roster No.25@輸送機内】
空港を離陸した輸送機は目的地のウランバナ島に向かって、時折ガタガタと揺れながらゆっくりと進んでいる。
「こ、この飛行機すっごく揺れてますけど! 落ちませんよね!?」
少女は座席に浅く腰掛けて、その小さな両手でこめかみを押さえてわなわなと震えている。この小心者な少女・姫りんごもこのデスゲームの参加者ではある。が、おかっぱ頭に色白、小柄な体型をセーラー服で包んでおり、空港で「本当に参加者ですか?」と大会の運営スタッフに疑われてしまっていた。
今大会の参加者には事前のオーディションと身体能力の測定が行われており、選ばれた百人しか参加できない。優勝者には一億の賞金が与えられる。賞金を目当てに、偽造した参加証を持ち込む輩もいた。無論、運営スタッフにつまみ出されている。
そのようなこともあり、姫りんごはその見た目から参加者ではないのではと運営スタッフから門前払いを食らわされそうになっていたのだが「この紋所が目に入らぬかぁ!」と無礼な運営スタッフに本物の参加証を見せて、名札を受け取った。他の参加者と並んで開会式に参加し、輸送機に乗り込んでいる。正真正銘の参加者である。乗り込んだはいいものの、離陸直後からこの調子だった。
姫りんごの隣、窓側の席の女性・シエラ――二十代後半ほどの見た目で、ライダースーツを着用し、髪を脳天の位置で一つに束ねている――は「大会参加者が輸送機落下で全滅、ってなんて冗談でも笑えないわね」と言いながら、ポケットからタブレット菓子を取り出した。シャカシャカと振って、五粒ほど手のひらに乗せると、姫りんごに「どうぞ」と差し出す。
「ありがとうございましゅ……」
消え入りそうな声でお礼を述べてその粒を受け取る姫りんご。このやりとりを後ろの席から窺っていたナイトハルトは、席と席との隙間に手のひらをねじ込む。
「オレにもよこせよ」
ナイトハルトは男装の少女だ。年齢は姫りんごとおなじ十七歳。姫りんごと同じくセーラー服を着せればいたって普通の、どこにでもいるような学生に見えるだろうが、今はどこぞの国の軍服を着用していた。スカートやローファーなどもってのほか。ミリタリーパンツを穿き、軍靴を履いている。
「今のが最後のひとつだったの、ごめんなさいね」
シエラが悪びれずに嘘をつくと「ウソつけよ。開会式ん時に開けたばっかりだろ」と指摘した。よく観察している。図星だったようで、シエラはタブレット菓子を一粒取り出して立ち上がり、振り向きざまにナイトハルトのひたいに当てつけた。
「いってぇ! 何すんだよババア!」
左手で額をさすりつつ、シエラに嚙みつこうとするナイトハルトの横にはひときわ目立つクマの被り物をした
すべての参加者がそうであるように、この男性にも名札が配布されている。名札には参加者の大会登録名が記載されているのだが、あくまで大会登録名であるために本名とは限らない。付けるか付けないか、付けるとして身体のどこに付けるのかは参加者の自由となっている。このクマの被り物の男性は律儀にも左胸に名札を付けていた。そこには『ベアー』とある。――大会登録名からも性別が判断できない。
ベアーは何も言わず、座席の下に落ちたタブレット菓子を拾ってナイトハルトの右手にそっと握らせた。ベアーの、ふたりのいさかいをたしなめるような行動にシエラもナイトハルトもふたりして面食らってしまい、それぞれの座席におとなしく座り込む。
「これからパラシュートの開き方をご案内いたします」
ところどころ騒がしい機内に音声ガイダンスが流れ始めた。原典の『バトルロワイアル』では、参加者は無作為に選ばれた中学生で、参加人数は一クラス分と少なく、優勝者は最後まで生き残った一人である。今大会は百人の、
初期地点は原典のような廃校ではない。輸送機からウランバナ島へとパラシュートで降下しなくてはならない。原典では出席番号順にランダムな武器を含む支給品の入ったデイバッグを渡されて送り出されるのだが、今大会は初期装備に武器は含まれない。
パラシュートは輸送機内の座席の下に過不足なく用意されている。初期地点をチームで選択できるため、先に降下した参加者に待ち伏せされるといった不利は発生しないシステムである。
武器はウランバナ島の各地にばらまかれており、弾薬や銃器のアタッチメント、リュックサックなども落ちているものを拾って使用することとなる。輸送機内でパラシュート以外に支給される初期装備はチームメンバー同士で連絡を取り合うためのトランシーバーおよびウランバナ島の全体の地図とそれぞれの位置を確認するための携帯情報端末の二点である。
チーム制以外での特徴的なルールとしてプレイゾーンの収縮と〝危険区域〟が挙げられる。
時間の経過につれて行動できる範囲=プレイゾーンは狭まっていく。今大会では所定の時間までに指定されたプレイゾーンの中に入っていない参加者は強制的に“失格”となってしまう。携帯情報端末の画面上には現在のプレイゾーンが表示されており、次のプレイゾーンが確定するまでの時間もわかりやすく左上にカウントダウンされている。
これは一か所に参加者が立てこもり、戦わずして生き残ってしまうのを防ぐためである。参加者は常に現在地を確認しなくてはならない。必要に応じて、移動するかこの場に留まるかの選択を迫られる。移動すれば他の参加者に見つかる危険性が高まり、そこでは戦闘が発生するだろう。
また環状に指定された〝危険区域〟には戦闘機から爆撃が行われる。これもランダムに指定されるため、携帯情報端末で自分の位置を確認し、回避する必要がある。
「熊ヤローはどこ降りるんだよ」
ナイトハルトはベアーに握らされたタブレット菓子をガリガリと噛み砕いてから、話しかけた。粗暴なようだが、誰よりも今大会で生き残り、賞金を手に入れようという野心に満ちている。とはいえ、チーム戦においてはチーム内での情報共有が何よりも大事であるというのも心得ていた。
先述の通り、輸送機はウランバナ島のどこかに着陸するのではない。各々に配布されたパラシュートで好きな地点に降り立ったところからそれぞれの戦いが始まる。ベアーは、輸送機の航路を確認してから、携帯情報端末の画面の一箇所を指でタップした。すると、チームメンバーの画面上の地図にもピンが刺さる。
「わたしもココがいいなって思ってたんです! ベアーさんと同意見で嬉しいです」
姫りんごが手を挙げて反応すると、その横に座るシエラも「それならあたしも」と賛同する。ナイトハルトはウランバナ島の中心部を目指したかったのだが、四人中三人と意見が分かれてしまったため、大きく舌打ちした。
Roster No.25の【クマクマランドのべアーズ】は四人ともが初対面である。四人が四人とも――姫りんごでさえも――
チーム名は参加者の集合場所として指定されていた空港に最も早く着いていたベアーが命名する。誰とも相談せずに決められたこのチーム名を、シエラは苦笑いでやり過ごし、姫りんごはすぐに順応した。唯一、ナイトハルトだけが反発し、スタッフに抗議する。が、その場で“失格”を言い渡されそうになって引き下がった。いまだに納得していない様子である。
「お前ら全員ぶっ殺して、オレが賞金全部いただくからな。覚悟しとけよ」
ナイトハルトが吠える。
輸送機内が一瞬、静まり返った。
【生存 100 (+1)】【チーム 25】
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