僕の家の周りでデスゲームが開催されている件

秋乃晃

開幕

Prologue 『悪夢の始まりと平穏の終わり』

 窓から差し込んだ光はテレビ台の上のフォトフレームにより屈折して、少年の顔に降り注がれた。フォトフレームにおさまっている集合写真の中で、少年はど真ん中に座らされている。この集合写真は少年が家庭の事情により転校が決定し、母親が学校に連絡した、その日のうちに撮影された。引っ越しの前に現像が間に合って、少年にプレゼントされたものである。


 少年の隣には、まるでクマのようにガタイのいい、深緑色のメガネをかけた黒髪長髪の男性がいた。長い髪はひとつに束ねられている。この男性――佐久間さくまタスクが、少年の所属していたクラスの担任である。彼のごつごつとした手が少年の左肩の上に乗せられていて、少年の顔は、幾分ひきつった笑顔に見える。カメラマンに指示されて、無理矢理に上から貼り付けたようにも見える。


 少年のクラスメイトたちは、ただひとりを除いて、みなにこやかに笑っていた。その表情に、少年のような、取り繕っている・・・・・・・感じはない。自然な笑顔である。人によってはピースサインであったりあるいはハートマークを作ったりして、写っていた。遠い場所に行ってしまう少年を、笑顔で見送ろうという意図を感じ取れる。決して、少年がこのクラスからいなくなってしまうのを、喜んでいるわけではない。


 カメラのほうに顔が向いていない、少女がいる。この少女だけが、カメラ目線ではない。少女は集合写真の端っこに写っており、その隣の女子グループからは一歩離れた位置にいた。


 少女は真ん中に座らされた少年を見ている。

 目にかかるほどの長さの前髪の隙間から、少年を見ていた。


「ん、んん……」


 太陽光のまぶしさで目を覚ますと枕元に置いてあるはずのスマートフォンがない。普段通りならばけたたましいアラーム音で叩き起こされる予定であった少年はスマートフォンが定位置にないという惨事によって慌てふためきだした。昨日までの日常から、すでに脱線している。


「あれっ!?」


 毛布をひっくり返し、枕をどけて、ベッドから降りてベッドの下をのぞき込んだ。このご時世に個人情報の詰まったスマートフォンをなくすのは、社会的な死に近しい。だが、どこにもない。ないに決まっている。今回めでたく開催されることとなったデスゲームの運営側に回収されてしまっているから、なのだが、この少年=真柄まがらレンがその事実を知るのはもう少しあとになってからのことである。


「……?」


 すでに〝スマートフォンをなくす〟という惨事があまりにも些事に思えるほどの残酷な事態に、真柄レンは巻き込まれてしまっている。


 実物を触ったことのある日本人はよほどのサバイバルゲームの愛好家、趣味でシューティングレンジに通っている人、もしくはミリタリーマニアぐらいしかいないであろう、銃器のアタッチメントが散りばめられている自分の部屋。おかしい。首をかしげる。その中でも玩具のような見た目をした銃身の赤い銃を拾い上げた。弾は一つしか込められないようだ。マラソン競走のスターターが空に向けて弾を撃つ号砲の色違いのようにも見える。これがフレアガンである、という事実を真柄レンは知らない。


 窓の外の景色を眺める。やけに静かだ。この部屋は大通りに面していて、今ぐらいの時間であればそれなりの交通量があるはずなのに車ひとつ動いていない。人の気配もない。知り合いに連絡しようにもスマートフォンが見当たらない。


 とりあえず何らかの情報を得るために、真柄レンはテレビの電源を入れた。

 映し出された画面の向こう側では、二十代後半と思しき男性二人が会話している。


「賞金一億ですよ!」

「いやあ、すごいですね」

「ちなみになんですけど一億あったら何をします?」


 高額の賞金に色めき立つ左側の濃紺のジャケットの男性、話を振られて「そうですねえ」と腕を組んで考え始めた右側の男性は灰色のジャケットを羽織っている。ジャケットの下にはヘルメットのようなもののイラストが描かれたお揃いの黒いティーシャツ。


「選手の皆さんにも聞いてみたんですけど『美味しいものを食べたい』とか『世界一周旅行したい』とか、色々お話しされていましたね」

「なるほどなるほど。なんせ一億ですからね! 夢は広がりますよねー」


 画面が切り替わる。航空機の中から、順番に機内へと乗り込んでくる人々を撮影しているようだ。真柄レンと同い年ぐらいの少年たちがカメラに向かって順番にサムズアップのポーズをした。四人のうち最後のひとりだけサムズアップではなくコマネチのポーズをして、別の少年に頭をはたかれる。画面の下には【3rd ClassB StarS】というテロップが表示された。これがチーム名である。


「なんだよこれ……」


 チーム名である。つい先ほど映されていて、今はもう輸送機に乗り込んだ四人の少年たちはデスゲームの参加者で、四人一組のチームのチーム名が【3rd ClassB StarS】となる。が、状況を飲み込めていない真柄レンの疑問は深まるばかりだ。答えてくれる人もいないので、テレビに映っている男性たちの会話に耳を傾けるしかない。


「選手たちはこれから輸送機内でブリーフィングを受けることになるんですが、こちらが配られるトランシーバーと携帯情報端末になりますね」

『もしもしシンザブロォさん、聞こえますか?』

「ハーイ! こちら現場のシンザブロォでーす! って、まあこれだけ近ければ普通に会話できますけどね。チームの中で別行動することもあるでしょうから」


 お揃いのティーシャツを着た男性二人のほうに画面が切り替わる。濃紺のジャケットを着た男性がトランシーバー越しに隣の男性から呼びかけられ、それに応答した。濃紺のほうがシンザブロォという名前らしい。


 灰色のジャケットの男性が携帯情報端末の画面をカメラに向けている。その画面には真柄レンが現在滞在している島の地図が表示されていた。地図でいうと右上 (北東) に1から4までの数字とそれぞれの数字に対応する色が割り振られた点が見える。島をちょうど縦に2分割するような形で上から下を指す矢印も表示されている。


『空路は北から南、これならどこにでも飛べそうですね』

「わざわざトランシーバーで話さなくても」

「ああ、失礼しました」


 真柄レンはこのやりとりの一部始終を食い入るように見つめていた。何もわからない。一億がどうのから始まり、飛べそう、とは。


 引っ越してきたのは昨日のことだ。まだ開梱できていないダンボールもいくつかあるのだがすべて部屋の隅に追いやられて積み上げられている。長時間の移動に疲れてすぐに眠ってしまってしまった。いろいろな手続きやら荷物の整理やらは今日やろうとしていたのでほとんど手つかずである。


 フォトフレームだけは、テレビ台の上へと飾った。

 集合写真を見ると、転校前の学校のクラスメイトたちから勇気と元気を分けてもらえる。


「何なんだよいったい……」


 このわけのわからない状況をなんとかするためには、やはり誰かに連絡するしかない。真柄レンはテレビから目を離し、またスマートフォンを探すことにした。寝る前は絶対にベッドの近くに置いたはずだ。しかし、寝る前と目覚めた後とでここまで部屋の中の様子が変わっているとなると盗まれたという可能性もある。ほかに連絡する手段といえば公衆電話を使うか、もしくは隣の家を訪ねてみるか。何せ引っ越してきたばかりだ。この島のどこに何があるのか見当もつかない。まずは隣の家に行くところからか。


「そろそろ輸送機が飛び立ちますよ!」

「国内初の戦い、どんな結末が待っているのか楽しみです!」

「さあみなさんご一緒に、Good Luck Have Fun!」


【生存 100 (+1)】【チーム 25】

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