第39話 出発

夏休みも始まって数日。ついにあの日がやってきた。


「おっはよ~お兄ちゃ~ん!」

「ゴゲッフ!!……オ、オォ…おはよ……。李湖さんは朝っぱらからお元気なようで…」


早朝から妹によるヒップドロップにより目覚めた俺は、腹の激痛に耐えながらも飛び乗ってきた李湖であろう人物に挨拶をする。

あまりの衝撃的な目覚めに視界が未だ定まらない。目を凝らし、少しずつ視界が鮮明になっていき、俺の上にまたがっている人物を見る。


「………玲夢…か?」

「やっと気づいた。全然起きないから起こしに来てあげたのよ。あと、李湖じゃなくて残念でした」

「李湖みたいな口調と行動で来るんじゃねえよ…。んで、はよ降りろ。重い」

「あん?もいっちょヒップドロップかますぞ」


さっきまでとはうって代わり、ヤンキーのような口調とヒップドロップで脅してくる玲夢。

だが、兄として妹に屈するのは屈辱なので、ここは抵抗することにした。


「やめとけ玲夢。寝起きの俺は機嫌が悪いんだ。変な真似したらゴフゥッ!?」


俺の抵抗など意に介さず、少し腰を上げたかと思うと、再び俺の腹へとヒップドロップを喰らわせるDV妹。


「女性に対して重いとは失礼ね!」

「その重さを利用してるやつが何を言う…」

「何か?」

「い、いえ…何でもないです」


本日の勝敗。

妹の勝利。


大人しく玲夢に従うと、やっと俺の上からどいてくれたので、とりあえず洗面所で顔を洗う。

ボーッとした自分の顔を何気なく鏡越しに見つめ、ふと考える。


「海…か」


今日は夏休み前から計画していた海水浴に行く日だった。

海と言えば、眩しい陽射しに真っ白な砂浜、友達や家族とワイワイとはしゃぎ、そして、女性陣の水着姿も名物と言っていいだろう。

と言いつつ、愛依の水着姿ばかりが脳裏にちらつき、頭をブンブンと振るう。


「下心なんて無い。決して無い。変な目で見たら愛依に失礼だろうが……。いや、俺達は一応……恋人なのだから、下心はあったとしても許されるのか…?」


しばらく考え、鏡越しに写る自分とにらめっこをしていると、その背後から、ひょこっと女性の顔が写り込んできた。


「お兄ちゃん?」

「うぉっ!咲希も居たのかよ。夏休みに入ってからほとんどウチに屈するのは居るな」


背後に立っていたのは俺の幼馴染みであり、義妹の咲希だった。

夏休みに入ってからというもの、当たり前のように毎日この家に来ていた。そんな咲希の家は、ご両親とも仕事で忙しく、ほとんど家に居ないため、家には咲希一人しか居ないと言うことも珍しくないのだ。


そういうわけで、咲希は俺の家へと来ているのだ。勿論、親同士の了承も得ている。

というか、どちらの親も放任主義とでも言うのか、基本的に俺達の自主性を重んじてくれる。

と、こう言えばよく聞こえるが、俺の親の場合は、好き勝手やっとけ、みたいな放任すぎる主義なのだ。


「何してるの?そんなに愛依ちゃんの水着姿が気になる?」

「さらっと思考を読むな」

「試着室という密室で水着姿たっぷりと見てたくせにまだ気になるの?」

「そんなマジマジと見てないからな?それにあの時はお前から隠れるのに必死でそんなこと考えてなかったわ」


本当の事を言えば……あの時の愛依は水着姿でも無かったんだけど……。


「まぁいいけど、愛依ちゃんという彼女がいながら、可愛い女の人をジロジロ見ないようにね?」

「文弥ならともかく、俺は元からそんなことはしねえよ」

「そ。ならいいけど。じゃあさっさと準備済ませてよね?もうすぐ母さんが迎えに来るから」

「あいよ」


肝心の海へ行く手段としては、咲希のお母さんと俺の母さんの車で二組に別れて行くことになっている。なお、文弥と愛依は俺が乗る母さんの方で拾うことになるので、咲希と玲夢、李湖はおばさんの車に乗ることになる。

おばさんとて、玲夢と李湖を娘のように可愛がってくれてるのでその点の問題はない。


顔を洗い、支度をして、しばらくすると、おばさんが到着したので俺達も外に出た。

天気は快晴。風も穏やか。海水浴日和びよりだ。

俺と母さんは二人で車に乗り、3人の妹はおばさんの車へ。


「じゃああっちでね~」

「おばさんに失礼のないようにな」

「ウチの子達のことは任せて、夕ちゃん」

「さらっとウチの二人を実の娘みたいに言いましたよね…?」

「咲希ちゃん、玲夢ちゃん、李湖ちゃん。あっちで会おうね~」

「おい親。実の親。二人をあたかもあちらさんの娘みたいに扱うな」


軽口もほどほどに二組に別れ出発した。


母さんに文弥の住所と愛依の住所を教え、まずは文弥から拾うことに。


「文弥くんは初めてね~。どんな友達なの?」

「まぁ、普通。気の良い奴だ」

「主人公の親友枠って感じかしら?」

「あーそうそう……って、凄いメタ発言…」

「それで、愛依ちゃんは彼女よね?前は彼女のフリって言って外神さん騙してたんだっけ?例のお見舞いの時に」

「あ、ああ……まぁ…」


親の前で出来たばかりの彼女の話をすることほど話しづらいものはない。


「で?どこまでしたの?」

「………母さん?」

「で?どこまで進んだの?」

「……えぇっと…?」

「で?セックスしたの?」

「母さん!?」


この親はド直球で聞いてきた。

こういうことは普通、親としても聞きにくいことじゃないのか……?


「まだ、一週間だし……。それに先週から会ってないし……」


先週の水着を買いに行った件……もとい、デートから、俺達は顔を合わせることはなかったのだ。したことと言えば、今日の海水浴の件について、出発する時間などを連絡しただけ。


「外神さんから聞いた話だと絶世の美女でスタイルも良くて良い子らしいじゃない?あなたには勿体ないくらいの女の子ね」

「それ本人が言うには良いけど人から言われるとちょっと傷つくからね?」

「咲希ちゃんの話によればあっちから猛アピールされたんでしょ?やるじゃない」

「まぁ、俺はそんなつもりはなかったんだけど……」

「あら、何もしてないのに美女を堕とすなんて、罪作りね~」

「あー、はいはい」


話しにくい話題になったため、面倒くさそうに返して強制的に終わらせた。


つもりだったが、その後も愛依とのめやら初デートの事やらを根掘り葉掘り聞かれ、終始気まずい車内であった。

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